二人の相違
「私に世界は救えません!」が第二回モーニングスター大賞一次通過しまして、二次は落選しました。
一次通過できただけでも、ありがたいです。
これからもがんばりますので、よろしくお願いします!
団長に呼ばれ、早足で甲板を行く。
酒瓶を片手に笑う者や、大声で歌う者、力自慢をしている者たちの合間をすり抜けて、ようやく団長の元へとたどり着いた。
「急に呼び立てて、悪ィな」
見上げてきたライリーは、ニカッと笑顔を見せてくる。
宴ではいつも中心にいるライリーだが、いまは人気のない船首甲板の端で、一人黙々と酒を飲んでいた。
「大丈夫です。団長は、皆のところに行かないんですか?」
リディアも微笑み返し、ライリーの隣に腰掛ける。
「人払いをしたんだ。お前さんと話したくてなァ」
「私と、ですか?」
リディアは首を傾げ、一方のライリーは小さくうなずいて口を開いた。
「お前さん、さっきカルロと何話してた?」
「どうしてです?」
「泣きそうな顔をしてたからよォ」
酒瓶に口をつけてライリーは笑う。
「それは……」
続きを言いかけて、口ごもる。
孤独を好むファルシードのことを考えると、心が鉛のように重苦しくなったのだ。
「ひょっとして、小僧のことか」
「……ファルはいつも、ああやって遠くにいこうとするんです」
見張り台を見やると、バドたちを追い返そうとしているファルシードの姿がある。
しばらくもめていたようだったが、結局諦めたのかバドたちは見張り台から消えていく。
一人残ったファルシードは、頬杖をついて暗い海を眺めていた。
リディアは深く息を吐いて両膝を抱え、自嘲するように笑う。
「助けてもらったぶん支えていきたいのに、近づけば近づくほど遠のいて。いつまでもたっても、おんなじ距離のまま……」
「そうか」
ライリーは苦笑いをこぼして、また酒をあおった。
「カルロさんはファルのこと、ちゃんとわかってあげられてるみたいでした。けど、ファルがああする理由が、私にはいくら考えてもわからない。どうやったって、わからないんです……」
膝に顔をうずめていくと声がこもり、長い亜麻色の髪ががっくりと垂れ落ちていった。
「まぁそうだろうな。お前さんと小僧とじゃ、育った環境が違いすぎる」
「環境が、違う……?」
「ああ。お前さんがもし、小僧と同じ状況だったらどうする?」
ライリーの問いかけに、もしもあと数年しか生きられないのなら、と、リディアは考え、口を開く。
「私は……少しでも長く、皆と一緒にいたいです。たくさん話をして、いろんなところに行って、抱えきれないほどの思い出を作りたい。最期の時に、後悔しないように」
きっと誰もがそう考えるはずだとリディアは思っていたが、ライリーがうなずくことはなかった。
「小僧はきっと……そんなふうには思えてねーだろうなァ」
予想とは異なるライリーの返答にリディアは顔を上げ、無言のまま目を丸くする。
「これはあくまで予想なんだが、お前さんは何よりも現在を大切にしている。違うかい?」
「いえ、おっしゃるとおりです。今が一番幸せで」
ぴたりと当てられたリディアは、目を丸くした。
「だろうなァ。あんな軟禁にも似た生活じゃ、な」
苦笑いをしてくるライリーに、リディアはこくりとうなずく。
「仲間ができ、文字や夜の海も知ることができた。フライハイトに入って私の世界は、どこまでも大きく広がったんです」
満天の星空を仰ぐリディアは「まるで夢みたい」と幸せそうに微笑みながら呟いた。
そんな、リディアの頭をライリーは優しく叩き、微笑みかけてくる。
「だがな、そうやって現在を一番大切に、幸せだと思いながら生きるってことは、誰しもができることじゃねェんだ」
「どういうことです?」
思わず眉を寄せた。
リディアには、その意味が一つもわからない。
「幼い頃のお前さんは何も持っていなかった。いや、持つことを許されていなかった。だから仲間のそばにいたいと強く願うんだろう。だが、小僧はどうだ?」
リディアは、証を通して覗き見たファルシードの過去について思い返していく。
それとほぼ同時に、ライリーの声が耳に飛び込んできた。
「幼い頃のアイツは反対に、全てを持っていたんだ」
その言葉に、はっとした。
リジム島にいた頃の、ファルシードの顔が蘇る。
豊かな草原と部落を見て笑う表情、母の腹に抱きついて幸せそうに目を細めている様子、そして、仲間と共にはしゃぐ姿。
あの日のファルシードは、これ以上ないというほど幸せそうな顔をしていて。
「身ごもった母に、狩人の父。気の置けない友や仲間に、自然豊かな故郷……恐らく、誰よりも幸せに生きてきたんだろう」
ライリーは昔話を語るように淡々と話していく。
――だけど……
リディアは目を伏せて、ぐ、と強く唇を結んだ。
「だが、アイツは突然故郷を奪われて。一瞬にして何もかもを失い……孤独になった」
物悲しげな声は風にさらわれ消えていく。
向こうの甲板はあんなにも騒がしいのに、ここは別世界のように静かだった。
「アイツは嫌というほどに知ってるのさ。大切にしてきたモノを奪われることがどういうことなのか。失うことの恐ろしさや苦しさも、な」
ライリーの言葉に、燃え盛る島を見つめる幼いファルシードの顔と、レオンの死を知った彼の横顔とが浮かび、リディアの胸はきつく痛んだ。
ファルシードが仲間と距離を置く理由は根が深く、簡単に解決できるようなものではなかったのだ。
――ああ、私はファルのこと、自分のものさしでしか見ようとしてなかったんだ。自分がそうだからって、相手もそうだって思ってた。そんなわけないのに……
――何が、支えたい、だ。結局私にできることなんて、何もないんじゃないか。
後悔から、リディアは目を強くつむっていく。
奪われる恐怖をいまもなお抱え、孤独の中でしか生きられないファルシードを想うと、涙がこぼれてしまいそうだった。
微かに震える肩を、ライリーは慰めるように優しく叩いてくる。
その手が大きくて温かくて、ついにリディアは声を押し殺しながら泣き出してしまった。
ライリーはため息をつき、自嘲するように笑う。
「誰よりも奪われる痛みを知っているヤツが、こんな世の中じゃ盗賊としてしか生きられねぇ。俺ァ、こんな環境しか用意してやれねー自分がふがいねェよ」
その言葉に、リディアは勢いよく顔を上げてライリーへと詰め寄った。
「いいえ、団長に救われた人は、たくさんいます! 私だってそうですもん! 顔には出さないけどファルもきっと感謝してると思います、それにレオンさんだって」
そこまで言った時に、リディアは自身の肩を勢いよく掴まれたのを感じた。
顔を上げるとライリーの真剣な顔がある。
「レオン!? お前さんが、どうしてその名を知っているんだ!」