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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第四章 リヒトの島の冒険
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石に込めた願い

「ここ、座っても?」

 リディアの隣を指差してきたカルロは、穏やかな笑顔を向けてくる。


「カルロさん……」

 リディアはうなずき、すがりつくように瞳を向けた。

 カルロならば、ファルシードの行動理由について、何か知っているかもしれない。

 そう思ったのだ。


「そんな顔は似合いませんよ。ほら、笑ってください」


「でも……」


 隣に腰かけてきたカルロは「大丈夫ですよ」と、微笑みながら見張り台を見上げ、口を開いた。


「リディアさんのせいじゃありません。キャプテンは昔からずっとああ(・・)なんです。ただ、ここ最近は特にひどいですけど」


「私がやって来て、迷惑ばかりかけるから、近寄ってほしくないんでしょうか……?」


「いえ、それは絶対にないです。僕が思うに、あれはキャプテン自身の問題なのでしょう。あの人の心の内は複雑なんですよ、いろいろとね」


「心が複雑……? 私には、よくわかりません……」

 ファルシードを理解している様子のカルロを羨ましく思い、リディアは小さく息を吐いた。

 自分の何倍も、彼の支えになれているように見えたのだ。



「ふふっ、そんなに()ねないでくださいよ」

 噴きだすように笑うカルロに、「拗ねてなんか……!」と、慌てて身体を動かす。


 あまりに勢いよく動いたせいで、瓶を倒しそうになってしまい、リディアは慌ててそれを押さえた。

 倒れずに済んでホッと息をつき顔を上げると、カルロは隣で含み笑いをしていた。


「それなら、そういうことにしておきましょうか」


 ――絶対、そんなふうに思ってないよ……


 納得いかない、と、口の端を曲げていると、カルロはすらりとした指をブレスレットに向かって伸ばしてくる。


「リディアさん、それ……」


「それ、って、ブレスレットのことですか?」


「はい。正確には、リヒトのほうですね。リディアさんは、キャプテンがなぜその石を選んだのか。わかります?」


「船内にお金がなくて、売り物にするリヒトが欲しかったからで、私のは、そのついでじゃないんですか?」

 カルロの問いに即答する。

 リディアには、そうとしか考え付かなかったのだ。


 だが、カルロは「それは表向きの理由でしょう?」と笑う。



「僕はね、想いをその石に込めているんじゃないか、と、そう思うんですよ。キャプテンはきっと、貴女やフライハイトの仲間たちを(うと)ましく思っているわけじゃない」


 リディアが首をかしげると、カルロはまた見張り台を見上げて微笑んだ。

 その横顔は、どこか悲しげなもので……。

 そんな表情を浮かべる理由をリディアは察してしまい、はっと息を飲んだ。


 ――あと、三年……


 かつて、カルロが食堂でファルシードに反抗していた時、そんな単語が出ていた。

 カルロはその時から知っていたのだ。

 ファルシードがもう、長くは生きられないということを。


 視線を落としてスカートの裾をきゅっと握る。

 (やかま)しいほどにあたりは賑やかなのにも関わらず、二人の間だけは静まり返っていた。



「あのね、リディアさん」


「はい」

 顔を上げて彼を見ると、すでに悲しげな色は消えて、いつもの笑みを浮かべていた。


「実は、僕ら三人は最初、紫と緑だけでブレスレットを作ろうとしていたんですよ」


「えでも、これ、皆の色が入ってます」

 リディアがブレスレットに手を触れていくと、カルロは柔らかく目を細めてくる。


「キャプテンが、六色入れると言って、聞かなかったんです。あの人頑固だから、もう、そうするしかなくなっちゃって」


「ちょっとその姿、想像できちゃいます」

 頑固、という言葉にリディアも笑う。

 ファルシードは、こうと決めたら揺らがないし退()かない。それにどんなに苦労させられたか、と。



「それで、リヒトって実は、物語性のある石でして。その石をはじめて人に贈ったのは、騎士イアンだと、そう言われているんです」


「イアン様って、ネラ様の護衛をしていたという?」

 週一回の聖拝(おいのり)での話で、何度か出てきた人だとリディアは思い返す。


 他を寄せ付けない強さと信念を持つ彼は、教典にある物語に出てくる登場人物の中でも、特に人気が高い人物だった。



「騎士イアンは、最果ての地へと向かう愛する娘、ネラに“永遠の絆”を誓ってリヒトクォーツを贈ったのだそうです。そして、彼は最期の時を迎える瞬間まで、暗黒竜(ジェリーマ)対峙(たいじ)する彼女のそばにいつづけた」


「永遠の……絆」


「そう。その物語からリヒトにはこんな石言葉がつけられました。イアンが込めた願いと誓い……“強い絆”」


 放たれた言葉に、リディアの胸は強く揺さぶられた。

 これまで考えたこともなかった単語にリディアは喜びを感じつつ、それと同時に、寂しさをも感じていた。


 絆を感じてくれているのなら、どうして一人になろうとするの? と。



「あの人は、貴女や団員たちを遠ざけていても、嫌っているわけじゃない。素直になれない人なんですよ、きっとね。それに、もしも石言葉を知らなかったとしても、リヒトを選んだのは貴女を……」


「おーい、カルロ!」

 メインマストの方から、明るい声が聞こえてくる。

 二人同時に顔を上げると、遠くに大きく手を振るバドが立っていた。


「……どうしてバドは、いつもこうなんでしょうかね」

 話の腰を折られたカルロは、呆れたようにため息をついていく。


「なぁなぁ! カルロもこっちに来るっス。カルロなら、何かあってもキャプテンのこと説得できるっしょ? 途中まで昇ったのに皆、怖じ気づいちゃってさぁ!」


 バドは大声で叫ぶようにカルロを呼び、頭を抱えたカルロは気だるげな様子で立ち上がった。


「すみません。バドを放っておくと、面倒な事になりかねないもので」

 申し訳なさそうな顔をするカルロにリディアは、にこりと微笑みかける。


「行ってあげてください。カルロさんのお話が真実なら、ファルも嬉しいだろうから」


「本当は貴女が行くのが、一番喜んでくれると思いますけどね」


「そ、そそそそんな馬鹿な」

 動揺したリディアは、慌てて右手を振った。


「誕生会の夜にキャプテンと二人きりなんて、ロマンチックだと思いません? 僕らの代わりに行って来てはくれませんか?」


「いや、そんな、結構です!」

 顔を真っ赤に染めながらリディアは言い放つ。


「そうですか、残念です」

 くすくすと笑いながらカルロは、バドのいる見張り台の方へと足を進めていく。


 ――カルロさんって、本当に掴みどころがないし、勝てる気がしない。


 リディアは苦笑いをして、彼の背中を見つめ続ける。

 すると、視界の端にライリーの姿をとらえた。

 酒をラッパ飲みしている団長は手招きをしており、リディアを呼んでいるようだ。


「私、ですか?」

 聞こえないことは分かっているが、リディアは確かめるように呟き、自身を指差す。

 すると、ライリーは嬉しそうな笑顔を見せ、大きくうなずいてきたのだった。

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