花園さんと僕が馴染むまで 5
遅れてすみません、ここ最近急に忙しくなったもので…。
あ、遅かったら毎回これ言うので言い訳だとも自分で思いますが(笑)
開け放たれた僕の寝室のドアから現れたのは女の子と女性との中間に位置する開花する寸前の花の蕾のような可愛らしいけれどとても可憐な女の子だ。つまりは花園さんなんだけど。
「なんではなちゃんがここに?それに、その服…」
坂井さんは花園さんの頭の先から足のつま先の先までをまじまじと見る。
「男物だな」
頷く基くん。
「この家の男って…」
ギギギッと壊れかけのロボットのような音が出そうなくらいぎこちなく僕の方を向く坂井さん。
じわりと汗がにじむ僕。
「つかっちゃんだな」
頷く基くん。
「しかもはなちゃんが出て来た部屋って…」
坂井さんが花園さんの奥に目を向けるとそこにあるベッドと間違いなく今までそこに誰かが寝ていたであろう跡。
つつっと額から汗が流れる。
「まあ、寝室だな」
頷く基くん。
「………」
何も言わずに僕を見る坂井さん。
「説明よろ」
特に気にした様子もなく手を上げる基くん。
ふうっと僕は息をはいた。
呆然と状況を口に出すことしかできなくなってしまった坂井さん。
それにツッコミなのか合いの手なのかを入れている基くんの一連の様子を鑑みるに、坂井さんはちょっと友達思い過ぎるのが怖いのと突然の事態には弱いのかなって思う。
基くんは基くんなりの考えがあるからそんなに動揺しないんだよね。
「ええと、僕が覚えてる範囲で説明すると……」
昨日基くんと坂井さんを送った後、花園さんの道案内に従って家に行こうとしたこと。
すると、花園さんの家の近くに神谷くんがいたこと。
状況の予想が既についていた僕は危ないからということで家に泊めたこと。
かいつまんで説明できるならこれくらいのことだし、僕はこれくらいしか記憶にない。
とりあえずの説明をしたところで、くぅと可愛らしいお腹の鳴る音が聞こえた。
音の出所の主は言うまでもないと思うけど、顔を赤くして俯いてしまっている。
「そういえば、僕も花園さんも朝から何も食べてなかったんだよね。お昼作るけど……二人は食べる?」
「俺はいいや」
「私も大丈夫」
基くんと坂井さんには断られたので僕と花園さんの二人ぶんか。
「パパッと作れるからオムライスでいいかな?」
あとは昨日の残りのスープでも付ければ即席の食事としてはまあ及第点だろう。
そう思って提案した僕の案は見事に採用された。
「わざわざ作ってもらうのに文句なんて言わないわ。それよりも昨日も作らせてしまって悪いから私も手伝った方が…」
「あー……ううん、大丈夫だよ。気持ちだけ受け取っておくね」
手伝ってもらったほうが効率がいいのはわかっているけれど、キッチンに立たせるにはまだ彼女の家事スキルがどの程度かわからないし、一応僕の聖域だと思っているので、今回は遠慮してもらおう。
「それじゃ、パパッと作ってきますかね」
そう呟いて僕はキッチンに立った。
少しだけ、僕の見間違いでなければ少しだけ寂しそうな顔をしていた花園さんがいたけれど、僕はそれを見なかったことにした。
「ほーん、やっぱつかっちゃんあいつがちょっとアレなやつだって気づいたんだ」
「僕も自分の目で見て本気でびっくりしたよ。ああいう人って本当にいるもんなんだね」
もぐもぐとオムライスを食べつつ昨日目にした怪しい雰囲気を放つ彼のことを思い出すと全力で関わり合いになりたくないと思う。
僕とは絶対に合わないだろうし、そもそもおそらく彼は僕のことが嫌いというか邪魔だろうから仲良くできるわけもないんだけどね。
そんな僕らの話を脇に女子二人はテーブルを挟んで仲良くおしゃべりをしている。といっても一応同じテーブルに座っているわけだから内容は筒抜けなんだけど。
「それで、はなちゃんはつかっちゃんの家に泊まって、ベッドでずっと寝てたわけなんだ?」
「それはっ…そうだけど、違うのよ!もとはと言えば戸塚くんが寝ぼけるからいけないの!」
危ないことはなかったことに安心したのか通常運転に戻った坂井さんはにやにやとした笑みで花園さんをいじっていたけれど、花園さんの一言で僕はオムライスを喉に詰まらせた。
「…ごほっ……え、僕?!」
僕、やっぱりなんかしてしまったんだろうか。
「そうよ、私がどこで寝たら良いか聞こうと思ったら先に戸塚くんがベッドで寝ちゃってるから悪いのよ」
なんだか少し怒ったような雰囲気の花園さんに、基くんはにやりとして問いかける。
「で、なんでそれがベッドで寝ることになってんのよ?」
「ちょっと、にやにやしないで欲しいわ。……ただ、戸塚くんが寝ぼけて私をベッドに引きずり込んだけ」
プイと僕から顔をそらしてオムライスを口にする花園さん。先ほど美味しいと言ってもらえたそれをまるでチャーハンを食べるかのように大きく口を開いてパクリと一口。ついさっきまでは上品に食べていたのに。
僕は花園さんの言葉に驚きを隠せなかった。もっともそれは僕だけじゃなく、残りの二人も同様だった。
「おおっ、まじか!」
「やるじゃんつかっちゃん!!」
「僕、そんなことした記憶ないんだけど!」
寝ぼけて花園さんをベッドに引きずりこんだだって?おいおい、一歩間違えたら犯罪っていうか花園さんがその気なら間違いなく有罪なんじゃないのか?
