夜の瞳の王女様 - 01
捧げた祈りは届くことなく空虚に溶けて、
掲げた想いは報われることを知らなかった。
祈りへの対価を神が支払わないと分かっても、
それでも神に祈れるか?
神が自分を愛していないと分かっても、
それでも神を愛せるか?
――――――――――――――
質素でありながら厳かな空気を持つ闘技場に、金属がぶつかり合う音が轟く。騎士の毎日の義務である、騎士訓練の真っ最中だ。あちこちで、簡単な甲冑に身を包んだ騎士が刃を交えている。
そこに突然、外から大きな声が響いた。
「いけません! このような場においでになっては……!」
「良いではないの、どうせお兄様にはバレやしないわ」
「そういう問題ではありません!」
必死に咎めようとする衛兵の声と、高く少女らしい甘い声が聞こえてくる。この冷たい闘技場には似ても似つかない柔らかい声質に、思わず新人と手合わせしていた手を止めた。
「フォス、いる?」
そう言って扉の陰から顔を覗かせたのは、目の覚めるような金髪と、濃い藍色の瞳が印象的な少女。我らがノーチェ王国第一王女――アリスティナ・リオ・ノーチェその人である。俺が近衛として仕えている俺の主だ。
「……ティナ様。何度も申しておりますが、ここは姫様のいらっしゃるようなところではありませんよ」
何度も呈した苦言に、無意識に溜め息が溢れる。こんなところへ動きにくいドレスで来て、万が一にも怪我をしたらどうするんだ。
「もうそれは聞き飽きたわ。でも今までお兄様にはバレたことないもの、だから大丈夫よ」
彼女はそう言って笑うけれど、それはバレたら結構やばいことになるということと同義だと思う。
王位継承権第一位、つまりは嗣子であるカイ王子殿下は、ティナ様を国のための駒だとしか思っていない。ティナ様が怪我をしようがカイ様の心は痛まないだろうが、それが国益に関わるなら話は別だ。
カイ様はティナ様を国益のための道具として見ている節があるから、必要なのはティナ様自身ではなくティナ様の評判だ。姫が闘技場に通っているなどという噂が他国に伝わってしまえば、ティナ様というブランドに傷がついてしまう。
まったく、国を担う器の男は面白い考え方をするものだ。
「……それで、本日のご用件は?」
渋々ながらそう尋ねれば、ティナ様の顔がぱあっと華やいだ。
「そうそう。温室のチューベローズが綺麗に咲いたのよ。フォスと一緒に見ようと思って」
彼女は嬉しそうに笑うけれど、しかし今は訓練中だ。俺の代わりに、別の騎士が彼女についているはず。隣にいた、俺の先輩にあたる年かさの騎士も同じことを思ったのか、ティナ様の前へと進み出た。
「しかし姫様、フォスターはまだ訓練がございますので」
年かさの騎士が苦笑しながら、やんわりとティナ様に告げる。ティナ様はむう、と唸ると少しだけ思案顔になって、それからすぐに良案を思い付いたと言わんばかりの笑顔を見せた。
「だったら護衛がほしいわ。フォスが一緒じゃなきゃ、温室に行くのは怖いもの。フォスに護衛を命じるわ」
これなら良いでしょう? と彼女は屈託なく笑う。そして、言葉に詰まった年かさの騎士の横をすり抜け、俺の腕を引いて「行きましょ、」と歩き出した。




