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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第四章 リヒトの島の冒険
84/132

英断

「な……!」

 ネラ教会の船に遭遇したという情報に、リディアは愕然(がくぜん)とした。

 嫌でもレオンの最期が頭に浮かび、ファルシードの姿と重なってしまう。


 さらには、危機が迫っているのは証を有するリディアとファルシードだけではない。

 リディアがフライハイトにかくまわれていることは、ネラ教会も周知の事実。

 この船が()()だと教会に気付かれれば、全員が一巻の終わりだろう。



「リディア、大丈夫っスか……?」

 心配そうなバドの声が聞こえる。


 リディアの顔は青ざめ、手は小刻みに震えており、いまにも失神してしまいそうに見えた。


「時は一刻を争う。ここで待ってろ」

 話を聞いてくる、とファルシードは歩みを進めていき、リディアも気持ちを奮い立たせて彼のあとを追いかける。


「待ってるだけなんて、嫌! 私もフライハイトの一員なんだから!」


――・――・――・――・――・――・――


 メインデッキに出ると、海霧はいくらか薄まっていたが、未だ辺りを白く包んでいる。

 本当に船など見えたのだろうかと考えていると、同じ疑問をファルシードがライリーに投げかけていた。


「ケヴィンのやつが、海霧の切れ間で見つけたらしい。教会(ヤツら)の船で、ほぼ間違いないそうだ」

 ライリーは顔をしかめて、歯噛みしている。


 ケヴィンの視力は常人より遥かに良い。

 その彼が間違いないと言うのなら、そうなのだろう。



「海霧に隠れて逃げられないんですか……?」

 すがるようにリディアは言うが、ライリーは首を横に振ってくる。


「錨を上げている間に、この霧が晴れるかもしれねェ。それに、不自然な方向への舵取りは、ヤツらに疑念を(いだ)かせるだろうよ」


「そんな……」

 リディアは言葉を失い、立ち尽くす。

 悲嘆に暮れていると、ライリーはリディアの肩を強く叩いてきて、まっすぐに瞳を見つめてきていた。


「リディア。お前さんに一つの決断をしてもらいたい」


「けつだ、ん?」


「盗んだ財宝は隠すことも、捨てることもできる。それに、フライハイトの表向きの組織“バレット商会”は、リヒトクォーツを扱っている数少ない商船で、ヤツらにとって切り捨てにくい組織でもある」


「つまり、一番の問題は私の存在……ってことですか」

 リディアは震える声で尋ねていき、ライリーは苦しげにうなずいてくる。


 リディアは、目の前が暗くなったように感じた。


 盗賊団ということは隠せても、祈りの巫女がいるという事実を隠すことは困難だ。

 ライリーは団員たちを守るため、リディアにここでの死を選ぶか、大人しく引き渡される道かを選べと言っているのだろうと、リディアは推測した。



 じんわりと涙が浮かんでくるが、ここで泣いてはならない、と口元を強く結ぶ。


 ――短い間だったけど、私は幸せだった

 


「わかりました。教会の船に向かおうと思います」


 リディアは無理に笑顔を作り、努めて明るく言い放った。


――・――・――・――・――・――


「……は?」

「え!?」

「どういうことっスか!?」

「む……?」


 ファルシード、カルロ、バド、ケヴィンの四人が怪訝(けげん)な視線を向けてくる。



 ライリーはリディアの返答に目を丸くしていたが、すぐに噴き出すように笑い出した。


「おいおい。んなこたぁ、誰も言ってねーだろう。物騒にもほどがあるぜ」


「へ?」

 リディアは、きょとんとして首を傾げていく。


「不幸中の幸いってやつか、ここから陸はそう遠くない。そして、この海霧のなかケヴィンがヤツらの船を見つけてくれたおかげで、一つだけ方法がある」


 ライリーは、遠くから不安げに様子をうかがっていたグリフォンへと視線を向けた。



「ノクス……ですか?」


「ああ。アイツに乗って大陸に降り、陸路を進め。ほとぼりが冷めた頃に再会するのさ。落ち合う場所と日時は……」

 ライリーが足元に視線を送ると、そこには航海士の少年レヴィがおり、甲板の床に置いた海図と地図に、必死になって線を引いていた。


「一ヶ月後、アクアテーレの港が最適かと!」

 羽ペンを置いて、顔を上げたレヴィが言う。



「どうだ? 一人で、とは言わん。誰を連れてってもいいが……まぁ、小僧が適役だろうな」

 ファルシードはライリーの声かけに、無言のまま(うなず)いていた。



 ライリーは“リディアさえ下船すれば、誤魔化せる”と話していた。

 だが、それは真実なのだろうかとリディアは疑い、口元を強く結んでいく。


 “素性を偽って船に乗った”と教会に言ったほうが、団員たちは安全なのではないか。

 自分が逃げることで、団員が犠牲になったりはしないだろうか。


 そうやって、リディアの思考は悪いほうへと向かいはじめる。



「ん」

 そんな時、ケヴィンの声が聞こえてきて、リディアは顔を上げる。

 目の前にはごつごつとした手と、見覚えのあるカバンがあった。

 これは、緊急時用に着替えやナイフなどの必要物品を詰めて、倉庫に置いていたカバンだ。


「ケヴィン、さん……?」


「海霧が濃いうちに行け。今ここを離れるのは、リディア自身と、船の仲間を守る英断だ」

 ケヴィンは、いつもの無表情で淡々と言ってくる。


「英、断?」


「ああ。全員が生き延びる方法はこれしかない。悲観的になって、状況を見誤るな。団長とキャプテン、俺たちを信じろ」

 口数の少ないケヴィンがこんなにも話をするのは珍しい。

 それほどに、リディアに伝えたい言葉だったのだろう。



「信じ、る……」

 その言葉を復唱すると、心の奥から勇気に似た想いが沸いてくるようにリディアは思った。


「おい、返事はどうした」

 ファルシードは、にやりと口角を上げて笑う。


 ファルシードの問いかけに、リディアは丸まりつつあった背筋(せすじ)をピンと伸ばした。


「アイサー!」

 声高に言い、カバンを受け取る。

 離れがたさからだろうか。

 なるべく軽くしたはずなのに、ずっしりと重みが増しているようにリディアは感じた。



「リディア、忘れるな。ケヴィンの言う仲間には、お前も入っている」

 ライリーは真っ直ぐにリディアを見つめてきながら、はっきりとした口調で語りかけてくる。


 「はい」とリディアは大きく頷く。

 

 柔らかく微笑んだライリーは、大きな手をリディアの頭に乗せてきて、ぽんぽんと優しく叩いてきた。


「自分のガキが捕らえられて喜ぶ親はいない。小僧と二人で、必ずアクアテーレまで逃げ延びろ。生きてさえいりゃ、大抵のことはどうにかなるんだからよ」

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