第1話 この女神、ぶん殴ってやる!
太陽がさんさんと照りつける暑い夏の日。
今日も今日とてゲームに没頭しようと思っていた男は、ふと飲み物がないことに気がついた。
「うっわぁ、このあっつい日に飲み物ないのは死ぬ。途中で水分がなくなって倒れそうだな、流石に。」
渋々と、財布を持ち、外に出て、自転車に乗る男。
「さて、コンビニにでも行きますかね。」
ゆったりと自転車を漕ぎだす。
「しっかし、夏休みも後3日か?早いなぁ、辛いなぁ。」
残り短い休暇に、男は愚痴を言いながら、約5分ほどでコンビニに到着する。
「さて、飲み物買って、と。」
2リットルのお茶を2本持って、レジに向かう男。
そして、お茶を買ってそれを袋に入れ、自転車のカゴに入れる。
「んじゃ、さっさと帰りますか。」
そう言って、自転車を漕ごうとした彼の視界の端に。
ーー轢かれそうになる、猫がいた。
あー、道路に飛び出しちゃったんだな、朝から嫌な光景を見そうだなぁ。なんて男は考えながら。
「って、猫が死ぬのは見たくないって!!」
漫画のように、アニメのように、猫を助け、目の前に迫るダンプカーを見ながら、ぐちゃり、と。
あっけなく、死を迎えるのだった。
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「よくいらっしゃいました、浅間 良弥様。」
「ここどこ。」
浅間と呼ばれた男は、目を覚ました瞬間、自分の目に飛び込んで来た状況に圧倒されていた。
星々が煌めき、空に、あるいは宇宙に浮いてるかのようなその場所に自分がいるというその状況に追いつかず、浅間 良弥は戸惑っていた。
「ここは、死と生の境界。死んだのち、死後の国へと向かう前に死者が立ち寄る場所です。」
「死者が、ということは、俺死んだのかぁ。」
自分が死んだというのは、実感が湧きにくいもののまあ納得してしまう。流石にダンプカーに轢かれて生きてたら怖い。
「飲み込みが早いようで助かります。」
「で、ここでなんか手続きでもするんですか?」
目の前の、白い髪をしたおそらく女神的存在なのだろうと思われる存在に、聞いてみる。
「本来はそうですね、ここで手続きをして、生前の行いや、祖先の徳の多さによって、処遇が変わるのですが・・・。」
「ですが?」
「その、浅間様は、死後の世界に行くか、新しく異世界に行くかを決めていただきたく・・・。」
「異世界!?ほんとに!?」
これはテンションも上がるものだ。あっけなく死んだと思っていたら、異世界に行けるなんて、ラッキーにもほどがある。
「是非お願いします、異世界とか夢みたいじゃないですか!」
興奮が冷めない、喜色が顔に出ているだろう。
「そ、それでは、あなた様に能力を授けたいので、ご要望がおありでしたら・・・。」
なにやら戸惑っている様子の白い女神様に少し、冷静になる。
「あ、すいません。ついつい興奮してしまって。」
「い、いえ、よいのです。それでは、ご要望を・・・あ。」
その間抜けな声に、思わず俺は白い女神様をみる。
「どうしたんです?白女神様。」
「い、いえ、なんでもありません。それと私の名前は、マリナと申しますので、どうぞお好きなようにお呼びください。」
「あ、これはご丁寧に、マリナ様。」
挨拶まできちんとしてもらえると、こちらも嬉しくなる。さて、どんな能力がいいかだが・・・。さっきからマリナ様が顔真っ青なのが、めっちゃ気になる。俺の後ろになんかめっちゃ視線向けてるのが、めっちゃ気になる。
「・・・マリナ様。どうしました?」
「い、いえ?なんでも、ないです。はい。」
怪しすぎる、どう見てもアウトだこれ。目の照準がぶれまくりすぎて、絶対嘘だとすぐわかってしまう。
「・・・。」
「・・・。」
俺とマリナ様はしばらく見つめ合い、お互いに微笑を浮かべ、俺は大丈夫です、わかってますよ、みたいな顔をして、
「そぉいっ!」
