警戒
「彼らは、毒持ちの虎に襲われたロベルトを助けてくれた旅人でして。宿がないようなのでフラム城に泊めることはできないかと……ってあれ、名前はなんだったかな」
コーネリアは、顎に手をあてて首をかしげた。
未だ名前を告げていなかったのだから、彼女が悩むのも当然だ。
「俺がファルで、彼女がリジーです」
ファルシードは、偽名を使って答える。
本名ではなく呼び名にしたのは、リディアがうっかり口を滑らせる可能性があるからだろう。
「そうか、ウチのがすまなかった。しかし、モンスターに会うとはついてなかったな」
マティアスは穏やかな笑みを浮かべつつも、冷静さを含んだ視線を向けてくる。
会話を進めながら、二人の言葉や態度を細かく観察し、見極めようとしているのだろう。
「はい……すごく怖かったです」
リディアはモンスターの姿を思い出し、身震いしながら答えた。
「毒持ちの虎には、実際何人もやられていてね、無事でよかったよ。それで、君たちはなぜブレイズフロルへ?」
今度の問いにはファルシードが答える。
「アクアテーレに雇い主リジーの親戚がいまして。俺は、その道中の護衛です」
「そうかそうか。アクアテーレは素晴らしい町だよなぁ、なんてったって飯がウマイ」
「団長、そんなことより」
たしなめるようにコーネリアは声をかけていき、マティアスはにこりと微笑んだ。
「ああ、いいよ。部屋は余っているしな。後で案内してやれ」
「承知しました」
リディアたちは、深々とマティアスに礼をする。
ようやく寝床を確保できたことには安堵し、ほっと息を吐いた。
――・――・――・――・――・――・――
簡単に城内を案内してくれたコーネリアは、角部屋の前で歩みを止める。
「ここ二つが君たちの部屋だ。お世辞にも良い部屋とは言えないが、野宿よりはマシだろう」
「ありがとうございます」
扉を開けて中に入ると、当たり前のことのように後ろからファルシードがついてきた。
「へ?」
まさか同じ部屋に泊まる気なのか、とリディアが不安げな表情を浮かべると、コーネリアは呆れたようにため息をついてくる。
「異常の確認かな? そんなに警戒しなくても君たちに何かをする気はないし、罠だって仕掛けていないよ」
安心させるためにそう言ったのだろうが、ファルシードは眉を寄せ、睨みつけるような視線を向けていた。
「森でのあれ、どういう意味だ」
あれとは恐らく、コーネリアが“普通の剣なのか”と尋ねてきたことについてだろう。
どうやら、ファルシードはコーネリアのことを信用していないようだ。
「あれはそのままの意味で、興味があったから聞いただけさ。私は君たちの敵じゃないから信じてくれていい。ただし……」
放つ言葉と共に、にこやかだったコーネリアの表情が氷のように冷たく鋭くなっていく。
あまりの豹変ぶりにリディアは声を無くし、身をすくませた。
「この町に災厄を持ちこむ気なら、容赦はしない」
最後に一言だけ告げてきたコーネリアは、二人の元を去っていく。
そのままリディアとファルシードは、静まり返った部屋に取り残された。
「コーネリアさん、なんで私たちを警戒しているんだろう」
「……俺が証持ちだと、気付いているからだろうな」
ファルシードは不愉快そうに顔を歪めていき、リディアは不安から身をすくめる。
「もしかして、このまま教会に突き出されちゃうってこと……!?」
「いや……一つ引っ掛かっていることがある」
「引っ掛かること?」
「恐らくいまのところはアイツの言うように、何もされねェだろう。ひとまず仮眠をとって夕飯後、酒場で情報収集をするぞ」
ファルシードは答えを言うことなく、リディアを置いて部屋を出て行ってしまった。
――・――・――・――・――・――・――
貸し与えられた部屋は、騎士の仮眠室のようだった。
ベッドとテーブルとイスくらいしか物が無く、まさに寝るためだけの部屋といった感じだ。
リディアはメイドに頼みこんで木桶風呂を借り、汚れを流したあとでまた、ベッドに横になっていく。
フレームがわずかにたわみ、ギィと軋みの音があがった。
「皆は、大丈夫かな……」
船にいる団員を心配して、小さく丸まる。
もしも教会の船から攻撃を受けていたら、と考えてしまったリディアは、ぶんぶんと首を横に振った。
――絶対、大丈夫。信じるって決めたじゃないか
ブレスレットに手をあてて、静かに目を閉じる。
そうすると、次第に呼吸は落ち着きを見せていき、いつの間にかリディアは深い眠りへと落ちていた。