祐直の誤算
結局、桂が打ち立てた作戦は見事に的中した。
夜が明けきる前には、倉梯山城をはじめ弓木一帯に細川の兵を見ることはなかった。
挙げた敵の首級は、兜首だけでも裕に二十を越え、一方味方の損害は徒兵十数人に過ぎなかった。まさに、歴史的大勝利である。
桂の作戦もさることながら、この大勝の陰には、弓木城から自らが陣頭に立って敵陣へと切り込んだ義定の姿があったことも忘れてはならない。
まさにその姿たるや、戦の神、毘沙門天が乗り移ったかのごとくであり、見る者を大いに奮い立たせたのである。
その甲斐あってか、戦自体はほんの一時ほどでけりがついた。しかしその分、細川方に与えた影響たるや、計り知れないものであった。
また、現実的な戦利品も多く手に入れることができたのである。
倉梯山城には数十挺の鉄砲をはじめ、思いの外多くの武器弾薬が残っていた。兵糧に至っては、弓木城と他の城を合わせたよりも更に多く、すべてを運び出すにはさらに半日を費やした。
それは、誰もが一介の鉄砲兵の戦略に驚嘆する一日となったのであった。
それでも二日目の午前中に、倉梯山城内で開かれた評定では、城を捨てることに異議を唱える者も出てきたが、義定はこれを断じて許さなかった。
彼は最後まで、桂が計画した通りを実行して見せたのである。
それから半月が過ぎ、これまた桂が予想した通り、空になった倉梯山城へはついに細川軍が戻って来ることはなかった。
それ故、近頃では稲富の鉄砲隊も暇を持て余している。
彼らが張り付く東の鉄砲狭間からは、時より野田川に水を飲みに来る鹿や狢に向けて鉄砲の標的としているのだ。
鉄砲頭の稲富祐直に至っては、最近よからぬ噂さへ流れている。
それは、祐直がたまに城を抜け出しては、近隣の山野へ野盗狩りに行っているというものであった。勿論それは、鉄砲の試し撃ちを兼ねてのことであるのだ。
この日も祐直は夜が更けた頃、小十郎を伴い城を抜けて行った。垣崎新吾をはじめ、他の隊員達も見て見ぬ振りをする以外にはない。
老兵の青戸弥平がぼそりと呟く。
「鉄砲の魔力に一度でも魅了された者は、死ぬまでその呪縛から逃れることは出来なくなるもんじゃ・・・」
今では祐直と共に弓木城における鉄砲頭となっていた桂は、禅儒坊に城の警備を怠らぬよう伝えると、時折遠くの山で聞こえる銃声に悲しい眼を向けた。
しかして二日後、祐直が城へと戻って来た。
心なしか窶れているようにも見えるが、何故か眼だけは爛々と輝いている。それはまさに、野生の狼が自分の牙でたった今獲物を襲って倒したような眼にも似ていた。
つまり、祐直にとって倉梯山城を落とした桂の策は、誤算以外の何ものでもなかったのである。
ところが、そんな彼にとっては、またしても退屈さを増幅させるような出来事が舞い込んで来ようとしていた。
その日、桂と祐直は定例の評定へと足を運んだ。
評定場には、すでに義定を除いた二十人ほどの家臣が着座しており、皆彼らの方を見るやそれぞれの笑顔を振りまいている。
桂はその笑顔に少し戸惑いを感じながらも末席へ座ると、部屋の隅の方にうずくまるよう頭を垂れた一人の男に眼を移した。
与六である。
確かにそこには人一倍大きな彼の姿があった。そう言えば、与六とは倉梯山城へ攻め込んだ日以来の再会となる。
桂は直ぐにでも彼に声を掛けたい気持ちをぐっと押し込め、首座に座った一色義定へと頭を下げる。
例によって評定は大江越中守の仰々しい挨拶から始まった。
「本日弓木の一色家が栄えあるのも、ひとえに義定殿のお力によるものと、家臣一同、恐悦至極に存じ奉りまする」
するとそれを受けて、いつもは義定が決まってこう言うのである。
「皆も息災で何より。大儀である」と・・・
しかし、今日の義定は少し様子が違っていた。義定は二度ほど扇子を細かく開け閉めすると、思い出したかのように、「大儀である」と一言だけ呟いた。
続いて、松田頼道が最初の話題を口にする。
