海上に咲いた花
その後、他の団員たちも船に帰還し、売り物用のリヒトクォーツを大量に運んできていた。
これだけあれば、当分金銭面での心配は不要になるだろう。
夕食を終えて一人になったリディアは、ベッドに寝転び悶々としながら過ごしていた。
団員たちの様子が、どう考えてもおかしかったのだ。
そわそわとする者、視線を合わせた途端にそらしてくる者、笑いを噛み殺すような表情をする者……
彼らの態度を思い出したリディアはムッと口元を歪ませ、枕に顔を埋めた。
――・――・――・――・――・――・――
「ん……?」
まどろみの中、乱暴なノック音が聞こえてくる。
寝ぼけまなこをこすって起き上がるとなぜか扉が開いており、ファルシードが立っていた。
「な、なななな何で!」
ベッドから転がるように下りて、大声を上げる。
「ノックはした。それに、入ってほしくないのなら鍵を閉めろと、以前言っただろうが」
「そういう問題じゃないでしょ!」
口を尖らせ文句を言うが、ファルシードには少しも響いていないようだ。
「来い、あいつらが待ってる」
くいと顎を動かして呼ばれる。
わけがわからなかったが、リディアは彼のあとに続いた。
甲板に着くと団員たちが集合しており、酒を片手に宴会を開いていた。
「そこ座れ」と、ファルシードはバド、カルロ、ケヴィンが集まっている辺りの床を指し示してくる。
「ねぇバド君、これって何の会?」
リディアがしゃがみながら尋ねると、バドはにししと歯を見せて笑んだ。
「あのさリディア、目ェつぶって! 面白いことが起こるから!」
「どういうこと?」
リディアは首をかしげ、ケヴィンに視線を送って助けを求める。
「悪いが、バドの話にのってやってくれ」
困り顔のリディアと目が合ったケヴィンは、笑いを噛みしめるような顔をしている。
「大丈夫ですよ。おかしなことはしないんで、心配しないでください」
呆れ顔のカルロが言うと、バドは不愉快そうにむくれた。
「さ、目ェ閉じて、左手出して。そんで十秒数える! 絶対途中で目、開けちゃいけねっスよ」
バドの言うように、リディアは床に座ったまま左手を前に出し、一秒ずつカウントをはじめた。
船上にはリディアの声が響きわたり、時折あちこちから含み笑いが聞こえてくる。
自分だけ仲間はずれにされていることに、寂しさが沸き上がる。
非力な女で役立たずな自分は、仲間と認められていないのかもしれない、と、うつむきながらカウントを続けていく。
九を数えた時、手首にひんやりとした冷たさを感じ、驚いたリディアは十を数える前に顔を上げてまぶたを開いた。
目の前にはバドではなく、面倒そうな顔をしながらも、微かに口角を上げているファルシードがいた。
「え……?」
茫然とするリディアに、団員たちは一斉に野太い声を上げていく。
「ハッピーバースディ!」
「は、っぴー、ばーす、でい?」
もう何年も聞いていない単語に、リディアの混乱は止まらない。
ふと左手首を見ると、六色に輝くブレスレットがはめられていた。
「これって、もしかして……」
たどたどしく言葉を紡ぐと、バドが満面の笑みを見せてくる。
「昼間とってきたリヒト! 俺ら三人で作ったんだ」
「まったく……手柄を横取りするもんじゃないですよ」と、カルロはバドの頭を軽く小突いていく。
「痛って!」
「全員で手に入れたリヒト。僕ら三人のプレゼントじゃないんですから!」
カルロは深いため息をつき、バドは決まりが悪そうに頭をガシガシとかいて笑う。
プレゼント、という言葉にリディアは左腕に輝くブレスレットを見つめ、その色の意味に気付く。
「これ、団長の瞳の色……こっちの深緑はケヴィンさん」
リディアは六色の花が並ぶブレスレットに触れながら、呟くように言う。
「オレンジはカルロさんで、こっちの茶色はバド君、紫のはファル」
だんだんと声が震えていき、彼女は最後に緑色の花に手を触れ、そっと口を開いた。
「それで、これが……私」
瞳からは真珠のように丸い涙が溢れ、ぽろぽろと流れ出す。
「お、おい! どうしたんスか」
バドが慌てて駆け寄ってきて尋ねてくるが、リディアは何度も首を横に振る。
「うう、ん。だいじょ……ぶ」
そう言いながらもリディアはしゃくり上げだし、やがてわんわんと泣き出した。
バドは“わけがわからない”といった様子でおろおろと落ち着かず、カルロやケヴィン、団長は柔らかな瞳で見守るように見つめてきていた。
リディアは思っていた以上に、フライハイトが自分を受け入れてくれているのだとわかり、感極まってしまったのだ。
側にいたファルシードは、リディアの背に手を伸ばしてくるが、その手はためらうように動きを止めてこぶしを握っていく。
そして最終的には、リディアの髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でまわしてきた。
「リディア。いらねェ記憶は全部捨ててこい。お前はすでに、フライハイトの一員だ」
そう言って彼は酒を片手に立ち上がり、去っていく。
しゃくりあげる口元を押さえてこくこくとうなずいたリディアはまた、ぶっきらぼうな彼の言葉に泣きだしてしまったのだった。
――・――・――・――・――・――・――
そこから先は、誕生会という名目のいつもの飲み会になっていた。
リディアは団員たちと談笑していたが、ふとファルシードが見当たらないことに気付き、あたりを見渡した。
「なぁなぁ。キャプテンはー?」
バドの言葉にぎくりとする。
ファルシードを気にしていることに気づかれてしまったのではないかと、恥ずかしく思ったのだ。
「ああ。見張り番ですよー。飲み会終わるまで俺と代わってくれるって」
団員の一人が、ベーコンをつまみながら言う。
「は? なんでまた」
「さぁ。今日は酒を飲むような気分じゃねぇんですって」
眉を寄せるバドに、団員は肩をすくめながら、どうせいつものきまぐれじゃないですか? と話した。
「なんだと~。こんないい日に飲まねーなんて……よし。お前ら、俺と一緒に突撃だ!」
バドは立ち上がり、自分の隊の団員に向かって恐ろしい命令を下していく。
「へ?」
団員たちは目を丸く見開いて言葉を失ったが、バドは知ったことではないとばかりにメインマストを指差し、高らかに声を上げた。
「目標、見張り台のキャプテン!」
「えええ、まじっすか!」
「マジマジ、大マジ! さ、行くっスよ」
「嫌だーっ!」
ファルシードに叱られるのが相当怖いのか、腕を掴まれた団員は泣きごとを上げていき、引きずられるように階段へと消えていく。
その様子をリディアは半笑いで見つめ、視線を上へと向けた。
ファルシードは見張り台で一人夜風に当たっており、頬杖を突いて暗い海を眺めている。
――ねぇ。どうして貴方は、そうやって皆から離れていこうとするの?
リディアがため息をつくと同時に、隣からもため息が聞こえてくる。
「まったく。困った人ですね、あの人は」
声がした方を見るとカルロも見張り台を見つめており、苦笑いを浮かべていた。