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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第一章 はじまりは夕闇とともに
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再会

「さぁリディアよ、戻ってくるのです。貴女がいるべき場所へ」

 穏やかな笑みを浮かべた司祭が、手を差し伸べながら近づいてくる。


 あの手をとれば、全てが終わる。

 友と夢を語り合うことも許されず、抱えきれないほどの本を読み尽くすという願いも叶わなくなる。


 恋するとはどんな気持ちをさしているのか。

 好き合えるとは、どれほどの喜びなのか。

 密かに憧れ続けたその答えも、得られないままになるだろう。


 リディアはそれをわかっていながら、動けずにいた。


 ――だって私には、諦めることしか許されていないから。


 心を閉ざして、感覚を麻痺させて、できるだけ苦しい思いをしないように。

 そうやって自分に言い聞かせるリディアだったが、ふと顔を上げ、丸く目を見開いた。


 足元で爆音が轟き、視界が揺れると同時に身体がふわりと浮かんだのだ。


 事態が飲み込めないうちに、今度はハンス司祭とその後ろを囲うネラ教徒、さらには森までもが急速に天へと昇りはじめる。


 いや、違う。足元の崖が崩れ、リディアだけが崖下へと落下していた。



「巫女様――ッ!」

 ハンス司祭は大声で叫んでいたが、その声もすでに遠く、視界には青い空しかない。

 この高さから落ちたら、もう助からないだろう。


 圧を感じるほどの激しい風を浴びながら、死を目前にしたリディアは、自身の行動を悔いた。


 どうせ死ぬのなら、使命を果たして誰かの役に立てばよかった。

 自分はなんて、利己的で愚かな巫女だったのか、と。


 こぼれた涙は雫となって浮き上がり、空へと落ちた。

 リディアは胸の前で両手を組み、静かにまぶたをとじていく。

 せめてもの罪滅ぼしにと、ただただ世界の平和を祈った。



 もうじき地上に到達するというところで、うるさいほどの風の音に混じり、羽ばたきの音が響く。

 鳥にしてはやけに大きいそれに疑問を感じたリディアは、恐る恐るまぶたを開けた。


 見開かれた黃緑の瞳には、鳥でも空でも崖でもなく、全く別のものが映し出されていた。

 それは、巨大な羽を優雅に動かすグリフォンと、その背に乗る美しくも精悍(せいかん)な顔をしている男。


 羽をたたんだグリフォンは、スピードを上げて急降下し、リディアの下へと回る。

 理解が追いつかないままの彼女の背に、力強く温かいものが触れた。

 黒髪の男の腕だ。

 彼女は横抱きにされ、深い森へと吸い込まれるように飲み込まれていった。



 木々の合間を縫いながらグリフォンは高度を下げて、足音も立てずに地面へと着地する。

 黒髪の男は、その場にリディアをおろしてきたあと崖の上を睨むように見つめた。


 アメジストのような紫の瞳、青みがかった黒髪、そして目つきは悪いが目鼻立ちの整ったその顔。

 目の前の男に、リディアは覚えがあった。


「あなた、昨日の……?」

 リディアの問いに彼は不機嫌そうな顔をして、自身の口元に人差し指をあてた。


「ちょっと黙れ。やつらの声が聞こえない」



 混乱したままのリディアは言われるがままに口を閉じ、黒髪の男と同じように崖を見上げる。

 すると、枝葉の隙間から崖上の様子がわずかに見えた。


 取り残された司祭たちは、必死にリディアの姿を探しているようだ。

 しかし、向こうからするとこちら側は森に隠されて見えないのだろう。

 遠くて聞き取りにくいが、大勢の慌てた声が風に乗って聞こえてくる。


 身を案じている司祭たちの声に、リディアの胸は締め付けられるように痛んだ。

 愚かな自分を反省し、使命を果たせばよかったと、そう思ったばかりなのに、なぜだか足が動かない。


 リディアは課せられた使命と、このまま逃げてしまいたいという欲望との狭間で揺れ動いていたのだ。


 そんな彼女の耳に、男の声が響いた。

「ついてこい。やつらに見つかると面倒だ」

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