やみやがった!
『猫』『携帯電話』『雨』の三題噺として書いた作品です。
今日という日はとことんツイてなかった。
朝に携帯電話の目覚ましが鳴らなかった事から始まり、朝ごはん用のパンはカビが生えていたし、いつの間にかブレーカーが落ちていて冷蔵庫の中身が全てパーになってしまっていた。
それらの処理を終えて家を飛び出したら通り道を5メートル間隔で黒猫がルンバを踊りながら目の前を通り過ぎていく始末。更には学校に着いても遅刻したところを運悪く生活指導のゴリ山に見つかり死ぬほど絞られた挙句に、財布を忘れて昼飯も食えなかった。
そして、帰り道にこの大雨だ。はっきり言って今日は最悪の日だった。
「はぁ、運がねーな」
シャワーでも浴びたのかと思えるほどボトボトになってしまった髪をワシャワシャと掻きながら、俺は小さくため息を吐き出した。今いるのは震度1の地震が来ても崩れてしまいそうな廃材で出来た小さなバス停だった。屋根があるのはいいけど、作りが甘いのかそれとももう寿命なのかポタポタとひどい雨漏りをしている。
「ああ、くそっ! 携帯も雨に濡れて壊れちまってる」
目の前では1メートル先も隠れて見えないほどの降っている雨を憎憎しげに睨み付けながら、俺は今日の異常な自分の不運を呪っていた。鞄も海につけたみたいにずぶ濡れで教科書やノートはふやけてウエットティッシュみたいになってしまっているのは明白だ。
「ああ、何で今日に限ってこんなに不運が重なるんだよ。せめて、この雨だけでも止んでくれねーかな」
まるで滝のような雨音を聴きながら俺は泣きそうになるのをグッとこらえる。そうだ、男はこんな事で泣いてはいけないんだ!
「あれ、雨宿りしてるの?」
心の中で自分を励ましていると、どこからか聴こえてきた声に俺は慌てて顔を上げた。すると、俺の目の前には傘を差した一人の女の子が立っていた。
「な、長宮さんっ!? ど、どうしたの?」
いきなり現れた彼女に俺の心拍数は最大まで跳ね上がり、変に上ずった声が口から出てしまった。彼女は俺と同じ学校の女の子で俺がひそかに恋心を抱いている相手なのだ。ほとんど接点がないから喋ることも出来ないんだけど、
えええっ、何で長宮さんが目の前に立ってるのっ? っていうか、何で俺は長宮さんと話してるのっ!? あれ、これは夢? もしかして夢の中!? そうか、こんな不幸な日に長宮さんと話せるなんて幸福な時間がある筈がないっ! これは夢なんだっ!
突然現れた長宮さんに俺の頭は栄養が回っていない所為もあり、かなり混乱しだしていた。そんな俺の心境を知る由もなく長宮さんは小さく小首を傾げながら俺に向って尋ねた?
「私は帰る途中なの。もし傘が無いんなら送っていってあげようか?」
彼女から発せられた言葉をすぐに理解することが出来なかった。そして時間が経ってようやく俺の頭の中に長宮さんの言葉が染み込んできた。
送るって誰を? ───俺を。
誰が送ってくれるの? ───長宮さんが、
あれ? もしかして、これってあの恋人同士がやるという伝説の相合傘?
「って、えええぇぇぇえ!? あ、相合傘っ!?」
やっとのことで言葉の意味が理解できた俺は思わずそう叫んでしまった。そんな俺の反応を嫌がってると感じてしまったのか長宮さんは少し怯えたように聞いてくる。
「あの、迷惑だった?」
「そんな訳ある訳がないではありませんかですよ!?」
長宮さんの言葉に俺は瞬間的に大きく首を振って全然嫌がってない事をアピールする。憧れの長宮さんと相合傘をするのを嫌がるわけがない、っていうかむしろどんどんカモンっていった感じだ。
「そ、それじゃあ、せっかくだしお願いしようかな? あ、雨に濡れて帰るのは嫌だしね」
いっそ清々しい位の嘘丸出しの言葉を口にしながら俺は長宮さんにそう言って、長宮さんの傘の中に入ろうとした。そして、その瞬間。
「あっ、雨が上がったみたいね」
…………は?
死刑宣告に似た長宮さんの言葉が俺の脳天に突き刺さった。俺は急いで周りを確認すると先程まで先が見えないほどだった土砂降りが嘘のように止み、代わりに燦々と太陽が俺を照らしてくれていた。うわー、雨雲も消えちゃって完璧な快晴だねっ!
「これなら、一人でも帰れるね。うん、良かったね。それじゃあ、私はこれで」
絶望感が心を埋め尽くしている俺とは対照的に、長宮さんは雨が止んだのを確認すると凄くいい笑顔でそう言い残して、あっという間に姿が見えなくなってしまった。残ったのはこの掘立小屋みたいなバス停とその中で呆然と立っている俺だけだった。
マジで泣きそうになる気持ちを抑えながら俺は空を見上げた、そこには必要以上に爽やかで澄み切った空とムカつく程綺麗に架かった虹が見えていた。
「な、何で晴れるんだよ……、ちくしょーっ! 今日は本当に運がねーええええええええ!」
目から流れる汗があの美しく輝く虹をぼやかしちまっていた。
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