「早く起きて帰るつもりだったのに、今朝だって…」
「まだ僕なんかしたの?!」
「……まあ、覚えてないならいいわよ。それにしてもこのオムライスとても美味しいわね」
「え、そこ大事なんだけどっ?!」
待って、僕にだって知る権利くらいはあると思うんだよ。それに話のそらし方が雑すぎてどうしようもないよ?
「そうだよつかっちゃん、寝ぼけてはなちゃんに何かしてたとしても、はなちゃん嬉しそうだし久しぶりにこんなに、あたたた足、足踏んでる!!」
「余計なこと言わないの」
再び拗ねた様子で横を向いてしまう花園さんはとても可愛らしい。
「そういえば基くんは最初から花園さんが僕の家にいるって気づいてたんだよね?」
「んあ? まあな」
さっきからスマホをいじって黙っていた基くんだけど、話しかけるとすんなりそれをやめる。ちょいちょい何をやってるんだろう?
再びお菓子に手を伸ばして食べる基くん。どうでもいいけど、君ってちゃんとお昼食べてきたんだよね?まさかそれで済まそうとしてるとかないよね?
「つかっちゃんにしては初歩的なミスだったわな。まあ、それだけ余裕がなかったのか、単に忘れるくらい気を許してたのかは知らんけど」
ミスだって?僕が何をしたって言うんだろう。特に変わったことをしているわけじゃないけど。
「靴だよ、靴。つかっちゃんはヒールなんて履かないだろ?女装が趣味でもそっち系のやつでもないんだからさ」
「あ」
忘れてた。いつもだったら確かにしまってたかもしれないけど今回に限ってはどうしたか何の記憶もないや。
「ヒール…?あったかなあ?」
「あったんだよ。一応靴箱には入ってたけど、丸見えだったわ。いつものつかっちゃんだったらもっと上手く隠すはずなんだよな」
「それってつかっちゃんが女の子をこの家に……?」
「そんなことはしてないよ」
だから変な目で見ないで欲しいな。誓って僕は一人暮らしを始めて家に女の子一人だけを呼んだことはないよ。そもそもここに来たことある女の子っていったら妹と坂井さんと花園さんだけだし。
「俺はいつものつかっちゃんだったら女の子一人を家に入れるんだったらもっと色んな気を回すはずなんだってことを言いたかったんだけど」
「……まあ、確かにそうかも」
そもそも女の子一人だけ僕の家に入れるだなんてなんだか僕が気持ち悪いしそんなことしたくないんだけど…そういえば、花園さんに対してはそんなこと思わなかったなあ。
「それに、香水じゃないんだろうけど、花園の匂いが家に残りっぱなしだしな。つかっちゃんだったらすぐに掃除して家の消臭だってするだろ」
「まあ、他人の匂いってなんか嫌だしね」
家にいた人が帰るってなったら時間があったら帰った後に、なかったら次の日に掃除機をかけたりするし、一応部屋用のスプレーで消臭するかな。
と、ここまで話したところで花園さんが顔を抑えて俯いていることに気づいた。
「どしたのはなちゃん……って顔真っ赤じゃん!」
「…なんでもない、なんでもないの」
なんでもないと壊れたように呟くだけで正気を失っている花園さん。
「あー…花園にはちっと刺激が強くなりすぎたかね?」
にやりと花園さんを見た後に僕を見る基くん。
刺激? 何か気にするところでもあったんだろうか。そもそも刺激というんだったら意図せずだけど僕のベッドで寝ていることだけでも充分だと思うんだよね。
「なんかよくわかんないけど、とりあえず僕はお茶淹れてくるよ」
「…さすがつかっちゃん、ブレねえわ」
「…んね、さすがに私もびっくりだよ」
「ところで二人はウチに何しに来たの?」
お茶を飲んでほっとしたところでいつの間にやらゲームで遊んでいる基くんと坂井さんに声をかける。
「暇だったからとりあえず遊ぼうかなって思った」
「もとくんが行くって言うからじゃあ私もってついて来ました!」
「ああ、元々の予定だと遠出するはずだったんだもんね。だから基くんは暇になっちゃったわけだ。……あれ、そしたら元々行かないって言ってた花園さんは?」
僕が目を向けると花園さんは本が気になったらしくて本棚を眺めたり気になる本があったら手に取ったりしている。
僕の視線に気づいた彼女は手に取った本をパタンと閉じて本棚にしまった。
「私は特に用事があったわけじゃないんだけれど……まあ、星を見るのが好きってわけじゃなかったし、いいかなって」
「え、じゃあなんでこのサークル入ったん? 興味ないのに入っても面白くないっしょ」
