花園さんと僕が馴染むまで 1
全然書き溜めしてない発進なので時間かかります。今ちょうど忙しいので全然捗らないし…。
彼女と一緒に出かけたあの日から二週間ほどが経って、季節は初夏になった。まだ夏はこれからが本番だと言うのに妙に暑い。
地球温暖化のせいかって思ったら、昔の人たちはどうして先のことを考えないんだと思ったけれど、そんな僕も先のことは考えないで冷房を使っているので文句は言えない。
あれから彼女との接触は無いと言っていい。いや、接触と言うと語弊が生じるのかな、そもそも連絡先を知らないし、接点がないというか……とにかく、見ることはあっても、話す機会は無かった。
理由は、僕がサークルに顔を出していないだとか、同じ授業がないだとか、僕が食堂に行かないだとかあるけれど。……なんだか僕が避けているように聞こえてしまうけれど、そんなことはない。
普通に過ごしているだけでこうなのだ。我が天文学サークルは自由参加だから出なかったところで文句を言われる筋合いはないし、同じ授業がないのはどうしようもないことだし、食堂に関しては僕はお弁当を自分で作っているから行く必要がないだけだ。
と、こんな感じの説明を隣に座っている同じサークルの友達の舟木基くんにする。ちなみにこの基くん、僕と同じ高校だったりする。
ちなみに今は講義中で、人間の起源はああだとか、チンパンジーとの差はこうだとか、そんな話を教授がしているところだ。
「なんだ、偶然か。俺はてっきり、つかっちゃんがわざと避けてんのかと思ったわ」
どうやら彼はサークルで彼女が最近僕を見ていないと言ったのを耳にしたみたいで、僕に探りを入れるつもりらしい。まあ、そんなに短い付き合いじゃないから探りってほどのものでもないただの世間話だけど。
「彼女が避けるならともかく、どうして僕が避けなくちゃいけないのさ」
「つかっちゃん目立つの嫌いだからさー、ああいう子と話してたら目立つからイヤとか言いそうじゃん?」
違う、と言えない自分の性格が少し恨めしいな。とりあえずはやんわりと否定しておくことにする。
「目立つのは好きじゃないけど、そんな理由で人を避けたりはしないよ。それに彼女、僕なんかに構う暇なんてないんじゃないの?よく色んな人に囲まれてるし、告白もされてそうじゃん」
「まあ色んな子に囲まれてんのはそうだけど、告白とかは全部断ってるみたいよ?美琴に聞いた話だと」
美琴というのは基くんの彼女で、坂井美琴さんと言う。サークルは違うけど、美琴さんは彼女と同じ学部で授業もほとんど同じだから仲が良いんだとか。
「ふーん、理想が高いのかな?お金持ちでイケメンじゃないと付き合えないとか」
「……なんだか可哀想になってくるな」
ふう、とため息をついて僕を見る基くん。そんな目で見られるようなこと、したかな?
「何が」
「なんでもないよ、つかっちゃんは自己評価低すぎなんだって話」
「そんな話してたっけ?」
彼女の理想が高いんじゃないかって話じゃなかったのかな?
首を傾げつつ教授の話をノートに書き留める。特に面白いわけではないけど、一応やっておかないと頭に残らないからね。
「ところで明日の土日、天文学サークルらしく、星を見に行こうって話が出てるんだけど、つかっちゃんどうする?」
「僕? 行かないよ。星を見るのは好きだけど、一人で見るのが好きなんだ」
「んなことは知ってるよ。でもさ、足がないと行けなさそうなんだよ〜」
「…ああ、僕を足で使うつもりなんだね?」
苦笑してしまう。嫌なわけじゃないけど、基くんにこんな風に頼まれると他の人と違ってやっても良いかなって気持ちになるから不思議だ。
「人が少ないの?先輩とかは?」
「それがさ、今回のは一年だけの親睦会ってことらしくてさ。一年で車持ってんのつかっちゃんだけじゃん、だから頼む、お願い!」
「ま、基くんが言うなら良いけどね」
「本当か?! ありがとうな〜、じゃあ、予定とかはこっちでちゃちゃっとやっちまうから、後で連絡するわ」
と、そこで教授が講義の終わりを告げる。
僕は基くんの話を聞きつつ教授の話をノートにメモしていたけど(地味にこれは僕の特技だ)、基くんはそうじゃなかったらしい。
「えっ、もう終わっちまったの?!俺なんも書いてねーよー…」
そんなことだろうと思っていた僕は笑って基くんにノートを差し出す。いつも通りのことだ。
「次の講義までに返してね」
「ごめんな、今度なんか奢るわ!」
「気にしなくて良いよ、それじゃ、僕は次の講義があるから」
「おう、マジでサンキューな!」
基くんの感謝の声を背中で聞いてひらひらと手を振る。
次の講義の場所はどこだっけと考えながら教室を出ると、ばったりと彼女に出くわしてしまった。
固まってしまった彼女に僕は笑いかける。
「久しぶりだね」
「……そうね」
なんだか硬い顔をしている彼女。やっぱり僕から話しかけたのは失敗だったのかな?
