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目立たない僕と華やかな彼女  作者: くろすく
5/10

花園さんと僕が馴染むまで 4


今回個人的に結構頑張りました……どうやったらもっと甘い感じが作れるんでしょう?(笑)





一応起きてはいるけれどまだ完全に意識は覚醒していないような、そんなふわふわとした感覚。ふと腕の中にある暖かな体温に気づいて、それが心地よくて柔らかいそれをもっと感じたくてぎゅっと抱きしめる。


「きゃっ…」


抱きしめるとなんだか声が聞こえたような気がしたけれど、それも遠く聞こえてなんだかもうどうでもいい。


「起きてるの?」


とりあえず今はこの暖かくて柔らかいものを抱いてもう一度眠りたい。そしたらもっとよく眠れるはずなんだ。だって今日は平日じゃない、休日なんだよ?


「…寝ぼけているのかしら? まあ、いいけれど……んっ」


ぐっとそれを引き寄せた時に耳元に心地よい声が聞こえて、少しだけ意識が覚醒する。


かすかに目を開くと見えたのは、カーテンの隙間から差し込んできてきている日光に照らされて輝く蜂蜜色の絹糸のようなもの。

それになんだかいい匂いがする。その匂いをもっと感じたくて深く息を吸い込む。


「わ、わ、そんなことしないで…?」


肺いっぱいに吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出して、戸惑ったようなその声がした方向に目を向けると、顔も耳も真っ赤になっている花園さんがいた。


よくわからないけど、滑らかでさらさらとしていそうな髪が目に入って、なんとなくそれを梳いてもう一度抱き直した。


「んっ…」


目が覚めたばかりで完全に頭が覚醒していない僕には些細な問題で、気にすることなく抱え込んでさらさらとした感触を楽しむ。途中、髪だけじゃなく、頭も撫でる。そうすると気持ちよさそうに目を細める彼女がなんだかとても愛おしく思えて、すっと彼女の頬に手を当てた。


「……あれ、なんで?」


寝起きだから少し掠れている自分の声。喉が気になって右手をやろうとするけれど、右手は痺れて動きそうにない。どうやらずっと花園さんの頭の下敷きになっていたらしく感覚がない。


「覚えていないのも無理はないと思うけれど…一応言うと、私からベッドに入ったんじゃないのよ? 戸塚くんが寝ぼけて私をベッドに引きずり込んだから…」


「ふぅん……」


全然覚えてないや。僕はお酒に興味もないしそんなミスをするはずもないと思っていたのだけど、寝ぼけてだったら大いに可能性がある。自分で言うのもなんだけれど、寝起きは良い方じゃないんだ。


少し頭がハッキリしたけど、正直まだ眠い。自然と目が覚めたら起きるようにはしているんだけど、今日は珍しくなんだか疲れているみたいだ。


眠いからもうひと眠りしよう。仮に誰か来客が来ても僕には関係ない。今日は休日なんだ。だから僕は休むことに全力を注ぐべきなんだよ。


「まだ眠いの? もう十時近いのだけど…」


花園さんも寝起きなのか、少しとろんとした声が耳に心地良い。


昨日寝たのはいつだったっけ? 考えようとしてもだんだんとまぶたが降りてくるので僕の思考は緩やかになっていく。


ああ、これは駄目だ。本当にもう一回寝てしまう。差し込んでくる日差しと暖かな体温が僕の眠気を誘うのがいけないんだ。


「……もっかい、ねる…」


「え、ちょっと、本当に寝るの…?」


少し揺さぶられるけれど、それが余計に僕の眠気を誘う。返事をするのすら億劫なので、ぎゅっと抱え直して目を瞑る。


「きゃっ…」


花園さんが嫌がって暴れたりしないからとてもラクだ。


僕、自分では自分のスペースに人がいたら眠れないとか思っていたけど、実はそんなことなかったのかも。





ピロリン。



「……誰?」


スマホの着信音でパッと目が醒める。枕元にあるスマホを取ろうとすると腕が引っかかって抜けない。……え?


「はっ…は、なぞの……さん…?」


僕の腕の中にいたのは間違いなく今年入った新入生の中でダントツの可愛さを誇る花園香織さんその人で、よく見れば僕のスウェットを着ている。……はい?