全力で後ろを振り向いた。
「ああっ!」
マリナ様が悲鳴をあげる。なぜかと言えば、俺の振り向いた先には、
ーー空間を裂いて、体が半分だけ出ている赤髪の女性がいた。
ーーさらに、先ほど俺が助けた猫を抱えながら。
・・・さて、これは普通に考えたら、猫を俺が助け損ねて、一緒に死んでしまったと考えるのが妥当だろう。しかし、しかしだ。目の前の赤髪女性が、めっちゃ下手くそな口笛を吹きながら目をそらし、後ろを振り向けば、マリナ様がやってしまったみたいな顔をしていることから、そういうことではなさそうである。
「マリナ様、あちらの方は?」
「ひゃいっ!あ、あのあちらは、私の、同期の神なのですが。」
同期とか神にあるんだ。
「その、どうやら、あの猫を連れに来たようです、ね?」
「なんで俺に聞くんですか。」
マリナ様は、慌てているので、話ができそうにない。仕方ない、本人に聞こう、と振り向いたら
「な、なによ!私は悪くないわよ!たまたま、連れて来たこの子が勝手にどっかの世界に降りちゃったけど、ぶっちゃけめんどくさいから探さなくてもいいか、と思ったから自主的に帰ってくるの待ってただけよ!」
「・・・ちなみにその子は、誰のペットです?」
「私のよ?」
さらっと言った目の前の赤髪の偉そうな女性に向かって、多分神だけどとりあえずそれは無視して。
「てめぇの管理不足で死んでんじゃねぇか俺!」
今言いたいことベスト1位を叫んでみました。
「な、なによあんた!たかが人間のくせに神に文句言う気!?」
「なーにが神だよ!猫の世話もできねぇ奴が神とか、笑えるね全く!」
「はぁー!?この子はネコじゃないですー!れっきとした神獣で、私の大切なペットですー!」
「の割には、噛まれてんじゃねぇか、随分と懐かれてるんですねー、はーはっはっは!」
自分のペットとか言いながら、抱えられた猫がめっちゃ赤髪の手を噛んでることを笑い飛ばす。
「ムキー!喧嘩売ってるのね!?そうなのね!?」
「おー?なんだ、どうせ俺が普通の対応じゃないのも、お前の不手際のせいなんだろ!」
「ぐっ、う、うるさいわね!」
「こちとらあんなふうに死にたくなかったわ!まだまだやりたいことあったんだぞ!あーあ、死にたくなかったなー、あんなふうに死にたくなかったなー!」
わざとらしく、誇張しながら叫ぶ。こいつのせいで死んだのだから、ちょっとは徳をさせてほしいもの。今のうちに弱みをつつきまくる!
「う、そ、そんなに死にたくなかったんなら!」
ぞわっと、嫌な予感がする。なんか、本能的に俺は今、選択肢をミスったような・・・?
「死ななくさせてあげるわよ!」
赤女神が、何か呪文唱えたかと思うと、俺の体がほんのり輝く。まさか、まさかとは思うが!?
「おまえ、俺に能力とやらを付与したな・・・?」
「そうよ!死にたくないんでしょ!?仕方ないから、不死の祝福をかけてやったわよ!」
「・・・マリナ様、少し聞きたいんですけど。能力って他には・・・?」
「その、大変申し上げにくいんですが・・・。」
「そう、ですか。」
「すみません・・・。」
いや、マリナ様は悪くない。悪いのは、目の前の!
「お前、なんてことしてくれてんだ!責任取りやがれこの野郎!ふざけんなよ!」
「だ、だってあんたが死にたくないとか言うからじゃない!」
「あんなふうに、って言っただろ!くっそ、どーすんだこれ。」
「ふん!あんたなんかもう送ってやるわ!」
赤女神がそう叫ぶと、俺の周りにほんのりと光が漂う。
「あ、てめぇ!逃げる気か!」
「に、逃げてなんかないし!そうよ、私みたいな神様に向かって歯向かうあんたが悪いのよ!」
「こ、の、クソ女神!お前覚えとけよ!絶対、絶対に!」
目の前が白くなってゆく、しかしこれだけは言ってやる。
「ぶん殴ってやるからなぁぁぁぁぁ!」
そうして俺の、全くもって順調とは言えない、異世界生活がスタートしたのだった。