花園さんと僕が馴染むまで 9
次の日の昼前。暖かいというよりは少し暑いというような陽の光を浴びながら僕は駅前で花園さんを待っていた。
一応デートという名目で待ち合わせをしているわけだけど、遅刻をしたくない僕は待ち合わせの三十分ほど前から待機していた。
神谷くんを釣るためとはいえ花園さんは僕なんかに貴重な休日を使っていいのかと思うけど、本人が良いと言っていたからいいのかな。
特に何を考えるわけでもなくぼーっとベンチに座りながら人が流れていくのを見ていると、休日の僕らとは違って忙しそうに歩くスーツの男性や、いかにも休日を満喫していますといった感じのカップルなど色々な人が歩いてる。
僕もそう遠くない未来あのスーツの人のように忙しそうに歩き回るようになるのかな?
でも歩き回るのは嫌だなあ。疲れるのが嫌だから。なんて言っていたら仕事なんてできないんだろうな。
先ほどのカップルのように人生今が最高ですといった雰囲気も作れそうもないし。あれ、僕って色々と向いてないことが多いような気がする。
「あれ、おにいさんもしかして今ヒマなん?」
ふうと息を吐いて空を仰ぎみるとそれを遮るかのように女の子の顔が入り込んできた。
驚いて首を元に戻すと女の子が二人僕の前に立っていた。一人は僕を覗き込んでいた子で、もう一人はそれを見ながらクレープを食べている。
人違いかなと思いつつ周りをちらりと見てもおにいさんと呼ばれるような年代の人は僕以外に見当たらない。
多分逆ナンとかいうやつなのかな、初めてそういうのに会ったからどう対応したものかと少し考えて、まあ普通に断ればいいかと決める。
「おにいさんってひょっとして僕のこと?」
間違っていれば良いなって祈りつつ聞くと、言葉遣いがギャルっぽい女の子(覗き込んでいた方だ)が頷いた。
「周りよく見てよ〜! 他に誰にもいないっしょ?」
「まあ、そうだけど」
できれば違っていて欲しかったという思いは伝わらなかったのかな。
僕を見る様子から察するに伝わらなかったんだろうなあ。
「それで、僕に何か用?」
「んー、用って程じゃないけどー。ヒマなら遊ばないかなーって」
髪をいじりながら言う。
そういうのが好きな人もいるんだろうけど僕はそんなに好きじゃないからやっても意味ないんだけど。
「えっと、大学生?」
「え? んーん、ウチら高校生だよ?」
そのギャルっぽい話し方と濃いめの化粧をなんとかすれば普通に可愛くなるだろうしやめればいいのに。
とりあえずこの子は置いておいて、少し離れた位置に立っている女の子に目を向けた。その子は大して男に興味があるといった風ではなく、なんだかこの子に付き合っているだけといった感じだったけど一応聞いてみる。
「そっちの子も同じなの?」
「私? 私は食べ歩きが好きなだけで今日はこの子のヒマに付き合ってあげてるだけ」
クレープを食べ終えて残った紙のゴミをきれいに折りたたんで小さくしながら、少し落ち着いた雰囲気の声で話す彼女はどうやらもう一人とはだいぶタイプが違うらしい。
僕は自分の予想が当たったことがわかり、今後の展開を決めていく。断ることは確定なんだけど波風は立てたくないよね。
彼女は折りたたんだゴミをポケットに入れて、肩にかけたカバンから新しく飴を取り出して口に含んだ。
カバンがあるんだからカバンにゴミを入れれば良いんと思うんだけどな。
彼女たちがタチの悪い人なわけではなかったので、一応穏便にというか、キツくならないようにやんわりと断りを入れることにした。
というか高校生だよ? 高校生に逆ナンされて遊ぶ大学生だなんて字面だけでもただのチャラい男だよね。
「そうなんだ。申し訳ないけど、人を待ってるんだ。そろそろ待ち合わせの時間でね、僕が早く着きすぎちゃっただけなんだよ」
「え〜! なーんだ、そうなの? やっぱこんなかっこいい人がフリーなわけなかったかー」
「最近彼氏に振られたからってやけくそになって高望みしすぎよ。逆ナンなんて今時成功するわけないって言ったじゃない」
呆れた風の女の子だが、もう一人はそれを見て口を尖らせる。
「でもアタックしないとさ、ワンチャンもないじゃん? まあ今回はダメだったけど次はいけるかもしれないじゃん」