眠っているのか、起きている時よりも幼く見えるその顔はなんだかとても嬉しそうで、上機嫌に見えた。見えたのだけど……。


「(え、僕、何もしてない……よね?)」


正直なところ、昨日いつ眠ったのか、記憶が全くない。お酒は飲んだりしないし、そんな、僕に限って間違いなんてない…と言い切りたいのだけど、今の状況が状況なので断言できない。


眠っている花園さんを起こさないようにそっと頭の下にある腕を抜いて枕に差し替える。自分でも驚くほどにスムーズにできたおかげで彼女が目を覚ますことはなかったけれど、僕の目は冴えに冴えて正直これが夢であってほしいと願ってやまない。


長時間同じ体勢のせいで痺れた右手を摩り、叩いてもつねっても感覚が無いや、と意味がないとわかっているけれど現実逃避をしてみる。


「(とりあえず詳しいことは後で本人に聞くとして…)」


僕の記憶がない以上頼りになるのは彼女しかいないので、頭を切り替えてスマホをチェックする。


ロック画面には基くんの名前と十二時を示した文字が表示されていた。


「昼まで寝たのなんて久しぶりだ……ん?基くんと坂井さんがこれから家に来るって……」


ピンポーン。


ってこの連絡来たの三十分前じゃないか。もう少し返事くらい待ってくれても…。


ピンポーン。


どうしよう、今出るのはちょっと…花園さんがいるのが非常にまずい。しかも、僕のベッドで僕の服を着て無防備に寝ている今の状況は非常にまずいと言って差し支えない。


ピンポーンピンポーン。


「おーい、つかっちゃん!まーだ寝てんのー?」


車が駐車場にあり、自転車も駐輪場にある以上僕が居ないとかそんなことは基本的にあり得ないことを基くんは知っている。


ヴィーヴィー。


「うわっ!」


手の中のスマホが振動したのに驚いて思わず声をあげてしまう。そして運が悪いことに基くんの耳に僕の声はバッチリと聞こえたらしい。


「起きてんならはやく出てこいよー!」


……仕方ない、花園さんが起きないのを祈りつつ基くんと坂井さんにははやく帰ってもらうことにしよう。


僕は花園さんを起こさないようにゆっくりと、極めてゆっくりとベッドを抜け出して花園さんに布団を掛けなおして玄関のドアの前に立つ。


覗き穴からドアの前の外の様子を見ると、基くんの手にはお菓子やらなんやらが入ったビニール袋があり、加えてイチゴの入った袋も持っている。隣にいる坂井さんは…駅前の店のケーキを手に持ってスマホをいじっている。…どうやら、二人は僕の家に居座る気満々のようだ。


チェーンを外して鍵を開け、ドアを顔が見えるくらい開く。すると基くんはするりとドアに手をかけて開けて入って来る。いつも通りだけど、今日だけは、まずい。


「おはよう、と言ってももう昼だけどな。っておいおいなんだよつかっちゃん、寝癖ひどいぜ?」


「ねえつかっちゃん、花ちゃん知らない?連絡しても全然返事返ってこないんだよね」


基くんの言葉は適当に笑って流せたけれど、坂井さんの言葉にはギクリとした。花園さんは今現在、というかおそらく昨日の夜から僕のベッドの中。連絡を返そうにも返せなかったことだろう。


「へ、へー。あ、僕、ちょっと顔洗ってくるよ」


ギクリとした手前、上手く誤魔化せる気もしなかったのでとりあえずこの場を離れるために適当な理由をつけて逃げることにする。


「おー、洗ってこい洗ってこい。鏡でその寝ぼけ面を見てこい」


「……はいはい」


基くんの声を背中に受けて僕は洗面所に向かう。洗面所の鏡に映った僕の顔はいつも通りでいかにも眠そうな顔しているな、としか思えなかった。


浴室に入ってシャワーヘッドから水を出す。冷水が頭に当たって気持ち良い。少しぼやけていた思考がなんだかはっきりとした気がする。




花園さんがストーカーまがいの行為を受けている。なぜ?かわいいから?それはそうだろうけど、それ以外の理由があったりするのだろうか。情報が少なすぎてどうしようもないけれど、神谷くんはどうして花園さんに執着するんだろうか。


人に執着したことのない僕にそれがわかるとは思えないけれど、一応は考えてみる。

昨日も少し考えて、らしい理由は浮かばなかったけれど。


ああ、そういえば彼女は僕のことをどういう人間だと思っていたんだろう。後で聞くって言ったけれど結局聞いてなかったな。


細かいことは多分坂井さんの方が詳しいと思う。けれど僕は彼女にそれを聞こうとは思わなかった。花園さんの了解を得ずに聞こうだなんてマナー違反だろう。


水を止めて近くにあったタオルで頭を拭く。ドライヤーはめんどくさいから今は別に良いかな。短くはない癖っ毛が目にかかってきているからそろそろ髪を切りたいかも。


髪を拭きながらリビングに戻ると、基くんと坂井さんは椅子に座って紅茶を飲んでいた。テーブルの上にあるクッキーを見て僕はため息をついた。


「…基くん、また勝手に開けたんだね?」


「良いじゃんよいっぱいあるんだから」


「ごめんねつかっちゃん…止めたんだけど」


ごめんねと謝るなら手に持っているそのクッキーを置いてからにして欲しいかな。


基くんが勝手に開けたのは僕が小腹が空いた時用に買い溜めたり作ったりしたお菓子を入れている棚のこと。ウチに来るときは大抵そこからお菓子を出すんだけど、今となっては基くんのせいで僕が作ったやつはほぼほぼ空っぽの状態だ。


