フラム城と騎士団長
厳かな儀式を終えた町は、打って変わって活気に満ちていた。
マーケットの店員たちは途端に客引きをはじめ、道行く人々も会話を楽しみながら、思い思いの方向へ歩いていく。
色とりどりの花が咲き、石畳で整備された町はゆったりと穏やかで品があると、リディアは思った。
コーネリアは馬を引きながら、町の中心方向を指し示す。
「あれが騎士団の拠点、フラム城。疲れているところ悪いが、君たちには団長に会ってもらうよ」
「わ、これも大きい……!」
リディアは眩い太陽に目を細めながら、呟いた。
童話の挿絵にも似た巨大な城には、炎のような赤い旗がいくつも翻っている。
実物の城を見たことが無かったリディアは、圧倒的なスケールに目をきらきらと輝かせていた。
「炎の騎士団の団長は、マティアス・ブラント。聡明で気さくな方であるし、きっと歓迎してくれると思う」
城を見上げながら、コーネリアは柔らかく微笑む。
常に凛とした雰囲気を醸し出す彼女だが、マティアスの名を出した時には、それがゆるんでいる。
騎士団長のことを相当に慕っているということが、リディアにもうかがい知ることができた。
――・――・――・――・――・――
二人はコーネリアに連れられて城内に入り、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いて、団長室へと向かう。
ロベルトはコーネリアから任務の報告を依頼され、途中で別れることとなった。
彼によると、マティアス団長はずいぶんと風変わりな人物であるらしい。
“騎士団の力で暗黒竜に止めを刺してみせる”と作戦を計画し、教会に提案したというエピソードは、この町では有名な話なのだそうだ。
生贄を捧げて封印を継続させるのではなく、竜自体を倒そうとする者がいるなど、リディアが聞いたことは一度もない。
突飛ともいえる騎士団長の考えに驚嘆するのと同時に、リディアの胸の奥はじんと熱くなった。
「そういえば、さっきロベルトさんが言ってた計画って、どうなったんですか?」
前を歩くコーネリアに竜殺しについて尋ねると、彼女は悲しげな表情を浮かべながら微笑みかけてくる。
「頓挫してるよ。一度封印を解かなければならないし、リスクが大きすぎると教会からきつく言われたらしい。彼らはきっと、騎士団を信頼できないのだろう」
「そうですか……」
しょんぼりとリディアは項垂れていく。
元凶である竜さえいなくなれば、巫女たちがどれほど救われるだろうと思ったが、現実はそう甘くはないようだ。
「提案を受け入れてもらえなかったのは遺憾だが、暗黒竜に立ち向かおうとした団長と騎士団が、私は誇らしい。私も団長のようにありたいと願うよ」
コーネリアはまっすぐな瞳で語っていく。
「騎士団長さん、どんな人なのか楽しみだね」
マティアスという人物に興味が湧いて、ファルシードに小声で話しかけていくが、彼は頭を抱え「相変わらず、変なとこお気楽だな……」と呆れたように苦笑いをしていた。
「ついたよ、ここが団長室だ」
コーネリアは扉の前で立ち止まり、ノックする。
彼女が名を告げると、中から「入れ」と一言だけ聞こえた。
穏やかなようにも、厳格なようにも聞こえる低い声にリディアは緊張しながら、部屋の中へ足を踏み入れた。
――・――・――・――・――・――
執務室のような広い部屋には、分厚い本がつまった棚があり、中央には崩れるほどに書類が載せられた机がある。
その横には、騎士団の印である獅子が描かれた深紅の旗が飾られていた。
「コーネリア、どうした? 金の無心でもしにきたか?」
書状の山からひょっこりと顔を出した、四十代半ばほどの男が楽しげに笑う。
彼も、ロベルトやコーネリアのようにグレーの髪を後ろで一つのみつあみにしている。
恐らくこの髪型は騎士団特有のものなのだろう。
年齢の割に均整のとれた身体つきをし、紳士的に整えられたひげがある男は、子どものように笑っている。
親しみやすそうではあるが、堂々としていて風格のある人物だとリディアは思った。
「金の無心だなんて……御冗談を」
コーネリアが不愉快そうに返すと、男はリディアたちに視線を向けてきて、慌てたような表情を見せてきた。
「おお、こりゃ失敬。客人か。私はマティアス・ブラント。ようこそ炎の騎士団へ」