襲撃
それから二人は野宿を重ねながら、炎の騎士団の本拠地でもあるブレイズフロルの町へと向かった。
食べ物も底をつきてきていたが、野性動物を狩ったり、自生している果物やキノコを食べたりと、どうにか食いつなぐことができていた。
モンスターに遭遇することもなく、順調ともいえる旅だ。
とはいえ、野性味溢れる生活を続けていると、疲労は蓄積するもので。
弱音が喉元までわき上がってくるが、リディアはそれを必死に飲み込んだ。
「ねぇ、ファル。ブレイズフロルまで、どのくらい……?」
リディアは額から垂れる汗をぬぐい、邪魔な草をかき分けながら歩くファルシードに尋ねた。
「早ければ今日の昼過ぎ、遅くて夜だろうな。ノクスの体力が持ち直し次第、乗っていくぞ」
主人の言葉にノクスは同意を示すように、キュルキュルと明るく鳴く。
だが、重い荷物を運ぶノクスの体力も限界に近づいているように見える。
あまり彼に頼るわけにはいかない、とリディアは足を奮い立たせた。
会話も減って無言のまま歩く一行だが、突如としてファルシードとノクスが足を止めた。
つられて立ち止まると、ファルシードは一歩前に出てリディアをかばうように立ち、ノクスもその瞳を水色から鋭い金色へと変化させた。
「な、何……?」
「恐らく、この先にモンスターがいる。正体はわからねェが、雑魚ではないだろうな……」
眉を寄せるファルシードに、リディアはごくりとつばを飲み込む。
「しかも、その奥からも微かだが声が聞こえた。厄介事じゃないといいが……」
ファルシードは胸元からナイフを取り出し、リディアに“ノクスから荷物を下ろせ”と指示を出してくる。
リディアは慌ててそれに従った。
ペットのようになついているとはいえ、ノクスもモンスターだ。
立派な戦力であり、荷物を載せたままでは戦いづらいということなのだろう。
呼吸の音や木々のざわめく音が、やけに大きく聞こえる気がするとリディアは思う。
何の気配も感じ取れないリディアだが、一人と一匹の間に漂う張り詰めた空気から、危険な状況だと嫌でもうかがい知ることができた。
あたりに茂る腰ほどの高さの草が、風の形に沿って波のように揺れていく。
突如、前触れもなく唸り声が響き渡り、それと同時に草むらから、黄色の塊が踊り跳ねるように飛びかかってきた。
「クソっ、毒持ちの虎か!」
ファルシードは、ナイフを投擲するが、動きの速い虎の頬をかすめるだけで終わる。
駆けだしたノクスが噛みつこうとすると、虎は身体をしなやかにくねらせて嘴を避け、また距離を取り、草むらへと隠れた。
どうやら動きの速い虎と、投げナイフとの相性は悪そうだ。
リディアは“何か武器になるものは”と先ほどノクスから外した荷物に視線を送っていく。
ランタンに干し肉、着替えに水、地図に縄……戦闘に使えそうなものはない。
何もできない自分を歯がゆく思いながら、リディアはファルシードのほうへと視線をうつす。
そして、そのまま零れそうなほどに目を見開いた。
先ほどまでナイフを握っていた手には、見覚えのない漆黒の剣が握られていたのだ。
その剣は、サーベルより長さは短いものの、どこかに隠し持てるようなサイズでは到底ない。
「ノクス、牙には注意しろ。毒がある」
ファルシードは淡々とノクスへ注意を促し、ノクスは承知したとばかりに鳴く。
剣が突然出現するという奇術めいた状況だが、ファルシードやノクスは当たり前のことのように陣形を組み、虎を警戒していた。
――ねぇファル、その黒い剣って一体何なの……?
ファルシードに対する困惑と、鋭い牙を剥いてくるモンスターへの恐怖とで、リディアは立ちすくむことしかできなかった。