表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第四章 リヒトの島の冒険
71/132

臆病者の航海士

「悪い、癖?」

 ファルシードに問いかけるが、彼はこちらを見ようともせずに顔を上げて、口を開いた。


「レヴィ、“慎重”と“臆病”は別物だと、前に言っただろう」


「キャプテン……」

 上から嘆きに似た声が降ってくる。


 船尾甲板に立っているにしては、声が近い。

 恐らく、先ほどの落下音はレヴィが座り込んだ時に生じたもので、いまも彼は立ち上がれずにいるのだろう。



「お前、本当は道が見えているのに、引き返すと言っているんだろうが。違うかよ」


 図星をつかれたのか、レヴィの声はぱったりと止んだ。


 「ジィサンが言わねーようだから俺が言うが」と前置きして、ファルシードは再び口を開く。



「船には金がなく、次の航海は長期で行える保障がない」


「え……」

 リディアとレヴィは同時に驚きの声をあげる。


「うまく交易が当たればいいが、万一の時は盗みに入るしかない」


 淡々と言うファルシードの隣でリディアは視線を落とし、苦しげな表情を浮かべた。


 盗む、と言うだけなら簡単だが、実際は命がけだ。

 弱者から金をとることはご法度とされているため、必然的に警備が厳しく、声の大きい権力者が対象となるわけで。


 フライハイトの実態を世に知られないように盗みを働くのは、なかなか困難なようだった。



「ここで上陸をやめたところで、団員たちに危険が及ぶのは変わらないってことですか」


「そうだ」

 震える声で尋ねてくるレヴィに、ファルシードは天井を見つめながら言う。


「だから、“リヒトを取りに行く”なんて言ってたんですか。リディアさんだけじゃなく、僕らのためにも」


「たかだか一人のために、危険な航海をするわけねェだろうが」

 呆れた様子でファルシードは、ため息をついていく。

 一方のリディアは、何の話をしているのかよく掴めないまま、会話を聞き続けていた。



「団長。貴方は僕が失敗を引きずっているのを知っていて、お金のことを言わなかったんですか」


「失敗?」

 リディアが首を傾げると、舵棒を操る団員がひそひそと小声で話しかけてくる。


「レヴィさ、半年前この島に入り損ねているんだ」


「航路を間違えちゃったってことですか?」


「いいや。途中で潮の流れが変わったらしい。アイツが判断に迷ってるうちにね。んで、渦潮に飲み込まれそうになって、命からがら脱出したってわけ」


「そっか、だから青い顔してたんだ……」


 沸き立つ甲板で一人気を失いそうになっていたレヴィのことを、思い返す。

 自分のミスで沈没させそうになったトラウマが、彼をあんなにも怯えさせていたのだろう。



「団長……教えてください。貴方は僕を気遣って、あの島を避けてくれていたんですか……?」


「おいおい、そんなに気にすんな。どうも小僧(キャプテン)は心配性のようでよォ。慎重過ぎるだけさ」


 レヴィとは対照的にライリーの声は安穏とした様子で、豪胆な印象を与えてくる。

 だが、呑気(のんき)とも言える彼の言葉は、キャプテンの気に(さわ)ってしまったようで、ファルシードは苛立つ様子を見せていた。



「おいジィサン、ボケるにはまだ早いんじゃねぇか。お人好しなのは結構だが、情で腹が膨らんで、船が進むのなら誰も苦労はしねェ」


「へっ、ボケれるほど人生重ねてねーケツの青いガキは黙ってろ。あとついでに言っておくが、おれはまだ財宝を隠している。二ヶ所ほど、な」


「おい、ふざけるなよこのクソジジイ……!」


「奥の手ってのは、誰にも知られないようにとっておくもんさ」

 呵呵(かか)と笑うライリーの声が聞こえ、リディアは恐る恐る隣に視線を送る。

 すると、ファルシードの(ひたい)には青筋がたっており、あまりの威圧感に後ずさった。



「だったら、なぜあの島に……」

 今度はレヴィの呟く声が聞こえる。


「へへ、いい機会だと思ってな」


「どういうことです?」


「お前さんには知識や技術だけじゃなく、天候や海流を読むセンスもある。経験だって積んでいるのに、致命的に足りねェモンがある。なんだかわかるか?」


「未熟な僕では、あの島は無理です……」

 いまにも泣き出しそうな声が聞こえてくる。


 弱気な航海士による航海など、危険なことこの上ない。

 だが、それでも引き返すことを提案する者は、誰一人としていなかった。



「レヴィ、よく聞け。お前さんに足りないのは、航海術じゃない。自信と度胸、ただそれだけだ。それさえ持てれば、おれは“レヴィ・アンカーが世界一の航海士だ”と、胸張って言うぜ」


「団長は、前回どうなったか覚えてないんですか……!?」

 (とが)めるようなレヴィの声がし、今度は明るく笑う団長の声が聞こえてくる。


「ちゃんと覚えてるさ。力を合わせて全員無事に脱出した、だろ?」


「――ッ!」


「自信が復活するまで待つつもりだったが、待ったところで変わるもんでもねぇしなァ」

 ライリーの柔らかい声がし、レヴィは静まり返る。


「心配すんな。フォローはするからやってみろ。お前さんは、おれらを信頼しちゃくれんのか?」


「……皆のことは信じています。僕はただ、自分が信じられないんです」


「だったら、もう恐れることはないはずだろう? 信頼しているヤツらが、お前さんを信じるって言っているんだ」



「もう、なんなんですか! こんなのずるいです。どうやったって、逃げようがない」

 しばしの沈黙のあと自棄(ヤケ)になったような声が聞こえ、それは苦々しい笑い声へと変わる。


「……臆せば、船は沈みゆく。勇無き者に、道は開けぬ。海の女神は、祈る我らを救いたもう」

 天井からがたりと音がして、少しずつレヴィの声が高く遠のいていく。



「もしかして、これって……」

 聞き覚えのある言葉にリディアは目を見開き、ファルシードの横顔に視線を送った。

 これは、彼が教えてくれた歌の訳だ。



「キャプテン、団長。あの日僕に教えてくれましたよね。錨の歌の意味、そして、進もうとする意志をもつ者にこそ、道は開かれる、って」


「ああ」

「そんなこともあったなァ」

 ファルシードは短い言葉を返し、ライリーの声も上から響いてくる。



「団長が、キャプテンが、皆が僕を信じてくれている。それなら僕は、逃げちゃいけない。逃げたくなんかない。僕は僕自身を、信じます!」


 これまでとは違う力のある声にリディアは微笑み、ふと隣を見るとファルシードも満足げに口角を上げていた。


 すぅ、と深く息を吸う音がする。

 これまで不安と恐怖に囚われていた航海士が放ってきた言葉は……


「この船の航海士は僕です。この船を沈ませたりなんかさせません!」


「よし。よくぞ言った!」

 ライリーの明るい声が天井から降ってくる。

 見えなくても、団長がどんな表情をしているのか、リディアには容易に感じ取れた。



「団長! 団員たちに指示をお願いします。進行方向はこのまま真っ直ぐ」

 船尾甲板に少年航海士の凛とした声が響き渡る。


「え? まっすぐって、まさか」

 リディアは顔を上げ、目の前の光景に顔を強張らせた。


「ええ。あの狭間を行きます!」


 レヴィが指示した方向にあるもの、それは──

 船を飲み込めるほど巨大で絶えず轟音を放つ、二つの大渦の狭間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