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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第四章 リヒトの島の冒険
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夏の日の甲板

 窓から差し込む朝の光に慌てて目を覚ましたリディアは、流れるように身支度を進めていく。


 だが、部屋を出る寸前で、ぴたりと動きを止めた。


 過去を見た上に、寝ぼけていたとはいえファルシードから抱きしめられてしまったわけで。

 これは気まずい、と、うつむき、わずかに頬を染めた。


 とはいえ、このまま部屋に閉じこもっているわけにはいかない。

 意を決して静かにドアを開け、向こう側を(のぞ)いていくとソファにファルシードはおらず、珍しくベッドの上で眠っていた。


 ――あの後、起きちゃったのかな。ぐっすり眠れてるようだし、よかった。


 規則正しく上下する布団を見てリディアは、ほっと息をついて部屋を後にした。


――・――・――・――・――・――


 朝食の支度を終えて配膳していくと、団員たちに混じってファルシードがやってくる。

 ふと視線が交わってしまい、リディアはびくりと身体を震わせ、慌てて視線をそらした。


「言いたいことがあるんなら、さっさと言え」

 怪訝な顔をしたファルシードは、真っ直ぐにリディアの方へと歩み寄ってくる。

 あからさまに避けたことで、不審がられてしまったようだ。



「ええと、後ろの方で寝ぐせが立っててね。なんだかちょっと、言いづらくって」

 あはは、と誤魔化すように笑うと、彼はまじまじと顔を見つめてきて、小さく息を吐いてくる。


「あっそ」

 興味もなさそうに返してきたファルシードは、自分の席へと向かっていった。

 眠そうにあくびをする姿を見て、安堵の吐息をつく。


 ――危ない。どうにかしのげた……



 彼の過去を知ってしまったことを、リディアは心の中にとどめておくと決めていたのだ。

 不可抗力だったとはいえ、彼が隠そうとしていた過去を盗み見てしまったなど、言えるはずもない。


 配膳をすすめるリディアは、机に頬杖をつく眠気まなこのファルシードに視線を送る。


 彼は、勘が鋭いところがある。

 絶対にバレないようにふるまわなければ、と心の中で固く誓った。



 朝食の片付けも終わり、今日もリディアは甲板へと向かう。

 (いかり)を巻き上げるための歌を、共に歌いに行くのだ。


 だが、今日に限って歌は聞こえてこず、代わりにバドが騒ぐ声が響いていた。


「なんだよもー、ケヴィンのケチ―!」


「何も、やらんとは言ってない。どうせなら実用性のあるもののほうがいいだろう」


「だーかーらー、俺は狙撃手なの! 筋トレ道具よりも火薬とか弾の原料の方がまだ、実用性があっていーの!」

 ケヴィンや団員たちは錨を巻き上げるために巻き上げ機(キャプスタン)のバーを握っており、一方のバドはその中心に乗り、あぐらをかいて口をとがらせている。


 何の話をしているんだろう、とリディアが首をかしげていると、掃除中のカルロがモップを手にしたまま、隣にやって来た。



「バドね、今月の終わりが誕生日なんですよ。だから何かよこせとさっきからうるさくて」

 やれやれとカルロが肩をすくめていくと、バドはキャプスタンから飛び降りて、駆け寄って来た。


「おい、カルロ! いまのばっちり聞こえたっすよ。うるさいってなんなんだよー!」

 口を曲げたバドがカルロを見上げて文句を言うと、カルロは面倒そうに息を吐いていく。


「だから、その声量がもううるさいんですって」


「んだと!」

 カルロに食ってかかるバドを前に、リディアは笑った。


「そっか、バド君も夏生まれなんだ」


「え?」

 リディアの言葉にバドは勢いを削がれたのか、一気に大人しくなる。


「バド“も”……?」

 カルロも目を丸くしながら尋ねてきて、リディアはこくりとうなずいた。


「私、先月誕生日だったんです。ちょうどフライハイトに来た日が誕生日で……って、あれ?」


 バドやカルロだけではなく、団員たちも作業の手を止めて、驚いた顔をして固まっている。

 甲板で動いているのは、修繕箇所を確認して回っているファルシードだけだった。



 モップをバドに押し付けたカルロは、ずかずかとファルシードの元に歩いていき、険のある声を発する。

「キャプテン。知ってたんですか?」


「何を」

 ファルシードは、縄梯子(なわばしご)のチェックをしながら問い返した。

 それは恐らく、カルロにとって望ましい返答ではなかったのだろう。

 カルロはムッとした顔をして、声を荒げていく。


「リディアさんの誕生日ですよ! もちろん、ちゃんとお祝いしたんですよね。貴方の大事な(ひと)なんでしょう!?」


「は?」

 眉を寄せて振り返ってくるファルシードに、カルロは“呆れた”と、あからさまに気落ちした表情を見せていた。


「貴方って人は……! 嫌われても知りませんよ」


「……別に嫌われようが軽蔑されようが、構わねぇよ」

 呟くように発せられた投げやりともとれる言葉に、リディアの胸はわずかに(きし)んだ。


 なぜか彼には、こういうところがある。

 いつも人との間に一線を引き、そこから先は誰も入れたがらない。

 気の置けない仲間相手でさえ心理的に距離を置いてくる意味が、リディアにはよくわからなかった。



 二人の動向を見守っていると、カルロは何かを思いついたように顔を上げて、ファルシードの耳元でこそこそと囁く。


「キャプテンは、それでもいいんですか?」

 念を押すように確かめるカルロに、ファルシードは呆れたように深く息を吐いた。


「確か、リヒトの島が近くにあったはずだ」

 左舷方向を眺め、ファルシードは言う。

 “リヒトの島”という言葉を聞いたカルロは勝ち誇ったような顔をし「そういうことなら、僕も協力しますから」と微笑んで見せた。



 モップに寄りかかりながら悩むバドも、何かひらめいたのだろう。


「ナイスアイデアっスね! 早速団長に交渉してくるっス」

 満面の笑みを見せて同意し、ケヴィンも「同感だ」と、うなずいた。


 団員たちのほとんどは“リヒト”という単語に何かを察したようで、明るい表情を見せていた。 

 何一つわからないのは、リディアだけだ。


 満足気な様子で戻ってきたカルロはバドからモップを受け取り、一方のバドは団長室へと跳ねるように駆け出していった。



「あの……リヒト、って何ですか?」

 カルロに尋ねると、彼はシィ、と自身の口元に人差し指をあてて微笑んでくる。


「それは見てのお楽しみ、ですよ。あのキャプテンを動かすとは、バドの女好きもたまには役にたつもんですねぇ」

 ファルシードの横顔を見つめて笑うカルロは、上機嫌な様子で甲板の掃除を再開していった。



 ――リヒトに、バド君がファルを動かすのに役立つ……?


 意味がわからないままのリディアは立ち尽くし、ひたすら困惑し続けたのだった。

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