「僕は次の講義に行くところだったんだけど……君は?」
「私は…」
「おーい、香織!」
彼女の言葉を遮って聞こえたのは男の声。
声の主は誰だろうと見ると、結構なイケメンくんだった。背は僕と同じくらいか少しばかり低いかなってくらいだけど、顔は断然彼の方がいいと思う。
彼が笑って彼女に駆け寄ると、彼女の顔が少し引きつった。なんだろう、彼のことが嫌いなのかな? でもこんなにカッコいいのに嫌う理由なんてあるんだろうか。
「ん? 君は…」
「初めまして。僕は戸塚颯太って言います。一応、彼女と同じサークルです。と言っても、僕はほとんど幽霊状態ですけど」
「ああ、俺は香織と同じ学部の神谷柊って言うんだ。サークルはフットサルやってるんだ。よろしくな」
そう言って笑う彼はどう見ても好青年なのに、彼女の顔色は優れない。
「あ、もう講義始まりそうだ。ごめん、神谷くん、花園さん、また会えたら話そうね」
腕時計を見るとあと十分ほどで講義が始まりそうだ。これ以上遅くなると僕の好きな席が取られてしまう。
「ああ、またな」
そう言って爽やかに笑う彼と
「…ええ」
そう言って苦く微笑む彼女に、
別れを告げて僕は教室へと急いだ。
「(今日の夕飯は何にしようかな…)」
講義が終わって腕時計を見ると午後五時近くを指していた。一人暮らしをし始めてからというもの、僕は料理にはまってしまっていた。
後片付けは好きじゃないけれど、好きな料理をしているのでそれも込みで料理なんだって思うと何だか楽しかった。
「(今日は思い切って中華にしようかな……あ、餃子作ろう。あとは小籠包とかもいいな……うん、そうしよう)」
主食が決まったところで野菜はどうしようと考えながらスーパーへの道を自転車で駆ける。
中華縛りだからやっぱり春雨サラダかなあって考え、春って漢字といえば春巻きを忘れていたなっていうことでそれも作ることにする。
「(汁物は中華だし卵入りのスープで余るだろう春雨も入れちゃおう)」
スーパーに着いたので、必要な食材を買い物カゴに入れていく。ついでに気分でアイスも買う。気分はバニラだったのでそれを三つほど。
「2436円になります」
そんなに買ったかなあと思いながら財布から三千円を取り出してお釣りを貰う。
袋に詰めてスーパーを出ると、夏らしく急に雨が降り出していた。
「うーん…雨か」
そう呟いて自転車に挿してあったビニール傘を広げる。たまに盗られることもあるけれど、今日は平気だったようだ。
バッと傘を広げると、前方から見知った顔の女の子が走ってくる。
「はー、もう、なんで急に降ってくるの〜。めっちゃ濡れちゃったじゃん!」
「あれ、坂井さん?」
僕が声をかけると、その女の子はパンパンと雨を払っていた手を止めてこっちを見た。
「あ、つかっちゃん!」
坂井さんは基くんと同じで僕のことをつかっちゃんと呼ぶ。最近会ったばかりなんだけど、彼女の小動物のような可愛らしさと明るい性格が幸いして、嫌な気持ちはない。
「つかっちゃんも雨に降られたの?」
「ううん、僕はスーパーで買い物をしてこれから帰るところ」
「そっか〜、運が良いんだね! 私なんか帰るつもりで歩いてたら急に降ってくるんだよ?いやになっちゃうよもう!」
「それは災難だったね。迎えとかはないの?」
「うーん、どうだろ。基くん今日はバイトだし…」
「そうなんだ、じゃあ、僕が送るよ。家も近いから車で」
僕はスマホを取り出して基くんに連絡する。
『坂井さんが雨に降られたっぽいので送っていきます』
「え、そんな、いいよ〜」
にこにこと笑って手を振って拒否する彼女をちらりと見ると、基くんからすぐに返事が返ってきた。
『悪い! 俺今日バイトで行けないから頼む!! お前だったら安心だわ』
そんなに信頼されちゃうとこっちも恥ずかしいなあ。
くすりと返事に笑いをこぼして、画面を坂井さんに見せる。
「基くんのことだったら大丈夫だよ。仮に僕に彼女が居て、困ってた時にその子を基くんが助けてくれるって言ったら僕も信頼して基くんを頼るよ」
「……そっか。ごめんね、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな!」
にこにこしていた顔を少しだけ変えたようなまた違う笑顔で呟いた後、また同じ笑顔に戻って笑った。
「じゃあ、少しだけ待っていて。車持ってくるから」
「うん、ありがとう!」
彼女に手を振って、傘をさしながら自転車にまたがる。スーパーから僕の家までは大体五分ほど。そんなに時間かからずに戻ってこれるはず。
僕は急いで、けれど事故を起こさないように家に帰ると、車の鍵を持って車に乗り込む。
