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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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受け継がれた証

「あれ、なに……?」

 空間に歪みのようなものが見えて、無人のボートに目を凝らす。 


 歪みは徐々に大きくなって青黒い光が溢れ出し、次第に“裁きの証”の輪郭を形どりはじめた。



「出たか!」

 カーティスは、待ちかねたとばかりに船から身を乗り出し、嬉々として光を見つめる。

 目の前で人が闇に取り込まれた直後だというのに、金色の瞳は(きら)めき、口元は弧を描いていた。

 さすがは世界を()べる者の豪胆さ、とでも言うべきだろうか。

 動揺など微塵も感じさせなかった。


「い、急ぎボートの準備を」

 隣に立つ神官は震えながら声を発し、船員たちに指示を飛ばしていく。



「あの人たち、どうするつもりなの?」

 リディアが呟くと、裁きの証はどくんと拍動するかのように収縮をはじめた。


 誰もが目を見開き、証の不穏な動きに視線を奪われているように見える。


 やがて、証は観衆をあざ笑うかのごとく、カタカタと小刻みに揺れはじめ、ゆっくりと天へ昇りだした。


「待て! どこへ行く!?」

 大神皇の声色からすると、証の動きは予想外のことだったのだろう。



「チッ……逃がさぬぞ」

 忌々しげに舌打ちをしたカーティスは、左胸に手を当てていき、その手を空へとかざしていく。


 途端、大気がぴりぴりと音を立てて震えだし、晴れ渡っていたはずの空が、嵐の前触れのように暗くなる。

 上を見ずとも、大きな力が空へと結集していることが、容易に感じとれた。



 リディアは身体を強張らせながら、恐る恐る視線を上げていく。

 そして、信じられない光景に、へなへなと脱力した。


 証の上空に、おぞましい球体が浮かんでいたのだ。

 巨大なそれは、暗黒と呼ぶにふさわしい色をしており、いくつもの閃光が龍のごとく、表面を這うように駆け抜けていた。

 絶えず小鳥の鳴き声に似た高音をチチチと放つ球体は、どう見ても親しみやすいモノには感じられない。



「まさか、あれを大神皇が……?」

 リディアが問うのと同時に、カーティスはにたりと笑い、命令を下すかのごとく、伸ばした指先を下へと向けた。


 暗黒の球体は、雷撃に似た爆音を轟かせ、証目がけて落下していく。

 二つが衝突しかけた瞬間甲高い音が響き渡り、裁きの証は粉々に破裂し、眩いばかりの光を放った。


「うわっ!」

 あまりの眩しさに、リディアは強く目を閉じる。

 予測不能な状況に、不安ばかりが募っていった。


――・――・――・――・――・――・――


 恐る恐るまぶたを開いていくと、リディアはフライハイトの甲板にいた。

 そこに証らしき光はなく、団員たちは皆無言のままで、沈んだ表情をしている。


 リディアは甲板を歩き回り、ファルシードの姿を探すが、どこにも見当たらない。

 レオンから生気を奪われていたこともあり、自室に運ばれたのかもしれない。



「団長?」

 人気ひとけのない船尾甲板に上ると、ライリーが疲弊した顔をしてうつむいていた。

 声をかけるが、無論、返事はない。


「裁きの証、どこに行っちゃったんだろう……」


 ――(あれ)はきっと、教会に渡しちゃいけない。レオンさんが命がけで守ろうとしたものなんだから。


 リディアは、ぐ、と唇を結ぶ。

 暗黒の球体には当たっていないように見えたが、それも見えた、というだけだ。

 無事だという確証は、一つも持てなかった。



 ファルシードの部屋に行こうと足を進めていたリディアの耳に、微かな音が届く。

「なに、この音?」


 耳鳴りにも似た金属音(それ)の音量は徐々に大きくなっていき、あたりを見渡した。


 ライリーが大きく身体を震わせたのが、目にとまる。

 不安と嫌な予感を胸に抱いたまま、急ぎライリーの元へと向かった。


 場違いなそれ(・・)を見つけた途端、瞬時に顔が凍りつく。

 青黒い光を放つ裁きの証が、ライリーの前で浮遊していたのだ。



「くそッ、おれはいつからこんなに臆病になった」


 ライリーは顔面を蒼白にさせ、小刻みに震えていく。

 確実に死へと誘う証と相対した恐怖からだろう。

 自身の頭を抱えるようにつかみながら、目を大きく見開いていた。

 

