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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第四章 リヒトの島の冒険
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心はどこに

 ファルシードは顔をしかめて、リディアを見下ろしてきている。

 紫の瞳は揺らいでいるように見え、彼の右手は所在無げに宙を掴んでいた。


「……意味わかって言ってんのかよ」


「わかってるよ。だけど、口ばっかりでそんなことする気はないくせに。どうしてファルはいつも、私や皆を遠ざけようとするの……?」


 逃げるように視線をそらすファルシードに追い討ちをかけるが、返答は得られない。

 それどころか、視線さえ合わないまま時は過ぎていく。



 ――ああ、そっか。ファルはもう、大切なものを作る気がないんだ。


 彼らしくない態度を不思議に思うリディアも、すぐにそう推察できた。

 故郷や恩人、自分の余命、自由。

 ファルシードはこれまで、大切なものを奪われ続けてきた。

 恐らく彼は、二度と何かを奪われないように“持たない”という選択をしているのだろう。



 リディアの胸は、ぎゅうと締め付けられるように痛んだ。


 仲間がそばにいても、どれほど言葉を尽くしても、彼の心は孤独なのだ。

 気の置けない仲間も信頼も彼にとっては、壊れやすい硝子(ガラス)細工のように見えているのかもしれない。



 リディアは恐る恐る手を伸ばし、ファルシードの(ほお)にそっとあてた。

 ひんやりとした頬の感触も、すぐに手のひらの熱と溶け合い馴染んでいく。


 予想外の行動だったのだろう。

 ファルシードは目を見開き、無言のままリディアを見つめてきている。

 一方のリディアも(おく)することなく、彼の瞳を覗き続けた。


 ここで逃げてしまえば、二度と彼の心に近づけなくなることがわかっていたのだ。



 二人は睨み合うように見つめ合い、やがてリディアは困ったように微笑んだ。


「ねぇ、ファル。こんなに近くにいても、“私”を見ようとしてくれないのはどうして?」


 その言葉にファルシードは眉根を寄せ、苦しげな表情を見せてくる。


 リディアは未だ無言のままのファルシードに対し、畳み掛けるように再び言葉を放つ。



「視線は合ってても、貴方が視てるのは現在(イマ)の私じゃない。貴方はいま何を視て、何を考えているの?」



――・――・――・――・――・――


「人の気も知らねェで……」

 静まりかえった部屋に、舌打ちの音が響く。


 わかりたくてもわからないから、教えてと言ったわけで。

 人の気も知らないのはそっちも同じだ、と、リディアは内心呆れかえる。

 ひねくれた盗賊は、本当に素直じゃない。



 ファルシードは頬に触れるリディアの手を乱暴にはがし、自身の手に絡めてソファに縫い付けてくる。

 突然の行動に驚くと、彼は痛いほどに手を握りしめてきて、口を開いた。


「黙って聞いてりゃ、勝手なことばかり言いやがって。他人がいらぬ口出しすんじゃねェよ」

 (いら)立ちを感じさせる険しい表情と、身を切り裂く言葉に、リディアは言葉を失った。



 心配していたのも全ておせっかいで、側にいたいと思うのも迷惑だったんだ。

 そんな想いが一瞬にして、頭の中を巡る。


 ズタズタに裂かれた心を抑え、リディアは涙をこらえながら口を開いた。


「他人……そっか……そうだよ、ね。でも、ファルの側に居たかった。ほんの少しでも貴方の支えになりたかったの……」


 震える声に苛立つように、舌打ちと深いため息の音が響く。


「ったく……お前、どこまで俺を振り回せば気が済むんだよ!」

 二人の一気に距離が縮まる。

 目の前にあった端正な顔は消え、視界が開かれる。

 その代わりに頬と耳を、硬さのある髪がくすぐってきていた。


 リディアが動けないまま固まっていると、背中にまわった手がぎゅうと締め付けてくる。

 密着する身体から伝わる体温と彼の香り、首元をかすめる吐息とにリディアの鼓動は強く跳ねた。


 言葉と態度がちぐはぐなファルシードに、動揺は止まらない。

 彼の心がわからないリディアは、拒絶することもなく固まったまま。

 自分の鼓動の音さえうるさく感じ、浅い呼吸を続けるリディアはもはや、息をすることさえも難儀していた。



 無言のままのファルシードだったが、深く息を吐き出して、リディアから身体を離していく。

 扉を睨みつけている彼をリディアが見つめていると、廊下からうるさいほどの足音が聞こえてきて、勢いよく扉が開かれた。



「キャプテン、まずいことになったっス! ってうわぁ!!」

 慌てた声に視線を向けると、そこには顔を赤くして、あわあわと動転しているバドがいた。


「おやおや。お楽しみのところすみません」

 今度はカルロが現れ、目が合うと口角を満足気に引き上げてきて。


「――ッ!」

 カルロの考えが読めたリディアは、声にならない声を上げて顔を赤く染め上げ、慌ててボタンが外されたベストを手繰り寄せた。



 一方ファルシードは冷静なもので、起き上がって二人の元へと向かっていた。


「まずいこと? 何があった」


 その問いに、二人は一気に表情を険しくさせる。

 顔つきからすると、尋常ではない事態なのだろう。


 ソファに座り、リディアもごくりと喉を鳴らし、返答を待つ。


 しんと静まり返った部屋、視線を落としたカルロは、苦しげな様子で口を開いた。


「海霧の奥に……ネラ教会の船が見えました」

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