団長の宝
「あの……教会に連れて行かないんですか? 気づいてますよね、私が……」
――祈りの巫女だってこと。
その言葉は、どうしても口に出せなかった。
話したことで、男の気が変わってしまうのではないかと怖くなったのだ。
だが、男は心底どうでもいいとばかりに深いため息をついた。
「詳しい事情はウチのジィサン……団長に会ってから聞くこった。お前を宝と呼んで、部下たちに町中を探させている」
彼の言葉にリディアは訝しげに眉を寄せていく。
リディアには、何かの団長をしている知り合いなどいない。
さらには『祈りの巫女』ではなく、『宝』と呼ばれたことなど、全く記憶になかったのだ。
わけもわからず首をかしげていると、黒髪の男はリディアの混乱を察したのだろう。
まっすぐに瞳を見つめてきて、再び口を開いた。
「ライリー・バレット。それがお前を探している男の名だ。お前ら知り合いなんだろう」
「知り合いどころか……名前も知らないです」
「……あのクソジジィ、話と違うじゃねェか」
そもそもリディアには、親しい男など一人もいない。
必死に思い出そうとするリディアの様子に、黒髪の男はうんざりしたように息を吐いた。
「これなら聞いたことはあるか? フライハイトの団長ライリー」
飛び出て来た聞き馴染みのある単語にリディアは言葉を無くし、目を見開いた。
フライハイトとは、町の噂話で時折出てくる幻の盗賊団のことだ。
千人以上の団員で構成され、荒くれ者たちを束ねる団長は、二メートルを越すという大男。
金のガレオン船で海を渡ると言われているにも関わらず、どういう仕掛けか、その姿を見た者は数えるほどしかいなかった。
さらには、決まった拠点を持たずに神出鬼没なため、ネラ教会もその実態をつかめずにいるという、謎めいた組織として名を馳せていた。
「まさか、あの……」
独り言のような呟きに、黒髪の男は不敵に笑う。
「盗賊に目をつけられるなんざ、お前もツイてないな」
黒髪の男の言葉に、リディアはうつむいて、不安と安堵が混じった複雑な表情を浮かべた。
――ついてない、のかな。むしろ……
思わずそう考えてしまったリディアは、自分の至らなさにぎゅっと唇を噛み締めた。
――・――・――・――・――・――
遠くから、草葉のすれる音が聞こえてくる。
リディアはびくりと身体を震わせて、恐る恐る視線を向けた。
教会の者が自分を追って来たのかもしれないと思ったのだ。
しかし幸いなことに、その予想は大きく外れており、木の陰からあらわれたのは、昨日酒場でリディアに鼻息荒く迫ってきた小柄で茶髪の男、バドだった。
「もーキャプテンてば、俺だけ置いていくなんてひどいっス!」
ぜぃぜぃと肩で息をする様子からすると、全力で走って来たのだろう。
それなのに黒髪の男はバドを労う様子もなく、腰布を翻してリディアの元へと近づいてくる。
「いずれヤツらもやってくる。行くぞ」
「痛っ!」
突然手首を掴まれ、痛みと驚きとで声をあげた。
そのおかげか少しは力も緩んだが、彼は手を離そうとしないまま、リディアを引きずるように歩きだした。
「おいバド、急ぎ帰船する。ジィサンの宝は探さなくていい」
「探さなくていいってどういう……って、あれ? 崖から落ちた子ってまさか昨日の、祈りの巫女!?」
『祈りの巫女』という言葉にリディアは怯え、思わず右手に力を込める。
すると、黒髪の男の力がわずかに強まり、リディアを睨みつけてきた。
「言っておくが、俺もバドもフライハイトの団員だ。俺ら盗賊は海、陸問わず、欲しいもの全てを手に入れる。逃げられるだなんて思うなよ」
黒髪の男の言葉は、リディアを落胆させるのに十分な威力を持っていた。
この男も、法外な組織に所属するならず者。
彼らの目的が見えない以上、このあとひどい目に遭わされる可能性だってゼロではない。
大して状況は好転していない。
冷静になったリディアはようやく、自分の置かれている状況を理解した。
結局、自由からは程遠い――
そんなことを考えながら、重い足取りのまま盗賊たちに連れられていくのだった。