「団長……」

 証を恐れて震えるライリーを責める気にはならなかった。


 証を持つということが、いかに危険なことなのか。

 天命を待つのではなく、命の期限を極端に縮められることが、いかに恐ろしいことなのか。

 リディアは、身をもって知っていた。


 不幸か面倒事しか連れてこない証を、受け入れ(がた)く思うのは、当然の反応だとわかっていたのだ。



「レオン、おれは……」

 葛藤を示すかのように上半身を丸めるライリーを前に、裁きの証は微かに震え、パキンと割れるような音を発した。

 やがて、ガラスのように粉々になった証は、湿った風に吹かれて跡形もなく消えていった。


 ライリーは無言のまま、震える指先でシャツを引っ張り、左胸を露出させていく。


「証が、ない……」

 たくましい胸毛から覗く褐色の肌に、リディアとライリーは同時に声をあげた。



 ネジが切れたように止まったままのライリーだったが、はたと顔を上げて、息を飲んだ。


「まさか」

 悲痛な表情を浮かべたライリーは、転びそうになりながら甲板を駆け抜けていく。


「おれのせいだ。おれが拒絶なんざしたから……」

 苦しげに呟くライリーの背中は震えている。

 予想が読みとれたリディアも、同じ場所目がけて走った。



 ――そんな。そんなことって、ないよ……

 下唇を噛みしめるリディアの瞳には、大粒の雫が浮かびはじめる。

 塩辛い風が涙をさらい、ぽたりと音を立てて、乾いた床へと染みを作っていった。



――・――・――・――・――


「小僧!」

 ライリーは乱暴に扉を開けていく。


 ファルシードはすでに目覚めていたようで、ベッドの上で身体を起こしていた。


「証……」

 呟くように言ったファルシードは、窓の外をぼんやりと見つめている。

 アメジストのような紫の瞳は(うつ)ろで、生気のない彼の姿は、精巧に作られた人形のようだ。


 重く苦しい静寂が包む部屋で、ファルシードは右手だけをゆったりと動かしていく。

 その行き先は、シャツの前身ごろだった。

 ファルシードは指先をひっかけて襟元を静かに引き下げていき、淡々と言葉を放つ。



(こいつ)が来たってことは……レオンは、死んだのか」

 長くレオンの身体に宿っていた裁きの証。

 それが今度は、ファルシードの左胸に青黒い光を灯していた。


 虚ろな視線を向けてくるファルシードに、ライリーはおろかリディアも、何も言うことなど出来ないまま。



 返答はなくとも、彼はライリーの態度でことの成行きを察したのだろう。


「レオン……」

 ファルシードはそっと、呼びかける。


 何度も口にし、そのたびに明るい返事が返って来た名前。

 だが、いまは耳が痛むほどの静寂しか残らない。


 見えない空を仰いだファルシードは震えながら、今にも泣き出しそうな顔で笑った。


「レオンはいつも、勝手なことばかりしやがる……」

 揺れる声で毒づく瞳は滲みはじめ、雫が一粒、また一粒と零れて(ほお)を伝っていく。


 悲しみの海に沈んだファルシードはわめくこともなく、天井を見つめたまま動かない。


 次から次へと静かに流れる彼の涙だけが、意思を持っているかのようだった。

 兄のように慕っていた者の死を(いた)むように雫は零れ、音もたてずに落ちていく。


 家族同然だった者を失って苦しむ彼の姿に、リディアも涙が止まらなかった。

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