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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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裁きの証

「“あと何年?”って」

 ファルシードの横顔を見上げて問いかけ、はっと息を飲んだ。


 ライリーから聞いた“呪い”について、思い出したのだ。


「十年……」

 震える声で、呟くように言う。

 リディアの顔は強張り、今にも泣き出しそうな目をしていた。



 ライリーによると、ファルシードに宿る“裁きの証”は、他の証と大きく異なっているらしい。

 強大な力を持ち主へと譲り渡してくるが、その代償は大きく、力を使うたびに宿主の生気を奪い、悪夢を見せつけてくるらしい。


 そして、“裁き”の名のごとく、宿した者への罰として……命を刈り取っていくのだ。



 過去のファルシードは深く息を吐き、船尾方向へと足を踏み出していく。



「やだ、行かないで!」

 腕を掴もうと手を伸ばすが、ファルシードの身体をすり抜けて宙をかき、力なく落ちた。


 裁きの証を持つ者のリミットは、それを受け継いでから最長で十年。

 ファルシードが証を受けとったのは十四・五歳の頃であり、長くてあと三年しか生きられないと、リディアはライリーから聞いていた。


 恐らくレオンに残された時はもう、長くはないのだろう。

 終わったことだとはいえ、鮮明に見せつけられる光景にとても他人事とは思えず、唇を噛みしめた。



 ファルシードはリディアに見られているとも知らず、ぴんと背すじを伸ばし、まっすぐに歩んでいく。

 彼の後ろ姿は、死に(いざな)われるレオンの後を追っているように見えて、リディアは微かに震える。


「レオンさん、ファル……」

 そっと両手を胸の前で組んでいく。

 二人に課せられた運命を想うと、苦しいほどに胸が痛み、心がざわついた。


 ――ネラ様でも、リジムの神様でも、誰でもいい。誰でもいいから……


「どうか、二人の未来に、希望と幸福を」

 リディアは、どこまでも広がる青空へと強く祈りを捧げていく。

 その様は、祈りの巫女と呼ばれるにふさわしい姿をしていた。



――・――・――・――・――・――・――


 それから二度ほど場面は移り変わり、リディアは甲板の端でぼんやりと海を眺めていた。


 いつになったら戻れるのだろう、と深いため息をつき、左胸の証にそっと触れていく。


 ――やっぱり、ファルに証が移るまで、なのかな。


 突っ伏すように手すりに顔を寄せていくと、けたたましいほどの警鐘が鳴り響き、リディアは慌てて振り返った。


「どうした!?」

 団長が声を張り上げる。

 見張り台にいる団員は、望遠鏡を片手に、慌てた様子で身を乗り出していた。


「やべぇ! 船がこっちに向かってやってきてる。ありゃたぶん、ネラ教会のだ!」


 リディアは目を丸くし、いてもたってもいられず、団長の元へと駆けだした。


「団長、どうします? 盗品を隠せば、俺らがフライハイトだとバレねぇとは思いやすが」

 団員の一人が、ライリーに問う。

 一方のライリーは難しい顔をして、考え込むような仕草を見せた。


「向かって来る理由が知りてェ。(ふみ)を飛ばす。テメェらは戦闘の準備をしていろ、ヤツらにバレないように、だぞ」


「アイサー!」

 団員たちはせわしなく動き出し、甲板に緊迫感が漂う。 

 ライリーは団長室で書状をしたため、(たか)の足にくくりつけたあと、教会の船目がけて飛ばした。



 気もそぞろなまま、鷹が帰ってくるのを待つ。

 団員たちは戦闘準備のため甲板から離れており、あたりはしんと静まり返っている。

 大して時間はたっていないのだろうが、気が遠くなるほどの時が過ぎたような気がした。


「来た、か」

 ライリーは右手を掲げ、鷹をとまらせる。

 帰ってきた鷹は、向かっていった時とは反対の足に文をつけていた。

 書状を預かってきたのだろう。


 ライリーは書状を開き、読み進めていくごとに表情を曇らせていく。

 隣に立ち、中身を覗き込んだレオンは反対に、困ったような顔で笑い、口を開いた。


「どうやらオレはここまでみてェだ」



 わけがわからないリディアは横から覗き込み、ゆっくりと読み上げる。


「貴殿の船に、レオン・ミラーという罪人がいる。証を持つ“神の使い”でありながら、使命から逃げる男だ。すぐに引き渡しされたし。カーティス・クレイ……」



 リディアの頭の中は、動揺で白く染まっていく。

 ネラ教会に引き渡されれば、二度とレオンに会えなくなるどころか、彼は世界のために生贄となり死ぬことになるのだろう。


 ライリーもそれを理解しているからか、レオンの目を見つめて、双肩に力強く両手を乗せていった。

「レオン、戦うぞ。相手は二隻だけだ。沈められるかもしれない」


「はは……無理だろう。向こうにはカーティスがいる。アイツは得体が知れない」

