無人島と結界石
荒波を乗り越えた船は穏やかな沖へと進み、錨を下ろす。
団員たちは昼食に白身魚の塩焼きを堪能したあと組分けされ、それぞれ目的地を割り当てられた。
一番の印がついたボートに乗るメンバーは、リディア、ファルシード、バド、カルロ、ケヴィンの五人。
彼らはオールを漕ぎつづけ、太陽が頭上に昇る頃ようやく上陸を果たした。
白砂には足跡一つなく、そこらにあるのも色が抜けた流木や、貝殻の欠片、正体のわからない巨大な骨、くたびれたヒトデくらいだ。
奥に見える森は鬱蒼としており、バリケードのごとく人の侵入を阻んでいる。
──無人島、かぁ。
生活の気配は全く感じられず、耳を澄ませてみても規則的な波音と、吹き付ける風音しか聞こえない。
あまりにも静かで、耳が詰まったかのような錯覚に陥ってしまう。
「行くぞ」
ファルシードが森へと足を踏み出し、リディアも慌てて後を追いかける。
歩くたびに砂が軋み、足元がおぼつかないリディアは何度も転びそうになっていた。
――・――・――・――・――・――
砂浜を抜けた五人は列をなして、深い森を進んでいく。
男たちは道なき道をまっすぐ歩いているが、無人島への上陸が初めてのリディアはせわしなく視線を動かし、落ち着く様子がない。
銀色の花や、六枚の羽を持つ蝶、網のようなツタが絡まった木に、歌うように鳴く小鳥……
そのどれもがリディアにとっては真新しく、面白く見えた。
天を仰ぐと、枝葉の隙間からきらきらとした光が射し込んできている。
人の手が入らない森は神秘的で、畏怖の念を抱かせた。
「この森、ちょっと怖いね。モンスターも隠れていそうだし……」
ぶるりとリディアが震えると、バドは吹きだすように笑ってきた。
「ここには絶対に出てこないっス。さぁて、なんででしょーか?」
「絶対!? うーんと、そうだなぁ。渦潮があるから入ってこれない、とか?」
正解だという自信はあったが、バドは両腕を前でクロスさせて、にかっと笑った。
「残念っ不正解。正解はリヒトクォーツがあるから!」
「リヒトクォーツ?」
「それがよう、すげーんだぜ! なんせこの先のどう……痛ってー!」
叫ぶような声と共に、バドは勢いよく身体を折りたたませ、頭を抱えていく。
リディアが顔を覗き込むと、彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「バド、一旦黙りましょうか」
痛みに悶絶するバドの側にいたのは、カルロだ。
バドを見つめるオレンジ色の瞳は冷ややかで“うんざりだ”という言葉が当てはまるような顔をしていた。
「何すんだよ! 急に殴るとかありえねーから!」
バドはカルロを睨め上げたが、カルロは人差し指をバドの眉間に突き付けていく。
「サプライズ、って言葉を知らないんですか? だから、バドはモテないんですよ」
「うぐっ!」
鋭い指摘に、バドは何一つとして言葉が出てこないようだ。
「あの、それでリヒトクォーツって……?」
リディアは、小競り合いをする二人を穏やかに眺めていたケヴィンに尋ねる。
「リヒトは“ネラの貴石”とも呼ばれる石だ。お前も見たことがあるんじゃないか? 町や村の端には必ず置いてあるはずだ」
ケヴィンは、肩にかけた大きな袋を担ぎ直しながら答えてくる。
町の端にある石……と、故郷を思い返したリディアは、灯台の隣に巨大な水晶があったことを思い出した。
「もしかして“結界石”のことですか?」
「ああ。そう呼ぶ者もいたな」
結界石。
それは、モンスターを追い払う力を持つ、水晶に似た石のことだ。
全ての町や村は結界石による結界で囲われ、モンスターが入ってこられないようになっている。
結界によって、モンスターが町の存在を認識できなくなっているのか、はたまた忌避する何かがそこにあるのか、理由は解明されていない。
また、武器に石の欠片や粉を仕込む者も多いようで、現にバドの銃弾やカルロのサーベル、ケヴィンのナックルダスターの中にも、その粉が含まれているようだった。
対モンスターの武器としての殺傷能力が、天と地ほどに違うのだそうだ。
「あれ? 結界石って確か、相当高価じゃなかったっけ。貴族しか持っているの見たことないよ」
「高値で売れるからこそ、取りに来たんだろうが」
ファルシードは、ツタが絡まり行き止まりになっている場所で足を止め、ナイフを取り出す。
ツタが切り裂かれると、地中に潜るような穴がぽっかりと開いているのが目に入った。
――・――・――・――・――・――・――
ケヴィンが袋からランタンを取り出して火を灯し、五人は身を屈めて、穴に吸い込まれるように潜りこんでいく。
だが、狭かったのは入口だけだったようで、中に入ると横並びで歩けるほど広さがあった。
「ここに、リヒトが……」
リディアは呟くように言うが、こんなところに高価な宝石があるとは信じられずにいた。
洞窟の岩肌は鉛に似た色をしており、灯りで照らされる先には微かな輝きすら見えないからだ。
「リヒトは最奥にある。来い」
先を行くファルシードは、犬を呼ぶように顎をくいと動かして呼んでくる。
いつもならばムッとしているところだが、リヒトに興味が移っていたリディアはうなずき、小走りで彼を追いかけた。
闇に包まれる洞窟を、とりとめのない話をしながら進む五人だったが、ふと会話が途切れ静まり返る。
聞こえてくるのは足音と、落ちた雫が跳ねる水音だけ。
やがて、声の代わりに深く息を吸う音が響いた。
「せっかくの機会ですし、面白い話でもしましょうか」
柔らかく穏やかな、カルロの声がする。
面白い話という提案にバドは眉を寄せ、口を曲げた。
「カルロの“面白い話”は大抵が怖い話で、面白かった試しがないんスけど」
「ああ。あれはですね、正確には“バドが怖がる”から“僕が面白い”話になるんですよ」
「てめーなぁ!」
くすくすと笑うカルロに対し、バドは抗議の大声を上げている。
だが、面倒そうなファルシードのため息に、バドは「また叱られちゃったじゃんよ!」と、不満げに口をとがらせた。
「それで、今回も心霊話なのか」
ケヴィンがバドをなだめながら、カルロに尋ねていく。
お化けの話だったらやめてほしい、と、リディアは身体を強張らせたが、カルロは笑みを崩さず、一人ひとりの顔を見つめてくる。
そして、面を真剣なものへと変えて、口を開いた。
「いいえ。千年前についての話……父が命を懸けて紐解いた歴史の欠片についてのお話です」