二人旅
羽ばたきながらノクスは宙を駆け、白い霧の中へ飛び込んでいく。
振り返るとすでにフライハイトの船は小さくなり、霞みがかっていた。
「ノクス、荷物も多いし重いでしょ。ごめんね」
ふかふかの羽毛を撫でると、ノクスは明るくキュウと鳴く。
海霧は姿を隠してくれるが、行く先もまた見えない。
増殖する不安と戦いながら視線を落とすと、ノクスの手綱を握る男の腕が左右に見える。
背中から感じるぬくもりに、リディアの鼓動は大きく跳ねて、顔も赤く染まりあがった。
先ほどあんなことがあった直後なのだから、密着に動揺するのも無理はない。
照れくささから、さりげなく距離をとろうと身体を前かがみにするが、すぐに引き戻された。
「強い海風も吹くからじっとしてろ。落ちてェのか」
「う、あ、ええと、ごめん……」
何事も無かったかのように接してくるファルシードに安心しつつ、心のどこかでそれを寂しいと思ってしまう自分に、リディアは困惑し続けていた。
――・――・――・――・――・――・――
徐々に霧が薄くなり、陸地も見え始めた。
白い砂浜の向こうには、深緑の木々が茂っている。
幸いなことに、人の姿や気配はない。
「歩くぞ」
陸地に降り立ち、ノクスに水を飲ませ終えた途端、ファルシードが言う。
「休まないの?」
リディアが尋ねると、彼は首を横に振った。
「ノクスを休ませるために、俺らが歩く。コイツの耳はいいし、指笛で場所もわかるしな。それに……」
ファルシードが羽毛を撫でると、ノクスは嬉しそうに目を細めてキュルルと鳴いた。
「それに?」
「空が怪しい。一雨来る」
ファルシードにつられてリディアも顔を上げると、青空の端に黒い雲の塊が見えた。
二人はノクスを残して森に入り、川沿いの道を行く。
昼にも関わらず辺りは暗くなり、空をどんよりとした雲が包みこみはじめた。
川沿いは危険と判断し、二人は雨風をしのげそうな洞窟へと向かい、ノクスを呼んだ。
二人と一匹は洞窟内に入り込み、地面に座り込む。
すぐにぽつぽつと大粒の雨が降り出し、あたりにはしっとりとした雨のにおいが漂いはじめた。
強まっていく雨はやがて豪雨となり、あっという間に水溜りを作っていく。
「いつ止むのかな……?」
うるさいほどの雨音を聞きながら、リディアは膝を抱えて呟いた。
「突然降る大粒の雨は、大概通り雨だ。すぐに上がる」
「そっか、よかった……」
リディアは寂しげな表情を浮かべて、ノクスに抱きつく。
ノクスは不思議そうに、目をくりくりさせながらリディアのことを見つめている。
「私ね、雨が嫌いなんだ」
羽毛に顔をうずめながら言うと、ファルシードは土砂降りの雨を見つめながら口を開いた。
「嫌な過去を思い出すから、か」
「うん……って、なんでわかるの!?」
飛び上がるようにノクスから身体を剥がしたリディアは、ファルシードに視線を送る。
「見てきたから」
当然のように言ってくるが、リディアにはその意味がわからない。
雨に嫌な思い出があるのは、まだ八歳の頃の話だ。
見てくるなんてことは、あり得ない。
「見てきた……?」
眉を寄せて、言葉を反芻するリディアに、ファルシードは横目で視線を向けてくる。
「お前も覚えがあるだろう?」
「――ッ! まさか」
ハッと息を飲み、目を見開く。
確かに、他人の過去を見てきたかのように覗くことはできる。
リディアも、それはすでに経験済みだった。
「ホントに厄介事しか連れて来ねェな、証は」
ファルシードは自嘲気味に笑い、左胸のシャツを強く握っていた。