「なんで買ったやつ出さないのさ、これなんて一週間前くらいからあるのに」


僕はポテトチップスの袋をパーティー開けしてテーブルに広げる。


「そんなんよりつかっちゃんが作ったやつの方が美味いからなー」


とか言いつつもちゃっかりポテトチップスを食べるあたり基くんの食い意地っていうのはすごい。


そんな基くんを気にした様子もなく坂井さんは紅茶を一口飲んでほっと息をついて僕を見る。


「つかっちゃんてさ、家ではそんなにかけてないのになんで外では眼鏡なんてかけてるの? 絶対かけないほうがモテると思うよ?」


「急にどうしたのさ。褒めても何も出ないよ。昼ご飯はオムライスでも作る気ではいるけど」


「ううん、お世辞じゃなくて。肌だって綺麗だし…」


あんまりじろじろ見られても困るからそんなにこっちを見ないでほしいんだけど…今は眼鏡かけてないし。


「つかっちゃんまだ妹ちゃんの言うこと聞いてんだよな。妹ちゃん見てねえのに」


「…別に良いだろ。僕はモテたいとか思っているわけじゃないし。目つきが悪いのだってその通りだなって思ってるから眼鏡かけてるんだよ」


まったく、人が少しは気にしていることをデリカシーもなく言うなよな。モテたいとかは思ったことないけど、もしも好きな人に目つきのせいで怖がられたら僕は絶対にへこむ自信がある。


「妹ちゃんはつかっちゃんの目つきが悪いだなんて思ってないだろうけどな」


「まあ、確かにあいつは昔から僕のこと見ても怖がんなかったけど、それは小さい時から一緒だったからだよ」


いい加減お腹が空いたのでさっさとオムライスを作ろうと席を立つと、坂井さんから爆弾発言が飛び出した。


「それで、はなちゃんはどこにいるの?」


ガツッ!!


「いっ?!」


思わぬ言葉に僕はテーブルの脚に足をぶつけてうずくまった。


そんな僕の様子を基くんは面白そうにちらりと見て、何も口を出す気は無いのか、テレビに目を移した。


それとは対照に、坂井さんは真剣な顔で、けれど瞳には何の感情も乗せずに僕をただじっと見ていた。


「ねえ戸塚くん、はなちゃんは、どこ?」


うずくまる僕の目の前に坂井さんの顔がある。何も映していないその虚ろな瞳が、怖い。女の子とかなりの近距離にいるはずなのにドキドキはしない。むしろ死ぬんじゃないかと思うほどの緊張感が僕を襲う。


「ど、どうしてそんなことを聞くのかな?」


「質問してるのは私だよ?」


下手なことは言えない。ここで回答をミスったら僕の人生が終わってしまう予感しかしない。どうしよう。


「は……」


「は?」


「は、花園さんなら、昨日送って……」


「送って? だったらどうして連絡が取れないの? おかしいよね、昨日の夜ちゃんと家に帰ったんだったら今日の朝か…昼には何かしらの反応があるはずだよね?」


背中をつつっと冷や汗が流れる感覚。やましいことは何もしていないはずなのに、うまいこと口が動かない。


「美琴、その辺にしとけって」


凍えるような空気を放つ坂井さんを止めたのは、にやにやと笑いながらクッキーを片手に持つ基くんだった。


「…もとくんは心配じゃないの? もしかしたら、あいつが…!」


「それはねーだろ」


「なんでわかるの?」


立ち上がって基くんに詰め寄る坂井さんは、さっきまでの…言いにくいけど、狂ったような様子とは違って、ただ友達を心配している普通の女の子のようだった。


「だって花園、この家にいんだろ?」


パキン、と笑いながらクッキーを歯で割る基くん。


「………えっ、いるの?」


「………」


サッと坂井さんから目をそらす。

坂井さんは固まったきり動かない。


反対に僕の心はドキドキだ。どうしてバレたんだろう。ああも自信ありげに言うんだったら何かしらの証拠があったからに違いない…。


どうやって誤魔化そうかと考え始めたその時。


ガチャ。


「ねえ、戸塚くん、私そろそろお腹がすいたのだけど………っ!」


僕の家の、僕の部屋の、もっと言えば寝室に繋がっているドアから、花園さんが出てきてしまった。



詰んだ。







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