共鳴
永久とも思えるほどの時間だった。
ファルシードの過去と課せられた運命は、想像していた以上に悲惨で、残酷で。
うつむいたリディアは、溢れ出そうな涙を堪えて、きつくまぶたを閉じた。
「後悔……したか」
語り終えたライリーは、思い悩むような顔をして呟く。
一方のリディアは無言のまま、こくりとうなずいた。
「やはり、聞かせるべきじゃなかったかねェ」
「違う、違うんです」
何度も首を横に振ったリディアは、震える声でポツポツとこぼす。
「……私が後悔したのは、過去のことなんです」
「どういうことだい」
困惑したような顔をするライリーを前に、リディアは「私、本当に甘ったれてた」と、自嘲気味に笑った。
――ファルから厳しいことを言われて“普通に生きてきた人に、何がわかるの?”って反発してた。自分の境遇ばかり嘆いて“何も知らないくせに、勝手なこと言わないで”って、あの日ファルに言ってしまったんだ。
「団長。私、ファルのことを誤解してました。何も知らないで勝手なことを言っていたのは……私のほう」
言い終えると同時に、リディアは上半身を丸めて顔を覆い、しゃくり上げていく。
どうしてあんなことを言ってしまったのか、とリディアは大粒の涙をこぼした。
「おいおい、泣くなよ。あいつが望んで突き放してるんだから、仕方ねぇだろうが。気にすんな」
穏やかなライリーの声に、リディアは冷静さを取り戻す。
ぐしぐしと涙をぬぐい、うなずいた。
「一体、私に何ができるんだろう。こんなんじゃ、何もできっこない……」
視線を落とし、落ち込んだまま動けなくなってしまう。
そんなリディアに、ライリーはそっと微笑みかけてきた。
「これからもアイツのそばにいてやってくれ。今はそれで十分さ。解決法はおれの方でも探しているしな」
「……おねがいします」
深々と頭を下げて、組んだ両手を祈るように強く握った。
「もう帰って寝ろ。未来なんてモンは、決まっちゃいないし、誰にもわからないんだ。アイツは運命を受け入れようとしてるようだが、おれは絶対に諦めない」
「はい……」
ライリーは立ちあがって歩みを進めてくるが、リディアは浮かない顔のまま座り続けている。
途端、右肩にずっしりと重いものが乗せられ、リディアは反射のように顔を上げた。
そこにはライリーが困ったような顔で笑っており、肩には大きくゴツゴツとした手が乗せられていた。
「笑え。おれがどうにかしてみせるから、な。お前さんがそんな顔をしていたら、小僧も皆も悲しむぞ」
――そうだ。本当に苦しいのは私じゃない。ファルも団長も辛い想いをしてるんだから、いつまでもうじうじしてちゃ、だめだ。
「すみません……今日はありがとうございました。ファルの件、よろしくお願いします」
リディアは立ちあがり、ライリーを見上げて笑う。
満面の笑みを見せたつもりだったが、その笑顔はぎこちなく不自然なものとなっていた。
――・――・――・――・――・――・――
リディアはとぼとぼと部屋に向かっていき、ドアノブに手をかけた。
部屋の中は真っ暗で、ソファの上にはファルシードが横になって眠っていた。
「ああもう、またこんなところで寝てる」
ランタンをフックにかけて、あきれたように笑う。
ここを通る際、数回に一回は彼がソファで眠っているのを目撃しているのだ。
部屋を見渡すと、以前貸した大判のタオルがベッドにかかっているのが目に入る。
「あのね、これ、あげたんじゃないんだよ」
リディアはそれを手にとって、眠るファルシードの横に立った。
「……ねぇファル。私、強くなるよ。もっと、もっと」
誓うように言葉を紡いだリディアは、ファルシードの身体にそっとタオルをかけていく。
それと同時に彼は唸り、端正な顔も苦しげに歪みだした。
「レオン……」
「え?」
目の前の光景にリディアは言葉を失って大きく後ずさりをし、彼の胸元に視線を送った。
――黒い、光?
ファルシードの左胸から青と黒の光が漏れだして、輝き出したのだ。
「ねぇファル! これ、何!?」
うろたえて声をあげるが、彼が目を覚ます気配はなく、リディアの左胸にある証までもが、共鳴するように光り出す。
二人から溢れる黄緑色の光と黒い光は次第に大きくなって混ざり合っていき、部屋の中一杯に満ちていった。