途中サークルのメンバーや同じ学部の友達を見かけたけれど、彼らは車を運転しているのが僕だとは気づかなかったみたいだ。
「ごめん、お待たせ」
僕がスーパーに戻ると、彼女は両手にアイスを抱えて待っていた。そんなに長い時間離れたつもりじゃなかったんだけど、買うのはやいな。
「はい、あげる!」
彼女は片手に持っていたチョコレートのアイスを差し出した。カップではなく、クッキーでアイスを挟んだようなそのアイスを見て、僕は不思議だなと首を傾げた。
「どうして僕の好みを知っているの?」
彼女を車に乗せてから受け取ったアイスの袋を開封する。
僕はカップアイスはバニラ派だけど、クッキー系だとチョコレート、モナカ系だとバニラに板チョコを挟んだやつ…と、アイスの好みが種類ごとに違う。
「前にもとくんが教えてくれたんだよ? つかっちゃんはアイスとか食べ物の好みにうるさいんだって」
笑いながらそう言う坂井さん。僕は少なからずショックを受けていた。
「僕って、そんなに好みにうるさかったのかな……」
思い当たる節はなきにしもあらずって感じだ。味付けは濃い目よりは薄目が良いし、ドレッシングは基本的に和風、目玉焼きは半熟だし、納豆に辛子は入れない。ハンバーグには大根おろしにポン酢が至上だと思っているし、焼き肉にはタレだ。けれどそれらもたまにその時々の気分で変わったりする。
ああ、確かにうるさいかもしれない。
「あ、つかっちゃん家でいいよ。今日なんか、もとくんバイト終わりに話があるんだって」
「ええ? あ、もしかしたらサークルのやつかな? 家に来るのか…まあいいけど、相変わらず急だなあ」
僕は笑って車を自宅に向けて走らせる。自転車で五分だけど車じゃあそれ以上かかる。道の問題でね。
「それじゃあ、そこらへんに傘があるから、それ持って先に入ってて。僕は車を置いてくるから」
「はいはーい」
坂井さんに家の鍵を渡して車から下ろして僕は車を駐車場に置く。効率を重視した結果だ。これが初めて会った人だとか、中身を知らない人だとかだったら絶対にやらない。
車を置いて家に入ると、坂井さんは僕がスーパー買った物を冷蔵庫に入れているところだった。
「ありがとう」
「ごめんね、勝手に冷蔵庫触るのもなって思ったんだけど」
「いいよいいよ、基くんなんか勝手に冷蔵庫開けて勝手に飲み物飲んでいくし、勝手にシャワー浴びたりするしね」
「らしいなあ、嫌だったらちゃんと言った方がいいよ?」
「僕もそういう関係が嫌いじゃないんだよ」
帰ってきたら手を洗う。これは僕の家の絶対のルール。従わなかったら僕の家には二度と招かない。それを知っている坂井さんはどうやらそれを守ったらしい。少し濡れたタオルでわかった。
「それじゃ、ご飯作ろうかな。今日は中華なんだけど、坂井さんは食べていく? 基くんは食べるだろうけど」
「お願いします」
「はい、かしこまりました」
そう言って僕らは笑って作業に取り掛かった。
ところで僕は、基本的には自分のスペースに人を入れることが嫌いで、自分のものを勝手に使われるのが嫌いなわけだけど、それは基本的な話。基くんや坂井さんはそれには当てはまらなかった。
「サラダってこんな感じでいいのかなー?」
「……うん、いい感じ。じゃあ悪いけどスープお願い。卵入れて中華風で」
「りょーかいしました、シェフ!」
「頼みましたよ」
坂井さんには悪いけど、彼女は見た目に反して料理が上手だ。いや、かなりできる。
家庭的には見えないのに、と前に言ったらかなり怒られた。
聞くところによると、実家は定食屋らしく、小さい頃から料理をしてきたらしい。これでキミの胃袋を掴んだんだよと言われた基くんは捕まったなって笑っていた。
僕は周期的に料理にハマっているのでそれなりにできる方だとは思う。ハマっていなくても自炊はするけれど、グレードが落ちる。
オムライスだったのが卵焼きになったり、アスパラの肉巻きだったのがアスパラと肉炒めになったり。
要は適当になっちゃうんだ。こだわるところはあるんだけど、面倒だとそれすらもしないって感じ。
そんなこんなでタネを餃子の皮に包み、春巻きの皮で巻き、小籠包の皮で包んで後は焼いたり揚げたり蒸すだけだってところでインターフォンが鳴り響く。
「坂井さん、お願い」
そう言って彼女に頼むと、彼女は返事をしてドアを開けに向かった。
僕はフライパンと鍋と蒸し器を準備する。IHというのは調理できるところが三つあって便利だ。これがガスならかなり面倒なことになっていたと思いつつ、コンロにはコンロの良いところがあると思う。火の微調整だとかね。
「あれ、はなちゃん?!」
気分良く準備して後はやるだけだってところで、坂井さんの素っ頓狂な声が響いてきた。