 自嘲するようにレオンは笑う。


「だが……」


「いつかこうなるのがわかっていたからこそ、お前に頼んできたんだろうが。有事の際は、オレを見捨てろ、と」

 レオンはライリーの手をそっと()けていき、ボートに向かって歩みを進めていく。

 だが、すぐにその足を止めた。


 ファルシードが立ちはだかったのだ。



「おい、邪魔だ。どけ」

 レオンは手で払う動作をしながら、ファルシードに言う。

 一方のファルシードは睨みつけるようにレオンを見つめ、眉をひそめた。


「諦めんなよ。自由に生きてェんじゃねぇのか」


「ガキにゃわかんねーかもしれないが、オレはもう自由に生きたさ」


「寝言は寝て言え、バカ!」

 憎まれ口を叩くファルシードだが、その両手は震えており、リディアには痛いほどに彼の気持ちがわかった。

 リディアも過去に、母を暗黒竜(ジェリーマ)封印の生贄として、ネラ教会に奪われたからだ。



「上司にバカとは、相変わらず威勢が良いな」


「絶対に、行かせねぇから」

 ファルシードはすさまじいほどの気を放っているが、レオンはそれをものともせず、柔らかく笑った。


「オレはテメェらと、この海で生きられた。それで十分。何かに縛られようが、盗賊だと疎まれようが、オレの“心”は誰よりも自由だったんだ」


「なんだよそれ、わかんねーよ……」


「いつかお前にもわかる日が来る。なぁ、ライリー。これもらってくれるか?」

 自身の左胸に触れながら、レオンは振り返ってくる。



「ジィサンに取られるくらいなら、俺がもらう!」

 ファルシードは(ひたい)に血管を浮かべながら、声を上げる。

 ここまで鬼気迫るファルシードを見たのは、リジム島襲撃の日以来のことだった。


 そんな彼の言葉に、リディアは声を失って立ち尽くした。

 厄介事しか連れてこない証を“欲しい”と言い張るファルシードに驚いたのもあるが、常識と異なる“証をもらう”という言葉に混乱したのだ。



 ――もらう、って何。証は、血で受け継がれるんじゃないの……? 誰かに渡すことができるなんて、そんな話、聞いたことないよ……



 死期を早める証を受け入れようとする気迫に押されたのだろうか。

 レオンは愕然とした様子で目を見開いたまま固まっている。


「テメェはだめだ。まだ若い」

 ぴしゃりと制止するライリーの声につられるように、レオンも大きくうなずき口を開いた。


「……ああ、そうだ。欲しい云々(うんぬん)じゃねぇ。お前にはまだ、早すぎる」


「証の制約じゃ心は縛れねぇって、この間そう言ってただろうが!」

 食ってかかるファルシードにレオンは息を吐き、徐々に距離を詰めていく。


「ったく、仕方ねェやつだな……。おい、ファルシード、そこで目ェつぶれ」


「やめろレオン! それはおれが!」

 ライリーが駆け寄っていくが、時すでに遅く、レオンはまぶたを閉じたファルシードの頭に手を伸ばし、触れてしまった。


 ライリーが愕然としていると、ファルシードはなぜか、苦しむように頭を押さえだし、崩れるように倒れていく。

 証を受け継いだ副作用なのか、とファルシードは自分の胸元を確認するが、そこに証は存在しない。



「おい、レオンてめぇ……何しやがった」

 起き上がることすらできなくなったファルシードは目線だけを上げて、レオンを睨みつける。

 レオンはファルシードの横にしゃがみこみ、弟分の頭をそっと撫でた。


「少しばかり生気を奪わせてもらった。お前に、(コイツ)をやるわけには、いかねぇから」

 ごめんな、と呟くように言ったレオンは、再び口を開いていく。


「ファルシードよう。てめぇはできるだけ長生きして、世界を見て来い。こんな世でも、生きてみるとなかなかいいもんだから」


「レオン、死ぬな、死ぬなよ……ッ」

 ファルシードは必死になって起き上がろうとするが、力が入らないのか動けないままだ。

 


「もう、復讐なんざに心をとらわれるな。やり返したところで、虚しくなって、自分がすり減るだけだ」


「嫌、だね。何もかも奪われて、さらにはレオンまでも……。俺は、あいつらを殺したいほど……憎い」

 獣のように瞳をぎらつかせたファルシードは歯を食いしばり、教会の船がある方向を睨んでいく。


「てめーってやつは、ホントに困ったガキだな。最期の願いくらい、聞けよ」


 無言のままファルシードは視線を落としていく。



「憎しみを捨て、その胸にはリジムの民であり、フライハイトの団員であるという誇りを(いだ)いて生きろ。それだけはどうか、頼むよ。な?」


 死が間近に迫る中で他人を想う笑顔に、ファルシードは涙をこらえながら、丸くなるようにうなずいた。

 その姿に安心したのかレオンは立ち上がり、いつものように空を仰ぎ、微笑む。


「この船に乗れて、本当に良かった……」

 呟くように言ったレオンはボートへと足を進めていき、船上はしんと静まり返ったまま、鉛のように重く苦しい空気に包まれていた。

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