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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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自由に焦がれる男

 ファルシードを追いかけ、船首甲板についたリディアは、彼の隣に位置どる。

 肩の高さほどの身長しかなかった彼も、いつの間にやらリディアの背を追い越してしまっていた。



「レオン、あのさ」

 ファルシードは空を仰ぐレオンに、何気ない様子で話しかける。


「ん、どうした?」


「なんで毎度空ばかり見てんだよ。いつも変わらねェし、見たってつまんねーだろ」

 呆れ顔で言うファルシードに、レオンは噴きだすように笑った。


「同じでつまらねェと思うのは、まだまだお子様だからだなァ」


「んだと!」

 レオンは食ってかかるような態度をされても、たじろぐ様子を見せることはなく、得意気に笑いながらファルシードの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。


「オレからすりゃ十五なんざ、まだまだガキさ」


「やめろよ、バカ!」


 レオンの手を跳ね除けて、ファルシードは不愉快そうに目を吊り上げる。

 それを見るレオンの瞳は優しく、嫌がっていたはずのファルシードもまた、彼から離れようとはしない。

 二人は仲の良い親子や、兄弟のようにも見えた。



「……なぜ空を見るのか、か」

 レオンはどこか懐かしそうに、青空を見つめる。

 首をかしげるファルシードを横目に、彼はそっと呟いた。


「……自由な気がするんだ」


「自由?」


「こうして船の上で空を見ると、世界で一番の自由を手にしているような、そんな気がしてな」

 柔らかく穏やかな表情で、レオンは独り言のように言った。



 ――あれ? “世界で一番の自由”って……

 リディアは、泡のように沸き上がる記憶を一つ一つ思い起こしていく。


 ――そうだ。あの日、あの時の言葉だ。


 リディアがファルシードと初めて出会った日、彼がバドに話していた会話の一節。

 この言葉がきっかけとなって、リディアは町を飛び出したのだ。



「あれは、レオンさんの言葉だったんだね……」


 いまも頭に残っているほど、ファルシードはレオンのことを慕っているのだろう。



 視線をファルシードへと移すと、それまで威勢が良かったのに、いまは気まずそうに視線を落とし、苦々しげな表情をしていた。


「“気がする”ってことは……レオンは証のせいで自由になれてねー、ってことか」

 

 リディアは、ぴくりと身体を震わせた。

 レオンと同様、自分にも証があり、これがある限り自由の身にはなれないと思っていたのだ。



 レオンはファルシードを見おろし、ふんと鼻で笑う。

「いいや。こんな証の制約なんかじゃ、オレは縛れねェよ」


 予想外の言葉にリディアは目を丸くして、レオンを見やる。

 彼の笑顔は堂々としていて、得意気なようにも見えた。


「じゃあ、自由でいられているってことか?」


 ファルシードの問いにレオンは答えようとせず、手すりをつかんで遠くに見える大陸に視線を送った。



「陸の上はどこもかしこも鳥かごの中。教会は人の心をも支配しようとしている。ったく、息が詰まるな」


 レオンの言葉にファルシードは無言のままうつむき、苦しげに顔をゆがめていく。

 リジム島の襲撃で受けた心の傷は、いまも癒えないままなのだろう。



「おい、ファルシード。お前もこの世に生まれたからには、自由に生きろよ。誰よりも、だ」

 まっすぐに瞳を向けられたファルシードは、うんざりだとでも言うように、肩をすくめた。


「レオンはいっつもそればっかり言ってるよな。好き勝手、やりたい放題に生きろってか」


「いや、違う」


「違う?」

 あまりにも堂々とした返答に、リディアもファルシードと同時に言葉を発した。

 リディアにとって、自由とは“自分のやりたいようにできる環境がある”ことのように思っていたのだ。


 それならどういう意味なのだろうと、ファルシードと共に首をかしげていると、レオンは小さく笑う。



「逆にお前に問うが」

 レオンの声にファルシードは顔を上げていき、姿勢を正していく。

 真剣な表情で言葉を待つファルシードに、レオンは柔らかく微笑みかけて、口を開いた。


「この世界に自由はあるか?」


「……わからない。だが、あるとは思えない」

 しばし考えたのちに、ファルシードはそう答えていく。

 リディアも同感だと思った。

 他人はともかく、少なくとも自分には、そんなものはないと思っていたのだ。



「まぁそうだな。こんな世界じゃ、何が正義で、何が悪かさえもわからない。一見平和に見える日々が、人々の目を曇らせ、心を惑わせている」


 リディアは、こくりとうなずいた。


 かつては教会の言うことが絶対だと思い込んでいたが、リジム島の襲撃を目の当たりにしてしまった今では、とてもそう思えない。

 管理されたこの世界が本当に平和で幸せなのかさえ、わからなくなってしまっていた。


 ファルシードも同じように思っているのか、無言のままうつむいている。

 レオンは困ったように息を吐いて、再び口を開いた。


「ならば、問いを変えようか。ファルシード、お前が信じるもの、愛するものは、何だ」


 問いの意味がわからなかったのだろう。

 ファルシードは、無言のまま首をかたむけていく。


 そんなことなどお構いなしとばかりに、レオンは畳みかけるように言葉を放つ。

「お前は何を望んで、ここからどう生きていくんだ?」


 ――レオンさん、何が言いたいの……? 全然“自由”についての答えになってないよ。

 回りくどい問いに、リディアは頭を抱えていく。


 ――もしかして、ファルにはちゃんと伝わっている?

 ちらとファルシードに視線を送ると、彼も苦々しい顔をしており、深く息を吐きだした。


「……レオンの話は毎度遠回り過ぎで、わかりづれぇんだよ。手っ取り早く言えっての」

 どうやら彼にもレオンの真意は、伝わらなかったらしい。



 そんな彼を見て、レオンは声を上げて笑った。

「おいおい、人に聞いてばっかりじゃ、何にもなんねーぞ。要するに答えなんてもんは、自分で見つけるもんだってこった」


 レオンはファルシードの頭に手を置いて、髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまわしていく。


「おい、また! やめろよ」

 ファルシードが突き放していくと、レオンは高らかに笑い声を上げて(きびす)を返し、ひらひらと手を振った。


「貴婦人を口説くセリフ、笑わずに言えるよう復習しておけよ~」

 去りゆくレオンをファルシードは、むすっとした顔で睨むように見つめ、声を荒げていく。


「本当にそんなのが仕事の役に立つのかよ! ったく、もう!」

 口元を曲げるファルシードの横に立って、リディアはくすくすと笑う。


「レオンさんって、なんだが不思議だけど、いい人だね」


 リディアの存在を認識できていないファルシードからは、当然反応などない。



 だが、大きく息を吐く音が聞こえ、リディアはファルシードに視線を送る。

 すると、彼は瞳に悲しげな色をうつしており、唇を噛みしめていた。


「レオン。あと……何年?」

 そっと呟く彼のこぶしは強く握られており、馬のように大きくなったノクスが、心配そうに彼へと寄り添っていったのだった。

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