証の謎
――身命を賭して、世界を救ったネラ神のお父さん。そして、証による激しい戦争、か。
リディアは視線を落として下唇を噛み締めた。
世界を平和に導いた彼を尊敬する一方で、同じことができない自分を情けなく思ったのだ。
「おい」
ファルシードの声が聞こえて顔を上げると、彼らはずいぶんと先を歩いている。
「わわ、ごめん! 考え事してた!」
慌てて四人の元へと駆け出す。
洞窟が暗いせいか、考えも悪い方へと向かうようだ。
世界と自分を知るまで死ねない。そう決めたじゃないか、とリディアは強くこぶしを握った。
五人揃ったのを確認したカルロは、再び続きの歴史を語りはじめる。
「魔法戦争ですが、各地で生じ、絶えることなく続いていました。天変地異のごとくすさまじく、まるで地獄だとネラの標には書かれていたそうです」
魔法戦争。その言葉に違和感を抱いたリディアは顔を上げ、四人に視線を送る。
誰もおかしさを感じていないのか、それとも気付いていながら口にしないだけなのか。
四人の表情は変わらないままだ。
「あの話し途中ですみません。どうしても気になることがあって」
カルロが話し出そうとした時、リディアは慌てて口をはさんだ。
「構いませんよ、何がです?」
穏やかな笑顔で尋ねられ、恐る恐る口を開く。
「魔法の戦争……って、ちょっとおかしくないですか?」
「別段おかしなところはないと思うが……」
ケヴィンの意見にたじろいだが、リディアは意を決して疑問を投げかける。
「だって、証は二十個ほどしかないって司祭様が言ってたんです。それなのに、そんなに大きな争いになるなんて、とても思えないんですけど……」
「確かにそうだな……」
ふむ、とファルシードはうなずき、考え込む仕草を見せた。
例外もあるようだが、証は血縁によって受け継がれていくものであり、限られた家系にしか存在しない。
たかだか二十数人が大きな力を持ったところで、世界中が地獄のような姿になるはずがないのだ。
そんなリディアの問いかけに、カルロは表情一つ変えず、ゆったりと返答をはじめた。
「それがですね。不思議なことに、千年前は全ての本家に証が一つずつあり、そこの長子であれば、魔法を使えていたそうなんです」
「……ッ!」
常識とは異なるカルロの発言に、全員が言葉を無くして目を見開く。
しんと静まり返った洞窟内で、最初に声を発したのはバドだった。
「じゃあ、俺のエヴァンズ家も、ケヴィンのエアハルト家、カルロのシュバリー家、キャプテンのクロウ家にも千年前は証があった、ってことっスか?」
「ネラの標の内容が間違っていなければ、そうなりますね」
こくりとうなずくカルロの話は突拍子もないものに感じたが、なぜか“あり得ない”と突っぱねることができないまま、リディアは続きの話に聞き入ったのだった。
――・――・――・――・――・――・――
長い時間をかけて、歴史の欠片について語り終えたカルロは、どこか晴々とした顔をしている。
世界の過去を知るというのは、それだけで命を狙われる恐れがあり、危険を伴うことでもあるわけで。
ひょっとしたら彼は、独りで秘密を抱えることが長年の重荷になっていたのかもしれない。
そんなカルロとは対照的に、他の四人は困惑するような表情をしていた。
一部分とはいえ、歴史を知ってしまったということはもちろん、“現在の常識”と“ネラの標に記されていた話”が大きく異なっていたからだろう。
話を聞き終えたケヴィンは、つまり、と、口を開く。
「証は“魔力を持つ者の証明”とされているが、そうではなく“人は皆、潜在的に魔力を持っている可能性がある”ということだろうか」
「あとは、証自身が魔力を持っているという可能性もありますね。ただ、父はそれには否定的でした。人の身体は巨大な力を宿せるほど強くはない、と」
二人の話にファルシードも、なるほど、とうなずいた。
「そうすると、証とは“魔力を魔法に変える変換器”ってことか……」
続いてリディアは、難しい顔をして呟くように尋ねる。
「証さえ宿していれば、誰でも魔法を使える、ってこと?」
言い終えると同時にファルシードを、ちらと横目で見やる。
彼は“裁きの証を受け継ぐ家系”の者ではないことは確かだが、それでも魔法を使えている節がある。
“誰もが潜在的に魔力を持っていて、証を宿すことで魔法を使えるようになる”という説は、非常に信憑性が高いもののように感じた。
――だけど……それなら、なんで他の家系の証は消えて、祈りの巫女たちの家系には今も残っているの?
世界の謎に近づけたと思ったのに、結局はまだまだわからないことばかりだ、とリディアは下唇を噛みしめた。
「父の解読が正しければ“証を宿せば、魔法を使える”ということになるのでしょうが、未だ推測の域を出ません。それに、ネラの標は押収され、父もこの世を去ったので、確かめようがありませんしね」
カルロはうつむき、悲しみを誤魔化すように微笑む。
父の最期を語った時の苦しげな表情を思い出してしまい、リディアの胸はきつく痛んだ。
ファルシードはそんなリディアを横目で見てきた後、小さく息を吐いて口を開いた。
「そこから先が経典どおりであれば、愚かな人間の欲が結集して暗黒竜が生まれ、最終的にネラによって封印された、となるんだろうが」
「どーも、信頼出来ねェっス……」
バドの言葉に全員静かにうなずいて、押し黙る。
浮かない表情のまま歩みを進ませ、暗闇の中には足音だけがどこまでも響き渡っていた。
途端、きら、とランタンの灯りに反応するように、洞窟の奥が微かに光る。
「ようやく、か」
目的地の到達を予感させるファルシードの声がする。
徐々に明らかになっていくリヒトクォーツの姿に、リディアは心を躍らせていったのだった。