表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第五章 炎の騎士団
91/132

教え

 エマが熱心なネラ教徒だと知ったリディアは、表情を強張らせた。


「旅中の危機を救ってくださるなんて、やっぱりネラ様のお力は偉大ね。それなら私も、教えを守らないと」


 嬉しそうにペンダントを握るエマにまた、不安が募る。


「教えを……守る?」

 恐る恐る尋ねると、エマは眩いほどの笑顔を向けてきた。



「ええ、そうよ! 第二百七十五()の内容を覚えている?」


「いいえ。司祭様は、いつも百歌までのお話をされることが多かったので」


 かつてリディアは聖拝堂に通うことを義務付けられており、しつこいほどに教えを聞かされていた。

 だが、説教で話されたのは、禁忌事項に関するものや、ネラ神の逸話が書かれる百歌までの内容について。

 二百歌以降の話を聞いた記憶はなかった。



「……今はどこもそうなのね。残念なことだわ」

 エマは寂しそうに視線を落としてペンダントを握りしめていき、再び口を開いた。


「第二百七十五歌にはね、見ず知らずの他人にも愛情を与えなさいという内容が書かれているのよ。優しさと理解が人を繋ぐの。だから、困っている人は助けてあげないとね」



 言われてみればそんな教えもあったと、リディアは思い返す。

 素晴らしい内容であるのは事実であり、誰もがそうやって生きられるのならば、世界はより良くなるだろう。


 だが、リディアがはじめてその教えを耳にした時は、とても受け入れることができず、目の前が真っ暗になった気さえしていた。


 リディアからしてみれば、教会は心も身体も縛り付けてくる張本人で、愛情も理解ももらえた記憶はなかったからだ。



 第二百七十五歌が“言葉だけの教え”であることを知っているのは、リディアだけではない。

 むしろ、隣にいるファルシードのほうが、身を持って感じていたことだろう。



「その教えは確かに素晴らしいですね。俺もそうありたいものです」

 ファルシードは柔らかな声を出し、にこりとエマに微笑みかける。


 穏やかな笑顔はどこか仮面のようで、微かに震えているこぶしだけが彼の怒りを体現しているように見えた。



――・――・――・――・――・――・――


「あれ?」

 棚の上に小さな絵が立てかけられているのが目に入り、リディアはそれをじっと見つめる。

 風景画ばかりの宿の中、人物画はこの一枚しかなく、目を惹いたのだ。


 優しげな男が描かれている絵を見て、エマは微笑む。


「その人、私の夫。リヒトクォーツを採掘する仕事をしていたの」


 絵の横にはフタの開いた小さな箱があり、メッセージカードが置いてある。

 日に焼けて黄色くなったカードには“愛しのエマへ”と書かれているが、箱の中身は何もない。



「中身はね、もうないのよ。リヒトクォーツでできたブローチだったんだけど、貴族に取られてしまって……」

 エマは夫の絵に近づき、そっと輪郭(りんかく)を撫でていく。


 彼女が言うには、夫は自分が手にいれたリヒトクォーツを加工し、それを使ってプロポーズをしてくれたのだそうだ。

 大切にそれを持ち続けていたのだが、町の貴族が宿に立ち寄った際に、ついでのように持っていかれたらしい。



「お金があるんだから、自分で買えばいいのに」

 憤りを隠せないリディアに、ファルシードは首を横に振ってくる。


「加工に適したリヒトクォーツは、世にあまり出回らねェんだ」


 ファルシードによると、小さなものはモンスター撃退のため武具に練り込まれ、大きなものは上流の貴族が買い占めたり、ネラ教会がモンスター避けとして町や街道に配置しているため、加工されたものは相当珍しいらしい。



「こればっかりは仕方がないわ。私に本当に必要なものであれば、きっとネラ様が戻してくださるから大丈夫よ」

 エマは困ったような表情で微笑む。


 いくら神に願ったところで、盗られたものが自然と返ってくるはずはないだろう。

 本気でそんなことを言っているのかとリディアは悔しく思うが、現状どうしようもない。

 

 一方のファルシードは、呆れたような目でエマを見つめていたが、強く握られていた彼女の手を見た途端、物憂げに視線を落としていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