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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第五章 炎の騎士団
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森の中の家

「ひどいよ、なんで勝手に見たの!」

 リディアは眉を寄せて怒りをあらわにするが、ファルシードは呆れたように肩をすくめて小さく息を吐いてきた。


「見たくて見たわけじゃない。お互い様だろうが」


 その言葉に、ぎくりとする。

 過去を覗いたことをうまく隠していたつもりだったが、どうやら彼には筒抜けだったようだ。


 怒りは失速し、リディアはしゅんとした様子で、自分を抱きしめるように丸まった。



「ねぇ……お母さんの最期、見た?」

 リディアは、蚊の鳴くような声で尋ねる。


 彼女が最後に見た母は、気丈に微笑む姿。

 そんな母は最果ての地でどのような最期を迎えたのだろうか。

 それを知りたいという想いと、聞きたくないという想いが、胸の中でひしめきあっていたのだ。



「いや……最果ての地に着く前、霞みがかって場面が移り変わった」


「そっか……」

 視線を落としたリディアは、呟くように言う。

 リディアに視線を送ってきたファルシードは、困ったような顔で微笑んできた。


「だが、最果ての地へ行くまで、いつもお前の幸せを願い、祈りを捧げていた。美しくて、いい女で、ジィサンが惚れるのもわかる」


「お母さん……」

 左胸に触れて、目をつむる。

 “証と共に、いつも側にいる”そう話してくれた母の笑顔を思い出し、リディアの胸は切なさと温かさでいっぱいになっていった。



「そうやっていると、瓜二つだ。親子ってのは、似るモンだな」

 ファルシードはすり寄ってきたノクスを撫でながら、何気なくそう言ってくる。

 

 その言葉に、リディアの心臓はどくんと跳ねた。

 いい女だと母を褒められたあとに、似ていると言われたことに動揺してしまったのだ。


 リディアは言葉を返せないまま膝を抱え、深く考えないように自身に言い聞かせながら、雨がやむ時を待ち続けた。



――・――・――・――・――・――・――


 ファルシードの言うように通り雨だったようで、すぐに空は晴れ間を覗かせた。


 ノクスに荷物を持ってもらい、時折休みを挟みながら、二人はぬかるんだ道を行く。

 足元が汚れるが、そんなことに構ってなどいられない。

 約束通り、一ヶ月後アクアテーレにたどり着かねばならないのだ。



「あれ? 煙……」

 枝葉の隙間から夕焼け空が覗いており、白い煙が天高く伸びているのが見える。


「民家か。上手くいけば泊めてもらえるかもしれない。行くぞ」


「うん!」

 野宿を覚悟していたリディアにとって、これは朗報だった。

 木の根より枕の方が、草葉よりもベッドの方が寝心地が良いのは当然だ。

 さらには、運が良ければ干し肉よりもマシなものが食べられるかもしれない。



 夕闇が迫る頃、二人は一軒の家の前にたどり着いた。

 手綱と荷物を外したファルシードは、ノクスを森へと放つ。

 彼曰く、ノクスは外にいるほうが居心地がいいらしい。



 家の様子をうかがうが、中から声は聞こえない。

 たくさん窓があるわりに、灯りが点いているのも一ヶ所のみ。

 大きい家のわりに、大家族が住んでいるわけではなさそうだ。


 ファルシードが、玄関の扉をノックする。


「どちらさま?」

 聞こえてきたのは、しわがれた女性の声だ。



「旅をしていたのですが、道に迷ってしまいまして。宿賃は出しますので、一晩泊めていただけないでしょうか」

 普段とは違う丁寧な口調に違和感がぬぐえず、リディアは彼の横顔を凝視する。


 すると、見ていたことに気づかれたのか横目で睨まれてしまい、リディアは慌てて視線を外した。



 やがて、鍵が外れる音がして、小柄な女性が顔を覗かせる。

 上品な雰囲気を醸し出している白髪の女性は、リディアとファルシードを見て、柔らかく目を細めてきた。


「あらまぁ、十年ぶりにお客さんが来たみたいで、嬉しいわ」


「客……?」

 ファルシードが眉を寄せると、女性は「夫が亡くなるまで、宿屋だったのよ」と微笑む。


 道理で大きい家なわけだと、リディアは納得した。



「さ、上がって上がって」

 女主人は久々の客人に心が躍っているようで、テキパキとした動作で家の中へと招き入れてくれる。


 玄関の隣には記帳用のためのだったのか、カウンターがあり、奥の広間には、丸テーブルとイスがいくつも並べてある。

 ここは、食堂として使っていたのかもしれない。


 壁にかかっているいくつもの風景画は、この女主人の趣味なのだろうか。

 柔らかな色合いが、彼女の雰囲気とぴったり合っている。



 宿の中を初めて見たリディアは、物珍しさにきょろきょろとあたりを見渡しており、ファルシードにため息をつかれていた。


「私は、エマ・オレット。独り暮らしだから、気兼ねしないでいいわ。お部屋は一つでいいかしら? あなたたち、駆け落ちでしょう?」

 ふふふ、とエマはいたずらっぽく笑う。


 ファルシードは無言のまま目を丸く見開き、リディアは「違います!」と慌てて弁明した。


「あら、そうなの? てっきり駆け落ちかと」

 残念そうなエマに、ファルシードはやれやれとばかりに頭を抱え、口を開く。



「俺の名はファルシード。この娘、リジーの護衛です。ブレイズフロルの町まで送るよう依頼されていまして」


 唐突に出てきたリジーという名に、リディアは首をかしげる。

 だが、慎重なファルシードのことだ。

 念には念を入れて偽名を使っているのだと、思い至った。


「あらあら、そういうことだったのね。炎の騎士団にお知り合いでも?」


「ええと、兄がいるので、会いたくって」

 慌てて言い訳を作るが、エマはそれを信じてくれたようだ。

 


「私たちの出会いもきっと、ネラ様の思し召し。どうか、ゆっくりなさってね」

 エマは雪の結晶の形をしたペンダントにそっと触れていく。

 それは、ネラ教会のシンボルであり、熱心な信者の印だった。

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