新たな町
「見えてきたぞ、あれが我らの町だ」
道行く先をコーネリアが指差す。
木々の隙間に目を凝らすと、平野の奥に巨大な白い壁が見える。
壮観な景色に、リディアはノクスから身を乗り出した。
「わぁっ、すごい大きな壁……!」
世間知らずのリディアが面白かったのだろう。
ロベルトは噴き出すように笑ってくる。
「ブレイズフロルは千年前からある城郭都市でね。モンスターから民を守るため、ああやって巨大な壁が町を囲っているんだ。万が一、暗黒竜みたいなのがやってきても、対抗できるようにな」
「確かに、簡単には壊れなさそうですもんね」
リディアはまじまじと壁を見つめながら町の姿を想像し、期待に胸を膨らませた。
壁の前にたどり着いた一行は、ノクスを森に離して重厚な門をくぐりぬけていく。
壁にあいたトンネルを進んでいくと、向こうから微かに鈴の音が聞こえてくる。
トンネルを抜けると、音の出所がすぐにわかった。
濃紺のローブを身にまとった民が列を成し、ペンダントを握り締めたり、鈴を鳴らしたりしながら、しずしずと通りを歩いていたのだ。
大通りにはマーケットが開かれていたが、店員たちも商売をすることなく目を閉じ、幼い子どもでさえ静かに祈りを捧げている。
「もしかして今日って、一日でしたっけ?」
高らかに響く鈴の音を聞きながら、リディアは小声でロベルトに尋ねた。
「ああ。儀式の最中に帰ってきてしまったようだな」
ロベルトは濃紺の集団に視線を送りながら言う。
一日は、ネラ神が暗黒竜を封印した日と言われ、毎月全ての民がネラ神に祈りを捧げる日になっているのだ。
「私たちもやらなきゃ」と、リディアはファルシードを促し、形だけの祈りを捧げていく。
だが、騎士たちは祈る様子を見せず、馬の手綱を握って立ち尽くすばかり。
程度の差こそあれ、ネラ教徒しか存在しないとされているこの世界。
それなのに、フライハイト以外に祈りを捧げない者がいることを知り、リディアはぽかんと口を開けた。
「ははは、なんだその顔!」
ロベルトはリディアを見て、声をあげて笑ってくる。
それをコーネリアが呆れたようにたしなめた。
「ロベルト、仕方ないだろう。普通に考えれば、我らは不敬罪か相当な奇人だ」
「祈らない理由があるのか?」
ファルシードが尋ねるとコーネリアは頷き、にこりと微笑みかけてきた。
「まぁね。炎の騎士団は独立した組織として、ネラ教会からも認められているのさ」
――・――・――・――・――・――・――
“どのみちまだ町には入れない”とコーネリアは、炎の騎士団について様々なことを教えてくれた。
騎士団を設立したのは、ネラ・アレクシアと共に竜退治に向かった者で、それはコーネリアの先祖にあたるということ。
騎士たちは様々な町へと派遣され、モンスターの脅威から民を守っていること。
そして、神事には一切参加しないよう千年前から定められているものの、実際は騎士全員がネラ教の信者であるということも。
結局はどこに行こうと、世界はネラの信者で溢れているということだ。
「ところで……今日の宿は決まっているのかい?」
コーネリアは、儀式が終わったのを確認して声をかけてくる。
「決まってないですけど、どうしてです?」
「ここは、女神ネラと共に竜退治をした者が眠る町。儀式の日ともなれば、近くの町からも人が来る。宿の空きはないと思うんだが」
「――ッ!」
リディアとファルシードは同時に言葉を失った。
町にいながら野宿をする羽目になるなど、想像だにしていなかったものだから、仕方のないことだろう。
愕然としている二人を見つめてきたコーネリアは、くすくすと笑った。
「やっぱりね。団長に相談してみるよ。うちのロベルトも迷惑をかけてしまったしな」