声をかけておいて僕をそっちのけで僕の前で会話を始めないで欲しいんだけどな。
「男の僕からのアドバイスで申し訳ないけど、もう少しメイクは薄くした方がいいと思うし、話し方も普通にした方がいいと思うよ? このままだとよくわからない頭の悪い男に捕まる未来しか僕には見えないかな」
「うっそマジで?! けっこうイケてると思ったんだけどな〜」
初対面の僕からの言葉に対して反発することなく、それを受け入れる態度は好感を抱けるものだとは思う。
もともとそんなに性格が悪いわけではなさそうで、ただ間違った方向に努力してしまっているだけの子なんだと解釈する。
「もう一つ言っておくと、逆ナンはオススメはできないな。その人の人となりを知らないのに付き合うとかは普通に考えてやめた方がいいよね?」
「うっ…確かに、そうだけど…」
「私が言ったのとほとんど同じことを言ってるのになんで違う反応してるのよ」
先ほどからあまり感情を露わにしてない飴を口に含んでいる女の子が初めて尖った声を出した。
それを聞いたギャル系の女の子は慌ててフォローをするも、あまり効果はないようで。
「はあ、休日を潰してまで付き合ってあげてるのに…本当だったら今頃は家でたこ焼き焼いて…」
「そんな風に食べ物のことばっかり言ってるから深い話もできないんじゃん」
「お腹すいちゃうんだから仕方なくない?」
「仕方なくない!!」
一体僕は目の前で何を見せられているんだ。今は暇だから良いけど、これを花園さんが見たらまたおかしな状況に発展するのかなあ。
「あら、戸塚くん?」
…噂をすればってやつだね。
彼女たちの奥から歩いてくる他の人とは明らかに違ったオーラを纏った女の子。もう誰なのかは説明するまでもないだろう。
「うっそ、モデルかなんかかな?」
「わかんないけど、お似合いだとは思うよね」
「…確かに」
ひそひそと女子高生たちが話しているけれどその会話の内容よりも花園さんの次の行動が気になって頭に入ってこない。
僕が警戒、とまではいかないけど気にかけていると、花園さんはそれを笑って躱す。
怒っていませんよといった風であり、まるで貴族の女性のような気品さえ感じられる。
「ごめんなさい、ちょっと遅れてしまったかしら?」
腕時計を見ると、予定していた時間よりも十分ほど早かった。僕も早かったけれど、花園さんも間に合うようにいい時間に来るな。
僕の友達は時間にルーズなやつばっかでちゃんと待ち合わせに間に合うのはラクだなって普通のことをつい考えた。
「そんなことないよ。僕が早く着きすぎただけで普通の待ち合わせとしたら花園さんの方がちょうど良い時間なんじゃないかな?」
「そうかしら。本当だったら少女漫画のような展開を少し期待していたのだけれど…まあ、これも悪くないわね」
花園さんがさっきまでちょっとした口論を繰り広げていた女の子二人を見ると、二人は目を丸くして固まって花園さんを見ていた。
「それで? この子たちは戸塚くんの知り合いかしら?」
「知っているかいないかで言うなら知らない人だとは思うけど…まあ、そんな悪そうな子じゃないよ?多分」
確証はないから多分と言ってしまうけれど、ナンパに慣れている様子ではなかったし単純に暴走した結果こうなっているんだろうとは思ってる。
「そうなの…でもダメ。今日は私に付き合ってくれるのよね?」
二人から目を外してにこりと笑う花園さん。終始笑顔を崩さないその雰囲気は初めて彼女を見たときのそれに似ていた。
「まあその予定だったしね。流石に今から約束を反故にしたりしないよ」
なんだか威圧感のようなものを纏った花園さんだけれど、本当はそこまで怒っていないのがわかっているので、苦笑する。
「ごめんね、待ち合わせの人が来たから行くよ。あんまり無茶なことはしないようにね」
「え、は、はい!」
「迷惑かけてすみませんでした」
立ち上がって二人の間をすり抜けてそのまま自然に見えるように花園さんの手を取って歩き出した。
二人の声を背に受けながら、僕は花園さんに目を向けると、さっきまでの毅然とした様子はなりを潜めて頬を染めて隣を一緒に歩いていた。