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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第五章 炎の騎士団
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あの人との絆

 その晩はエマがポトフを作り、ご馳走してくれた。

 宿を切り盛りしてきただけあって絶品で、温かいスープは疲れた身体にじんわりと染みていった。


 食事を終えて二階の部屋に入ろうとすると、ファルシードから声をかけられる。


「エマに不審な点は見られないから、安心して休んでいい」

 どうやら彼もエマを警戒し、さりげなく監視していたようだ。


 “不審な点はない”という言葉に、リディアはほっと息をつく。

 こちらを(たばか)るような人物には見えなかったが、それでも不安は消えなかったのだ。


 慣れない森歩きの疲れが今になって、どっと噴出してくる。

 足は鉛のように重くなって体中も痛み出し、眠気までも襲ってくる。



 一方のファルシードは部屋に戻ることなく踵を返し、下り階段へと向かっていた。


「どこ行くの?」


「ここから町はそう遠くないらしい。ノクスに乗って、少し飲んでくる」


「う、嘘でしょ、飲むって……」

 こんな時に緊張感ないなぁと、リディアは苦笑いをこぼし、彼の背中を見送った。 


――・――・――・――・――・――・――


 翌朝、リディアはベッドから転がるようにして飛び起きた。

 下の階から、エマの動揺する声が聞こえてきたのだ。


 寝巻の上から羽織を掛けて階段を駆け下り、慎重に様子をうかがうが、一階にはエマ一人しかいない。


 教会の者がいなかったことに安堵の吐息をついて、リディアはエマの元へと向かった。


「何かあったんですか?」

 

 リディアの問いにエマは震えながら、棚の上を指差していく。

 彼女が指し示した先にあったのは、小さな箱。

 その中には黄色のブローチがあり、きらきらと光輝いていた。


「これって、昨日エマさんが言っていたリヒト……?」

 駆け寄って、ブローチをまじまじと見つめる。


 細かく透き通った輝きを放つそれは、無人島で見たリヒトクォーツの塊に非常に良く似ていた。


「どうして、こんなことが……」

 ブローチを手に取ったエマは、うろうろとその場を行ったり来たりしている。

 どうやら目の前の現実に、理解が追いついていないようだ。



 足音が聞こえて二人が階段に視線を移していくと、眠そうにあくびをしながら下りてくるファルシードが見える。


「まさか、貴方が……?」

 エマがブローチを差し出して尋ねると、彼は微かに笑う。


「どうして俺が? 単に必要なものだから戻ってきたんじゃないですか」

 興味なさげに言うファルシードは、水差しの水をコップに注いで飲み干していた。



「ああ、そんな……」

 昨日の会話をそのまま引用してきたファルシードに、エマはそれ以上のことを追求できなくなっていた。 


「あの人との“絆”をお返しくださった、優しき“誰か”のその御心と、ネラ様に感謝いたします」


 ブローチを握り締めたエマは、ぽろぽろと涙をこぼしながら、幾度も感謝の言葉を唱えていく。



 “絆”というエマの言葉に、リディアも自分のブレスレットに視線を送る。

 リヒトクォーツの石言葉は“強い絆”

 恐らくエマは夫が亡くなったあとも、あのブローチに彼との絆を感じていたのだろう。


 ――戻ってきて、よかった。


 リディアは、子どものように泣きじゃくるエマの背中を、ゆっくりとさすり続けたのだった。



 朝食を済ませ、支度を終えた二人は玄関へと向かう。

 宿代を渡そうとしたのだが、エマはそれを頑なに断り、昼食まで持たせてくれた。


「世話になりました」

「美味しいお食事とお心づかい、本当に嬉しかったです」


 礼を言ってリディアは、深々と頭を下げていく。


 顔を上げるとエマは柔らかい笑顔を浮かべており、二人の手を取ってぎゅうと握り締めてきた。


「あなた方の未来に、ネラ様のご加護がありますように」


 彼女は熱心に何度も祈りの言葉を唱えてくれて、姿が見えなくなるまで二人の背中を見送ってくれた。



――・――・――・――・――・――・――


 森の奥深くまで行き、ノクスを指笛で呼び寄せる。

 ノクスを待つ間に、リディアはファルシードに疑問を投げかけた。


「ねぇ。あのブローチ、ファルが盗んできたの?」


「だったら何だ?」

 

「取り返したの、バレないかな……」

 たった一日共に過ごしただけだったが、穏やかで優しいエマのことをリディアは好ましく思っており、別れたあとのことが心配になっていたのだ。



「偽物とすり替えてきた。あの屋敷の装飾品は、玉石混交。見る目がないやつには、一生わからねェだろう」

 ふん、とファルシードは鼻で笑った。


「よかった……だけど、ちょっと意外だったな」


「何が」

 眉をひそめてくるファルシードに、リディアは微笑みかける。


「ネラ教徒のこと嫌いそうだったのに、あんなことするの」

 空高くからノクスがやって来るのが見え、リディアは眩しい朝日から目を守ろうと手をかざす。


 一方のファルシードはリディアの言葉に、面倒そうにため息をついていた。

「あんなバァサンいじめて何になる。それに、死んだジィサンの気持ちもわからないでもねェしな」


「そっか」

 ――本当にこの人は口が悪くて、素直じゃないなぁ。


 リディアはリヒトクォーツでできたブレスレットをそっと撫でていき、くすくすと笑った。

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