「殿、これに控えしは亀井与六にござりまする。先の戦の折りに、但馬へと武具調達のために向かわせた者にございまする」
与六はその大きな身体をできるだけ小さく折りたたむと、カメ虫のようにその頭を床に擦り付ける。
義定は努めて明るい表情で、床に這いつくばる彼に声を掛けた。
「亀井与六、面を上げよ。此度の働きの事は、すでに聞き及んでおるぞ。詳細を皆にも聞かせてはくれぬか」
言われて与六は、やっとその頭をひとつ分だけ持ち上げた。
「わしは・・・、わしは、ただ・・・」
見かねた義兼が、但馬は有子山城が城主、山名祐豊から送られた感謝状を皆の前で読み上げた。
「此度、丹後一色義定殿のお気持ち、しかとこの山名祐豊お受け致した。この義定殿のお志はわしが死んだ後も、但馬を治める者に必ずや伝えて参ること、また、今後は三丹共に織田の勢力に挑む折、必ずや協力せしことお約束申しあげる。今回はその証として、こちらの気持ちを示させて戴きたく候」
読み終えた評定場には、但馬の国主、山名祐豊から義定宛に贈られた様々な品が運び込まれて来た。
この場にいる者達には、それが何を意味するのか皆目検討も着かないといったような表情をしている。
近習がそれらをひとつひとつ読み上げる。
「一.羚羊の引き革、五張り」
「一.綿織物、十反」
「一.堺鉄砲、二挺」
「一.鉛、百貫」
「一.黒色火薬、同じく百貫」
次第に、場内からはどよめきに似た声が聞こえて来る。
「一.太刀、ひと振り」
「一.馬、五頭」
まさしくこの時代、地方の大名にとっては異例とも言えるほどの品揃えである。
それに鉄砲や火薬などは、一色家同様山名家にとっても必要不可欠な品々であるはずだ。まさに義定のみならず、評定場に居合わせた誰もがその内容に驚かずにはいられないほどであった。
義定はもう一度、与六にその訳を話すよう促す。
「亀井与六、その方但馬で如何なる商いをしてきたと申すのじゃ?・・・」
与六はやっとその頭をもたげると、そこには以前と何も変わらぬ笑顔の彼がいた。
「わしらはお殿様からお預かりした銭と兵糧米を持って、但馬の国を抜けようとしてのでございます。但馬の国は今、織田軍によって攻められている故、商いには不向きかと思い、その先の伯耆国へと向かおうとしたのです。そこならば、この先兵糧が必要となり、米も高く売れると思ったからでございます」
義定は大きく頷いた。
「して、何故但馬の国よりこのような贈り物を受けることになったのか?」
与六は首を傾げると、少し困った顔をした。
実は与六にも、その理由が分からなかったからである。与六は理由を答える替わりに、但馬の国での出来事一切を、義定に話すこととした。
「実は但馬を抜けようと荷車を引いていると、有子山城の兵に行く手を遮られ、わしらはそのまま城へと連れて行かれたのでございます。勿論相手もわしらが一色家の者だと分かるや、丁重に扱ってくれました。ところが、城は籠城のための兵糧米が必要だと言いはじめ、わしらの荷を全部売ってくれと言って来たのです」
「ほう、それで・・・」
日置老人が相づちを打つ。
「しかし、銭は織田との戦の後だという。商いをするにはまったくもって困った相手ということじゃ」
与六はその時を思い出したのか、ふうと長い溜息をひとつついた。
「で、それから如何したのじゃ?」
痺れを切らした大江越中守が横から口を挟む。
「銭は無さそうだし、かといって米が必要なのは十分に分かる。わしらも城に籠もる時、腹が減るのが一番しんどい。それに、この米は駄目じゃと言って、こちらが斬られるようなことになってもなお困る。そこで、これは全部一色義定様からの贈り物じゃといって置いてくることにしたのでございます」
「おのれ、よくも殿から戴いた兵糧米を」
ここまで聞いた家臣の中には、与六に対して刀の鯉口を切ろうとする者もいた。
しかし、与六は一歩も引かない。
