船上の狩人
「勝負、か。のった」
ケヴィンは淡々と言い、深く息を吐いたカルロは呆れたように笑った。
「それ、銃が圧倒的に有利じゃないですか。女王を狩った者はプラス十五匹。それでいかがです?」
「おっけー。ま、女王を殺るのも、俺っスけどねー」
得意気に笑うバドを横目に、リディアはファルシードを見上げて尋ねる。
「女王って、何?」
「ブラッドギルの群れは、銀の瞳を持つ一匹の女王によって統率されている。つまりは女王を殺せば、俺らの勝ちってことだ」
ファルシードは海面から目を離さずに答えてきて、その視線の先をたどったリディアは顔を強張らせた。
「一匹……」
いつの間にやら船首側だけではなく右舷・左舷側の海面にも、何物かの影がうっすらと、しかも大量に映りこんでいた。
無数の影の中から女王を見つけることは、ひどく困難に思える。
だが、誰一人として逃げ出そうとはせず、皆、女王殺しは可能だと確信しているかのように見えた。
「さ、ルールも決まったし、そいじゃ……」
バドは右腿に固定している銃を取り、ロックを外していく。
進行方向を広く見つめていたリディアだったが、海面が泡立っているのを見つけてしまい、目を見開いた。
「バド君、逃げて!」
大きく一歩前に出て、力の限り声をあげる。
それと同時に、海面から飛沫をあげて、巨大な魚が飛び出してきた。
船首甲板に向かって宙を舞うそれは、魚というよりもモンスターと呼ぶにふさわしい風貌をしていた。
成人男性ほどの体長に、返り血で染まったような深紅の鱗。
背びれには複数の棘があり、白く濁った瞳とノコギリに似た鋭い牙は“凶悪”を体現しているようにも見える。
蛇の威嚇音に似た気味の悪い鳴き声をあげたそれは、バドの頭を食い千切ろうとするかのごとく、飛びかかってきていた。
リディアの注意は聞こえていないのだろうか。
バドがその場から動く気配はなく、ブラッドギルは一瞬で距離を詰めてくる。
このままでは食べられてしまう、とリディアは血の気を引かせていく。
そんな彼女にバドは視線を送ってきて、にっと口角を引き上げた。
彼の表情の意味がわからず立ち尽くしていると、バドは右腕を上げて銃口を背後に向け、笑うように口を開いた。
「よーい、スタートっ!」
バドの無邪気な掛け声と共に発砲音が響き渡り、硝煙が辺りにふわりと舞う。
大口を開けて飛んできたブラッドギルは喉を銃弾で貫かれ、鈍い音を立てて船首甲板に落下した。
「へへっ、甘いんだよ。ばーか」
背を向けてきたバドは、ぴくぴくと痙攣するモンスターの前でしゃがみこみ、小馬鹿にしたような声を出していく。
「あーあ、お前が美味かったら、最高なんスけどね~。はい、もう二匹目」
油断しているかのようなバドに向かって、さらに一匹飛び出してきたが、バドは瞬時に立ち上がり、引き金をひいた。
空中にいたブラッドギルにも風穴が開き、悲鳴のような鳴き声と共に海中へと消えた。
ただ者ではない、とでも思ったのか、作戦を一斉攻撃へと変えてきたようで、ブラッドギルは次から次へと甲板に登り始めてくる。
ただの魚であれば、願ったり叶ったりの状況なのだろうが、相手は人食い魚のモンスターだ。
団員たちを食おうと、ブラッドギルは歯を光らせながら、蛇のように身体をくねらせて甲板を進み、また海へと戻っていく。
甲板にいる団員たちは、噛みつかれないように避けながら斬りつけたり、銃弾を打ち込んだりしていた。
船上は、嵐さながらの状況だ。
数え切れないほどの人食い魚によって、世界が赤く染まっているようにも見える。
──バド君、すごい……三百六十度、全部見えているみたい。それにバド君だけじゃない。カルロさんも。
リディアは、両手の銃を次々に発砲していくバドから、右舷側にいるカルロへと視線を向ける。
オレンジ髪の彼は、慌ただしい甲板の上で動じないどころか、くすくすと笑っていた。
「バド、一ついいこと教えてあげましょうか」
カルロは頭めがけて飛びかかってくるブラッドギルを、重さがないようにするりとかわす。
それだけではなく、ついでのようにブラッドギルの腹の下から、サーベルを思いきり突き刺した。
「ん、いいこと?」
バドの声が、聞こえてくる。
それと同時にカルロは腕を振り下ろして、はらわたを真っ二つに切り裂いた。
どうやらカルロは、返り血を浴びぬよう戦うことができるほどに、余裕があるようだ。
腰布でサーベルの血糊を拭くカルロは、バドに視線をやり、穏やかに笑った。
「ええ。文献によると、塩焼きにしただけで、十分美味しくいただけるんだそうです。普段、鯨や鮫を食べているからでしょうか。栄養価も高いらしいです」
「は? それ、ホントっスか!」
バドは素っ頓狂な声を上げながら振り返り、カルロを見やる。
一方のカルロは、腰布の下の銃を取り出して、宙を舞うブラッドギルに向けて発砲し、甲板にまた銃声が轟いた。
「結局、バドの手にかかれば素材が良くても、皆同じ焦げの運命を辿るってことですよ。さぁ、僕もこれで六匹目です」
──確かにバド君はなんでもかんでも、火を通しすぎるんだよね……
リディアは普段の調理風景を思い返して苦笑いをし、勇猛に戦う二人を交互に見つめた。
「コイツがうまい、か。確かに脂がのっていそうだ」
左舷側にいるケヴィンは、独り言のように言う。
声色は淡々としているが、その手元と足元は返り血で深紅に塗れていた。
ケヴィンは、歯をむき出しにして甲板を進んでくるブラッドギルをかわし、横っ腹に下段蹴りを叩きつけて飛ばしていく。
勢いよく飛ばされたそれは、新たにやって来たブラッドギルにぶつかって、二匹とも速度を失った。
「美味い魚なら、リディアに料理を頼むのもいいかもしれんな。俺は七匹目だ」
意識を取り戻そうとしているそれにケヴィンは歩み寄って、見おろす。
右腕を後ろへ引いた彼はとどめの突きを食らわせ、ブラッドギルはぴくりとも動かなくなった。
「ケヴィンそれ、ナイス!」
「同感です」
バドは飛び上がって喜び、カルロもいつものように笑う。
「おい」
ファルシードは、呆けるように立ち尽くすリディアに声をかけてきた。
「えっ、あああごめんね! あんまりにも皆がすごいから……」
我に返り、慌てたように声をあげる。
誰一人として負傷せず、いまでは魚の死体を捨てるほうが難儀していることに、驚きを隠せなかったのだ。
「あいつらは、ああ言ってるが」
ファルシードは顎をくいと動かし、三人のほうを指していく。
「もちろん、塩焼き作ってくれるっスよねー?」
にししと笑いながらバドが大声で尋ねてきて、きょとんと目を丸くしたリディアは、すぐに親指を立てて笑った。
「とびきり美味しいのを作るよ! だから、頑張って!」