「そういえば私がサークル見に行こうって誘った時にはもう行きたいサークルで天文学って言ってたよね」
ほう。なんで興味がないのに天文学サークルを見学しに行くほど気にしていたのかは、まあ気になるかな。
僕らの視線を受けた花園さんは特に気にした風もなくその理由を教えてくれた。
「星を見るのはそんなに好きじゃないけれど、星の話は好きなの。星座とか、もちろん他の星に生き物がいるのかどうか、みたいな話もね。他に興味あることってあんまりなかったし、とりあえずお試しって感じでサークルに入ってみたの」
「そうだったんだ。ま、僕や基くんよりはよっぽどまともな理由だったわけだね」
基くんはとりあえずサークルでだらだらできればなんでもよかったみたいだし、僕に限っては同じ学部の先輩が各学年で揃っているからっていういかにも俗な理由だ。
せっかくの大学生、人生の夏休みとまで言われる生活なんだ、可能な限りはラクをしたいじゃないか。
「まったくだな、特につかっちゃんは先輩を利用する気満々だもんな。そのくせそんなに先輩とは仲良くしようとしてないし」
「そういうのは基くんが全部やってくれるからね。役割分担と言って欲しいよ」
情報収集は基くんで、それをまとめて使えるようにするのが僕の役目だよ。
僕と基くんが悪い顔でお互いのウィンウィンな関係を暴露している間に坂井さんが花園さんに説明してくれる。
「もとくんもつかっちゃんも大学でラクしたいから天文学サークルに入ったんだってさ。二人ともやれば勉強だってできるし運動だって人並み以上にはできるのにね」
「そうなの…こう言ってはなんだけれど、舟木くんはともかくとして、戸塚くんがっていうのはなんだか意外だわ」
「意外? とんでもねえよ、つかっちゃんはめんどくさいことは極力避ける根っからのめんどくさがりだぜ?」
花園さんの言葉を拾って基くんが言う。
間違ってはいないので訂正はしないけれど、僕の今までの経歴だけを見たらそんな感想は抱かないはずだとだけ言っておきたい。
ただ、経歴とその持ち主の中身が合わないことがあるっていうのは確かだよね。
勉強も運動もやってはいるけれど全力で取り組んだりはしないし、人間関係も拗れるとめんどくさいから浅く狭くって感じだし。
「失礼な、僕だって一応は色々やってきてるんだよ? インドアだっていう自覚はあるけどさ」
「でもつかっちゃんの恋愛話とか全然聞かないよね?」
「あー、知りたいけど聞いてもはぐらかされるから俺はもう諦めた」
「僕はそういうのあんまり話す気にならないだけだよ。自分の弱みを晒すみたいで嫌じゃないか」
基くんや坂井さんが周りの人に吹聴してまわるような人だとは思っていないけど、こればっかりはどうしようもない。
「ま、僕の弱みなんて握ったところで僕に興味ある人の方が少ないけどね」
「そうかなー?案外近くに興味ある人がいるかもしれないよ? そうでなくてもつかっちゃんって知れば知るほど意外なところあるし……するめみたいな」
ちらりと花園さんを見た坂井さん。
「……ちょっと、なんでこっちを見るのよ」
「べっつに〜」
吹けもしない口笛を吹いて明後日の方向を見る坂井さん。
「噛めば噛むほど味があるってこと?言われて悪い気はしないけどなんとも言えないな…」
「俺は美琴の言ってることわかるけどな。最初のつかっちゃんの印象と今じゃ全然違うもんな」
「僕の最初の印象って?」
「悪い言い方をすれば陰キャ。オブラートに包むと物静か…みたいな」
陰キャに物静か…うん、まあ間違ってはいないけど。
「花園もそう思ったろ? 美琴は俺から話聞いてっからそんなことないと思うけど」
「私はそうだね」
「ええと…まあ、雰囲気からちょっと暗い人なのかも、とは思ったわ。い、今はそんなことないわよ?むしろ…」
「「むしろ?」」
話すにつれて声が小さくなって聞き取れなくなってしまった。
「なあ花園、むしろ、なんだ?」
「はなちゃん、むしろ、なに?」
にやにやしている二人に問い詰められる花園さん。
「な、なんでもないわ!今はそんな暗い人だなんて思ってないってだけよ!」
「「へー」」
「やめなさいその顔!!」
相変わらず二人は仲が良いなあ。花園さんも僕が思っていたより高飛車な感じなんてないしね。
「っと、二人とも、今は花園さんをいじってる場合じゃないよ」
僕が注意すると三人からお前が言うな的な目を向けられ…なんでそんな目してんの?
とりあえず今は他に大事なことがあるでしょ。
「なんとかして神谷くんを花園さんから引き剥がす方法を考えないと」