「じゃが、命には替えられん。それに、銭はまだ残っております。その銭で鉛などを調達すればええ」
桂にはそんな与六がたくましく思えた。
「だが、その兵糧米だけで、何故このように高価な品々を我が方に・・・」
藩の財政を預かる矢野藤一郎も首を傾げる。
義定は、更に有子山城でのことを詳しく話すよう彼に促した。
「わしらが荷を納めていると、城の中が急に騒がしくなり、奥から偉そうな侍がわしらに声を掛けてきたのです。それからわしらはその城の殿様がいる部屋へと案内され、たいそうわしらのことを労ってくれたのでございます。確かその殿様は山名、何とかというておりました」
義兼が言葉を挟む。
「但馬山名家当主、有子山城が城主の山名祐豊殿じゃ」
与六はここで桂の方を向くと、更に満面の笑みを称えた。
「その殿様が申すには、どうやら弓木の一色家が散々に細川方を蹴散らし、大勝利を納めたとのこと。そのような大変な時に、なおも当家に兵糧米を届けてくれる義定殿の心意気に感じ入ったというような事を言うとりました」
ここまで聞いて、ようやく皆にも話の流れが少し見えてきた。
つまりは、与六が命欲しさのあまり機転を利かせて言った一言が、ちょうど一色家の大勝利と重なったために、山名祐豊は共に織田と戦を交えている一色家に対して、必要以上の共感と感謝の念を抱いたに違いないのだ。
「やはり最後に心を共として戦うは、丹波、丹後、そして但馬の三州ということになりそうじゃのう」
そう言う一方で、祐豊は直ぐさま早馬を走らせては、一色家勝利の是非を確認させた。
当然その間、与六達は城に留められたわけだが、早馬での報告を聞くや否や、祐豊は城内に勝ち鬨を上げさせ、さらには彼らを手厚くもてなした。
老齢の山名祐豊は、与六に対してこんな事も口にしていた。
「わしの倅の尭熙は、すでに但馬から因幡へと渡り、織田方へと寝返っておる。しかし、義定殿に是非言うておいてくれ。命枯れてもこの山名祐豊、丹後を裏切るようなことはせんとな」
与六らの帰り際、城主祐豊自らが吟味した数々の贈り物を荷車で運ぶ彼らを、祐豊は最後まで見送り出した。
丹波を平定し、今また但馬の足下まで勢力を伸ばす織田に対し、最後はやはり敵わぬと思っていたのであろうか、祐豊は出来うる限りの礼を義定に尽くそうと思ったのであろう。
裏を返さば、それだけ孤立無援の但馬に最後まで手を差し伸べようとした一色家の行為に、武士としての意地を通したかったのかも知れなかった。
何れにしても、最初の取っ掛かりはどうであれ、形の上では織田に追い込まれている但馬山名家を、同じ織田方と相見えている丹後一色家から兵糧を提供したと言うことには変わりはなかった。
こうして与六らは、銭を使うこともなく、必要以上の品々を手に入れることが出来たのである。
評定場では老臣の日置主殿介が手を叩いて喜んでいる。
「その方、亀井与六と申したか、それは大手柄じゃったのう」
松田頼道が続く。
「しかし、五郎、平治も肝を冷やしたであろうな」
それは、与六らの護衛にと付けられた、赤井五郎らのことを思っての一言であった。
結果はともあれ、これで評定の半分が済んだことになる。残る話題はもう一つ。義定はその顔から笑みを消すと、小西宗雄の方に顔を向けた。
宗雄はひとつ咳払いをしてから、本日の本題を静かに喋り始める。
「実は、昨日織田方の細川家より使者が参り、細川藤孝殿のご息女を殿の元に輿入れさせては如何かとの話があったのじゃ」
「真か、宗雄」
真っ先に反応したのは、松田頼道である。
頼道が床をポンとひとつ叩いて見せたのを合図に、場内は一瞬にして蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
それもそのはずである。細川家と言えば、ついひと月ほど前まで共に刃を交えていた間柄であるのだ。それが、突如として和睦はおろか、その証しに一色義定に嫁まで寄こすというのである。
