豹変
乱暴なノック音がし、リディアは唸りながら身体を起こす。
すでに日は暮れて、窓の外も闇に包まれている。
眠い目をこすりながら扉を開けると、呆れ顔のファルシードがいた。
「まだ寝てたのかよ……支度ができ次第、町に行くぞ」
――・――・――・――・――・――・――
久々にまともな食事をとった二人は、休むことなく酒場へと向かう。
ファルシードによると、知りたいことを探る時は酒場に行くのがいいらしい。
あちこちから情報が集まり、酒が入っているぶん相手の口も滑りやすく、さらには誰と話したのか記憶を曖昧にさせやすいのだそうだ。
騒がしい店内をまっすぐ進んだ二人は、様子をうかがうため、人目に付きにくい端の席に腰かけていく。
どうやら、店の中心では酒飲み勝負が行われているようだ。
ガタイのいいスキンヘッドの男と、化粧の濃い金髪の女が次から次へと酒を飲み干していた。
「おおう、ねぇちゃん、にゃかにゃかやる、な」
スキンヘッドの男はすっかり出来上がっているようで、眼球までも赤く染めて、呂律も回っていない状態だ。
「なっさけないわねー。こんなのまだまだでしょ」
女のほうはずいぶんと余裕があるようで、赤み一つ見られず、不敵に笑っている。
突如、観客がわあっと一斉に声を上げていき、それと同時にスキンヘッドの男は音を立てて机の上に突っ伏した。
「おれにょ……負け、だ……」
「やった! ここは全額アンタのおごりってことで、よろしくー!」
女はにかっと笑って足を組み換え、つまみを片手にまた酒を飲み干した。
深いスリットから覗く、すらりとした長い足に思わずドキリとする。
胸元を隠し、肩や腿を出す服はかえって女を妖艶に見せていた。
向かいに腰かけるファルシードを見ると、女に視線を送っており、微動だにしていない。
――ああいうセクシーな人が好きなのかな。前にファル、カルロさんに“素朴な女を好きになるなんて、趣味が変わったんですか?”と言われてたもんなぁ。
わずかに胸の奥が軋み、泥のように淀んだ気持ちが沸き上がってくる。
何故こんなにもモヤモヤするのだろう、とリディアは視線を落とした。
「あの女……どこかで……」
ファルシードの独り言に、リディアは派手な女を凝視する。
そして、はっと息をのんだ。
「あの人、コーネリアさんだよ!」
「は……? 金髪赤目の女なんざ、そこら中にいるぞ」
「ううん、全然雰囲気が違うけど、絶対にそう!」
確信を持ってリディアは告げる。
刃のように研ぎ澄まされた雰囲気のコーネリアと、露出の激しい妖艶な美女。
似ても似つかず、共通点は髪と瞳の色くらいしかないように見えるが、それでもリディアには二人が同一人物であるとはっきりわかった。
「そこまで言うのなら、確かめてみるか……」
ファルシードはおもむろに立ち上がり、金髪の女へと歩み寄る。
彼が近づくにつれ、笑いながら酒を飲んでいた女は言葉を無くして、零れ落ちそうなほどに目を見開いていた。
「楽しんでいるところ悪いが、一つ確認したいことがある。アンタ……」
ファルシードが話しかけた途端、金髪の女は勢いよく立ちあがり、罵るように声をあげた。
「どうしてこんなところにいるのよ!」
「ん? ミーナちゃん。この色男、誰だい?」
近くで飲んでいた男に尋ねられ、ミーナと呼ばれた女は「元彼!」と不愉快そうに返し、続けざまに言葉を放つ。
「私とヨリ戻したいの? 相っ変わらず、しつこい男!」
「おい、俺がいつアンタと……」
面倒そうなファルシードをヨソに、ミーナは強引にファルシードを外へと押し出していく。
「ここじゃ迷惑だから外行くわよ、外! いいわね!」
――・――・――・――・――・――・――
怒涛のような展開にリディアは茫然としていたが、ふと我に返り慌てて外に出た。
視界に入る場所にファルシードはいない。
きょろきょろとあたりを見渡すと路地裏の陰に人影が見え、そこに急いだ。
「あーもう、最っ悪! 今まで誰にもバレなかったのに、よりによって雇われ用心棒なんかに……」
そう言って頭を抱えるミーナを横目に、ファルシードはうんざりしたように息を吐いてきた。
「お前の言うように、コイツはコーネリアのようだ。別人みてェだが」
「私の正体に気付いたのは、こっちか……ぼけっとした箱入り娘って感じなのに、案外こういう子のほうが鋭かったりするのよね……」
ミーナに扮したコーネリアが、がっくりと肩を落としていく。
褒められているのか、けなされているのか、と内心複雑ではあったが、リディアは苦笑いをするにとどめた。
「ファルって言ったっけ。アンタ、私をどうする気? ゆする気?」
コーネリアはファルシードを睨みつけている。
その強気な態度から、ゆすられるつもりなどないことが、容易く見てとれた。
「別に騎士が勤務時間外にどこで何してようが、問題ねェだろうが」
ファルシードはいかにも面倒そうに言うが、コーネリアの眉はますます吊り上がっていく。
「普通の騎士ならそうよ! だけど……」
うっと言葉に詰まる様子に、リディアは首を傾げた。
言いづらそうにもごもごと口を動かしたコーネリアは、静かに言葉を放つ。
「どうせアンタ、気付いてんでしょ。コレ」
不本意そうに視線をそらしたコーネリアは、トントンと自身の左胸を人差し指で叩いていたのだった。