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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第四章 リヒトの島の冒険
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二人の相違

「私に世界は救えません!」が第二回モーニングスター大賞一次通過しまして、二次は落選しました。

一次通過できただけでも、ありがたいです。

これからもがんばりますので、よろしくお願いします!

 団長に呼ばれ、早足で甲板を行く。

 酒瓶を片手に笑う者や、大声で歌う者、力自慢をしている者たちの合間をすり抜けて、ようやく団長の元へとたどり着いた。


「急に呼び立てて、悪ィな」

 見上げてきたライリーは、ニカッと笑顔を見せてくる。

 宴ではいつも中心にいるライリーだが、いまは人気(ひとけ)のない船首甲板の端で、一人黙々と酒を飲んでいた。


「大丈夫です。団長は、皆のところに行かないんですか?」

 リディアも微笑み返し、ライリーの隣に腰掛ける。

 

「人払いをしたんだ。お前さんと話したくてなァ」


「私と、ですか?」

 リディアは首を傾げ、一方のライリーは小さくうなずいて口を開いた。


「お前さん、さっきカルロと何話してた?」


「どうしてです?」


「泣きそうな顔をしてたからよォ」

 酒瓶に口をつけてライリーは笑う。


「それは……」

 続きを言いかけて、口ごもる。

 孤独を好むファルシードのことを考えると、心が鉛のように重苦しくなったのだ。



「ひょっとして、小僧のことか」


「……ファルはいつも、ああやって遠くにいこうとするんです」


 見張り台を見やると、バドたちを追い返そうとしているファルシードの姿がある。

 しばらくもめていたようだったが、結局諦めたのかバドたちは見張り台から消えていく。

 一人残ったファルシードは、頬杖をついて暗い海を眺めていた。



 リディアは深く息を吐いて両膝を抱え、自嘲するように笑う。


「助けてもらったぶん支えていきたいのに、近づけば近づくほど遠のいて。いつまでもたっても、おんなじ距離のまま……」


「そうか」

 ライリーは苦笑いをこぼして、また酒をあおった。



「カルロさんはファルのこと、ちゃんとわかってあげられてるみたいでした。けど、ファルがああする理由が、私にはいくら考えてもわからない。どうやったって、わからないんです……」


 膝に顔をうずめていくと声がこもり、長い亜麻色の髪ががっくりと垂れ落ちていった。



「まぁそうだろうな。お前さんと小僧とじゃ、育った環境が違いすぎる」


「環境が、違う……?」


「ああ。お前さんがもし、小僧と同じ状況だったらどうする?」

 ライリーの問いかけに、もしもあと数年しか生きられないのなら、と、リディアは考え、口を開く。


「私は……少しでも長く、皆と一緒にいたいです。たくさん話をして、いろんなところに行って、抱えきれないほどの思い出を作りたい。最期の時に、後悔しないように」


 きっと誰もがそう考えるはずだとリディアは思っていたが、ライリーがうなずくことはなかった。


「小僧はきっと……そんなふうには思えてねーだろうなァ」

 予想とは異なるライリーの返答にリディアは顔を上げ、無言のまま目を丸くする。



「これはあくまで予想なんだが、お前さんは何よりも現在(イマ)を大切にしている。違うかい?」


「いえ、おっしゃるとおりです。今が一番幸せで」

 ぴたりと当てられたリディアは、目を丸くした。


「だろうなァ。あんな軟禁にも似た生活じゃ、な」

 苦笑いをしてくるライリーに、リディアはこくりとうなずく。



「仲間ができ、文字や夜の海も知ることができた。フライハイトに入って私の世界は、どこまでも大きく広がったんです」


 満天の星空を仰ぐリディアは「まるで夢みたい」と幸せそうに微笑みながら呟いた。


 そんな、リディアの頭をライリーは優しく叩き、微笑みかけてくる。


「だがな、そうやって現在(イマ)を一番大切に、幸せだと思いながら生きるってことは、誰しもができることじゃねェんだ」


「どういうことです?」

 思わず眉を寄せた。

 リディアには、その意味が一つもわからない。



「幼い頃のお前さんは何も持っていなかった。いや、持つことを許されていなかった。だから仲間のそばにいたいと強く願うんだろう。だが、小僧はどうだ?」


 リディアは、証を通して覗き見たファルシードの過去について思い返していく。

 それとほぼ同時に、ライリーの声が耳に飛び込んできた。


「幼い頃のアイツは反対に、全てを持っていたんだ」


 その言葉に、はっとした。

 リジム島にいた頃の、ファルシードの顔が蘇る。

 豊かな草原と部落を見て笑う表情、母の腹に抱きついて幸せそうに目を細めている様子、そして、仲間と共にはしゃぐ姿。

 あの日のファルシードは、これ以上ないというほど幸せそうな顔をしていて。



「身ごもった母に、狩人の父。気の置けない友や仲間に、自然豊かな故郷……恐らく、誰よりも幸せに生きてきたんだろう」

 ライリーは昔話を語るように淡々と話していく。


 ――だけど……

 リディアは目を伏せて、ぐ、と強く唇を結んだ。


「だが、アイツは突然故郷を奪われて。一瞬にして何もかもを失い……孤独になった」

 物悲しげな声は風にさらわれ消えていく。

 向こうの甲板はあんなにも騒がしいのに、ここは別世界のように静かだった。



「アイツは嫌というほどに知ってるのさ。大切にしてきたモノを奪われることがどういうことなのか。失うことの恐ろしさや苦しさも、な」


 ライリーの言葉に、燃え盛る島を見つめる幼いファルシードの顔と、レオンの死を知った彼の横顔とが浮かび、リディアの胸はきつく痛んだ。

 ファルシードが仲間と距離を置く理由は根が深く、簡単に解決できるようなものではなかったのだ。



 ――ああ、私はファルのこと、自分のものさしでしか見ようとしてなかったんだ。自分が()()だからって、相手も()()だって思ってた。そんなわけないのに……


 ――何が、支えたい、だ。結局私にできることなんて、何もないんじゃないか。


 後悔から、リディアは目を強くつむっていく。

 奪われる恐怖をいまもなお抱え、孤独の中でしか生きられないファルシードを想うと、涙がこぼれてしまいそうだった。



 微かに震える肩を、ライリーは慰めるように優しく叩いてくる。

 その手が大きくて温かくて、ついにリディアは声を押し殺しながら泣き出してしまった。


 ライリーはため息をつき、自嘲するように笑う。


「誰よりも奪われる痛みを知っているヤツが、こんな世の中じゃ盗賊としてしか生きられねぇ。俺ァ、こんな環境しか用意してやれねー自分がふがいねェよ」

 

 その言葉に、リディアは勢いよく顔を上げてライリーへと詰め寄った。


「いいえ、団長に救われた人は、たくさんいます! 私だってそうですもん! 顔には出さないけどファルもきっと感謝してると思います、それにレオンさんだって」


 そこまで言った時に、リディアは自身の肩を勢いよく掴まれたのを感じた。

 顔を上げるとライリーの真剣な顔がある。


「レオン!? お前さんが、どうしてその名を知っているんだ!」

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