大江越中守や日置主殿介などは、もう腹を抱えて笑い転げ、このことを歓迎した。
「いやー、実に痛快じゃ。大国織田の方から和睦を申し入れてくるばかりか、その証しに人質まで寄こすとわな」
主殿介の言葉に、頼道は義定の方を振り返ると、大きくひとつ手を着いてみせた。
「殿、これはまたとない好機、是非お受けなされませ」
続いて越中守も声を弾ませる。
「倉梯山城攻めが功を奏したのでござろう。これで、織田と手を組むは我が一色家にとってもけっして不利益ではござらん」
そんな中、場内の歓喜とは裏腹に、義定は未だに浮かぬ顔をしている。
末席からは、稲富祐直が静かに語り始めた。
「方々に申し上げまする。もし、これが織田方の罠だとしたら何となさいまする?・・・」
場内の笑い声は、これまた一瞬にして凍りついた。
「祐直、罠とは如何なる事じゃ?」
小西宗雄が鼻息荒く祐直に問いただす。
「では、何故畿内一円を手中に治める織田方より、丹後半国の我らに和睦を申し入れて来たのでござりましょうか?」
「それは、先の戦にて我が方が大勝利を収めたからに相違ないじゃろう」
矢野藤一郎が答えたが、場内の誰もが祐直と同じ疑問を抱いている。
祐直は続ける。
「確かに倉梯山城の戦で、当方は勝ち申した。しかしそれは、織田方にとって百戦のうちの一敗にしか過ぎません。その気になれば、その何倍もの勢力を持って押し寄せてきましょう」
誰もが反論する言葉を失っている。
「ましてや、支配しようとする側より、人質を寄こすなどと言うことは今だかつて聞いたことがございません」
なるほど、祐直の言い分は理に叶っている。
桂は何時もながらに、祐直の分析力に感心しながらも、また別のことにも頭を巡らせていた。
つまりは、この縁組みを断ったときの事である。もし万が一、義定が細川藤孝との、しいてはその後ろに控えし織田との縁組みを断ったとしたならば、その後にはどのような事態が待ち受けているのであろうかと言うことである。
そんな桂の様子を察したのであろうか、松田頼道が桂に向かって声を掛けた。
「結城、そちはこの縁組み、如何が思う?・・・」
元はといえば、桂が提案した倉梯山城攻めが発端となったわけである。その意味では最高責任者でもある桂の意見を、皆も聞きたいと思ったのであろう。
桂は義定の方に一礼すると、淡々と自らの意見を語り始めた。
「稲富祐直殿の言うこともっともと思いまする。しかし、この縁組みを断りしは、織田と全面対決になることを覚悟しなければなりません」
言った後、桂は自分の中で武者震いするものを感じていた。
さらに続ける。
「しかしまた、今織田と縁をむすぶは、但馬との関係を裏切ることにもなりますまいか。だとすれば、一色家は天下の笑い者となるやも知れません」
皆は但馬より送られし数々の品を横目に、ひとつ大きな溜息をついた。
結局、賛成論、反対論共に入り乱れる中で、一色家の家臣団として、確固たる結論も出ないまま、最後は義定に一任すると言うことで落ち着いた。
大江越中守が今まで崩していた姿勢を改めると、仰々《ぎょうぎょう》しく義定に一礼し、一際大きな声を発する。
「殿、如何なされますや。ご決断のほどを」
義定はしばらく目線を下に置いていたが、ひとつ小さく頷くとその眼差しを皆の方へと向けた。
「わしは、この申し入れを受けることにする。皆もそのつもりで準備を致せ」
結局はこの一言で、一色義定は細川藤孝の娘を受け入れることにしたのである。
義定にとっては苦渋の選択であったのかも知れない。
しかし、これで一時でも戦のない日々が訪れるであろうと言うことの方が、むしろ皆の心には大きく響いたに違いない。それが証拠に、そこに居合わせる誰もが義定の言葉に穏やかな面持ちで頭を下げた。
それから二日後、小西宗雄は一色家の使者として、細川方の田辺城に赴いて行ったのである。




