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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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彼のおはなし

 鳥や虫の鳴き声に混じり、小さなうなり声がする。

 声の主は、リディアだ。

 いつの間にか気を失い、倒れこんでしまったようだ。


 草の匂いがする、と、ぼんやりしていたリディアだったが、やがて目を見開き、慌てた様子で起き上がった。

 ここ(・・)が、見知らぬ森の中だったからだ。


 天を仰ぐと、枝葉の隙間から明るい光が注ぎこんできて、眩しさから目を細めていく。

 場所だけではなく、時間までもが狂ってしまったようだ。



「ここ、どこなの……?」

 あたりを見渡して呟くが、返事はない。

 目の前にいたはずのファルシードもおらず、リディアは森の中に一人取り残されていた。


 途方に暮れていると、背後から鳥の甲高い鳴き声と軽快な足音が聞こえてきて、リディアは慌てて振り返った。


「うわわわっ!」

 木の陰から小ブタに似たものが飛び出してきて、リディアは驚きのあまり尻もちをついてしまう。


「グリフォン……の、こどもだ」

 小さなグリフォンは走るのを止めて、嬉しそうに鳴き声を上げる。

 片手で抱えられそうなほど小さいグリフォンを見て、リディアはくすりと笑った。


 ――この子、ちょっとノクスに似てるかも。喜ぶ顔なんか特に。


 恐る恐る近寄ると、今度は子どもが一人、グリフォンを追ってやってきた。

 歳の頃は、七・八歳だろうか。

 青みがかった黒髪に紫色の瞳の、可愛らしい顔をした少年だ。


 ――こっちの子は、ファルに似てるなぁ……


 まじまじとリディアに顔を見られているにも関わらず、少年はこちらを見ようともせず、一直線に進んでいく。

 グリフォンを抱き上げた少年は声を出して笑い、グリフォンもまた、キュルキュルと嬉しそうに鳴いた。



 幸せそうな様子を見つめていたリディアだったが、次第に口がぽっかりと開き、閉まらなくなっていく。

 目の前の彼らは、他人の空似という言葉では済ませられないほど、似すぎていたのだ。



「もしかして、ファルとノクスなの?」

 恐る恐る尋ねても、全く反応が返ってこない。


 しびれを切らして少年の肩に手を伸ばしたが、リディアの手は透き通って、身体をすり抜けてしまう。 


 少年はグリフォンに話しかけていたが、彼の使う言葉は耳慣れないもので、何一つとして聞き取れない。

 リディアがかろうじて理解できたのは“ノクス”と少年が呼びかけた単語だけだった。


――・――・――・――・――


 ――やっぱりこの子はファルの子ども時代で、こっちはノクスなのかな……


 森を歩きながら頭を悩ませる。


 証同士が共鳴していた状況を考えると、ファルシードの過去に飛ばされてしまったのかもしれないという結論に至るが、戻り方がわからない。


 どうしようもなくなったリディアは、少年とノクスの後をひたすら追いかけた。



「本当にどこなんだろう、ここ……」

 森の中では見たことのない蝶や鳥が飛び回り、彼が身にまとう鮮やかな幾何学模様の布も、スカートにも似たズボンもまた見慣れない。


 そして何より気になったのは、彼がご機嫌な様子で歌っている歌だ。

 忘れようもない独特な旋律の歌は、船で歌われていたものと全く同じものだった。



 悩みながら歩いていると森を抜けたようで、空から一気に光が降り注いでくる。

 急に開けた景色に、リディアは感嘆の吐息を漏らした。


 一面緑で彩られた、どこまでも続く平原が現れたのだ。

 風が吹きつけるたびに、背の低い草が風の形に添って揺れていく。

 その様は、巨大なカーテンがゆったりとなびいているかのようだった。


「わ……綺麗な景色」

 こんなにも広大な景色を、海以外で見たことがなかったリディアは見惚れながら呟く。


 ふと、平原の一角に薄茶色のテントが固まって設置されているのが目に入った。

 どうやらあれは集落のようだ。



「もしかして、あそこが君の村?」

 リディアが尋ねると、少年はグリフォンと顔を見合せて嬉しそうに笑い、駆けだしていく。

 彼を追うため、リディアも息を切らせながら走った。


 集落には、子どもから年寄りまで、多くの人が暮らしているようだった。

 柵の中の鶏や山羊の世話をする子ども、何かの草を叩いてすりつぶしている女性もいる。

 狩りの後なのか、鹿を(さば)いている男性たちもいた。


 少年は村人たちと挨拶を交わしながら駆け続け、赤いテントへと入っていく。

 リディアも追って中に入ると、そこには漆黒の髪をした女性がいて、布を織っていた。


 少年に呼び掛けられ、女性は振り返ってくる。

 彼女のお腹は大きく張っていて、どうやら身ごもっているようだった。



「ファルシード?」

 女性は少年を見つめて、首を傾げていく。


 ――ああ、やっぱり。これは、ファルの過去なんだ。


 母と思われる女性の言葉に、目の前の少年がファルシードなのだと確信する。


 ファルシードと呼ばれた少年はニカッと笑い、腰に下げたポーチから、袋を取り出して差し出した。

 中には赤い実が大量に入っており、女性はそれを口にすると優しく微笑み、少年をそっと抱き寄せる。

 張ったお腹を愛おしそうに撫でたファルシードは顔を上げ、子どもらしい無邪気な笑みを見せた。



「そっか、お兄ちゃんになるんだ」

 少年の横にしゃがみこんで、微笑む。

 明るく笑う彼が、いつも無愛想なファルシードと同一人物とはとても思えない、と、くすりと笑った。



 それからファルシードはノクスを連れて、友だちらしき少年たちの元へと向かった。

 彼らはかくれんぼをするらしく、長髪の少年一人を残して他の子どもたちは一斉に散っていく。


「ファルはどこに隠れるの?」

 返事がないのはわかっているが、それでもリディアは問いかける。

 ファルシードは何か思いついたような顔をして、ノクスと共に波音が聞こえる方へと駆け出していったのだった。

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