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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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知りたい理由

 落ち着きを取り戻したリディアは立ち上がり、甲板へと降りて廊下を進む。

 すると、団長室から人が下りてくるのが目にとまった。


「団長、こんな時間にどうされました?」

 何の気なしに問いかけると、ライリーは酒瓶を掲げて笑う。


「晩酌用の酒が切れちまってよォ。分けてもらおうと思ってな」


「うーん……船員室に行っても、分けてもらえないと思いますよ」


「そりゃまたどうして」


「レヴィさんが“必要以上に飲ませないで下さい”って皆に言ってまわってたので」


 リディアは、眉間にしわを寄せたレヴィの顔を思い出して、乾いた笑いを漏らした。


 航海士であるレヴィは“酔っ払って役に立たない時がある”と、ライリーの酒癖について嘆き、先手を打つようになったのだ。



「ったく、アイツは小姑(こじゅうと)かよ」

 ライリーは深く息を吐きながら頭を()いていき、リディアはくすくすと笑う。


「皆、団長のお身体の心配をしてるんですよ」


「ありがてェんだが、酒がねぇ夜ってのは、なんとも退屈なもんでよォ」

 ライリーは空の酒瓶を振りながら肩を落とし、リディアは“退屈”という言葉に耳を動かした。

 ファルシードの過去について、カルロが“団長から口止めされている”と言っていたことを思い出したのだ。



「あの、もしお暇でしたら、私と少しお話ししてくださいませんか?」

 前のめりになって尋ねると、ライリーは目を丸くしながら豪快に笑った。

 そうやって笑われる理由がわからないリディアは、おろおろとうろたえていく。


 ライリーはひとしきり笑った後に、にやつきながらリディアを見つめてきた。


「お前さんはおれと話がしたいんじゃなくて、小僧と(あかし)について知りたいんだろう。違うか?」


 心を読まれたことに動揺し、リディアの顔は瞬時に赤く染まり上がる。

「どうしてそれを……」


「カルロがおれに情報を寄こしてきたからさ。それにお前さんは、ちぃっとわかりやす過ぎるなァ」


「ううう……」

 したり顔を浮かべるライリーに、リディアは、いたたまれなくなってうつむいた。


「まぁ、立ち話もなんだ。おれの部屋に来い」


「すみません」

 リディアはぺこりと頭を下げていき、緊張しながら団長の後を追いかけていった。


――・――・――・――・――・――・――・――


「そこ座んな。茶や菓子は出せねぇが」

 

「そんな、お構い無く」

 二人は団長室へと入り、机をはさんで向かい合わせに座った。


 ライリーの部屋は相変わらず酒臭く、床には空き瓶が転がっている。

 あまりの数に、航海士でなくとも彼の身が心配になるのは仕方ないように思えた。



「証の件は知っているんだろう? 小僧が仕方なしに見せたと言っていた」

 ライリーは視線を落とし、小さく息を吐いて呟く。


「はい……」


「お前さんは何が知りたい。証についてか、小僧について、か」

 ライリーの表情は険しく、あまり口にしたくない話題だということが、うかがい知れる。

 それでもリディアは負けじとこぶしを握り、口を開いた。


「両方です。ファルに聞いても、何も教えてくれないんです」


「ま、そりゃそうだろうなァ。アイツは頑固だからよ」


「カルロさんに聞いても、団長から口止めされてるって言われて……」


「だからおれのところに来た、と」

 リディアはまっすぐにライリーを見つめ、無言のままうなずいた。


 もしライリーも口を(つぐ)むのならば、ファルシードの過去や証について、知ることはできないだろう。

 それがわかっていたリディアは、何としてでも教えてもらおうと必死だった。



「ま、理屈はわかったが、お前さんは証と小僧について知って、どうするつもりなんだい?」


「どうするって、どういうことです?」

 意味がわからず、眉を寄せていく。


「他人の過去や苦しみなんざ知ったところで、互いに辛くなるだけだろう。ただの興味なら……」


「興味だけじゃないんです!」

 リディアは立ち上がって大声を上げていき、ライリーはあまりの勢いに目を見開いてきた。


「すみません……」

 ぼそりと謝って再び椅子に腰かけると、ライリーは微笑むように目元を細めてきた。


「リディア、お前さんは小僧のことをどう見ている?」


 しばし考えた(のち)、リディアはたどたどしく語る。

「ファルは自分の考えをしっかり持っていて、揺らがない。強い人だと思います」


「まぁ、そうさなぁ」


「でも、時々悲しい顔をすることがある。なぜか他人(ひと)と距離を置いて、一人になろうとすることがある……」

 リディアは視線を落とし、スカートを握りしめた手をぼんやりと見つめた。


「ほう……」


「私はファルに助けてもらってばっかりで、何も返してあげられてなくて。もしもファルが困っていることがあるのなら、支えになりたいんです」

 わずかに震える声でリディアは言う。


 どんなに近づきたくても、ファルシードはそれを許してはくれず、常に一定の距離を保たれていることに、リディアは寂しさを感じていたのだ。



「私も……ファルに必要とされたいんです」


「そうか。そんなにも想ってもらえて、アイツは幸せモンだねェ」


「ひどいこともいろいろ言われたけど、ファルがいなかったら、きっと希望も見つけられなかった。だから、ちゃんと恩返しがしたくって」


「ふーん。恩返し、ねぇ。おれには、それだけじゃないようにも見えるが」

 ライリーは穏やかに微笑み、呟くように言ってくる。



「え……?」

 意味がわからず、リディアは小首を(かし)げた。

 リディアにとっては“恩返し”以外の目的は、何もないように思っていたからだ。


「まぁ、いいさ。そのへんはおいおいで」


「ええと、どういうことです?」

 きょとんとするリディアをライリーはくつくつと笑ってきて、リディアの疑問は深まる一方だった。



「いいぜ、リディア。教えてやるよ、昔アイツに何があったか。だが……」


「団長……?」

 ライリーの口が途端に重くなり、リディアの表情もわずかに緊張の色が増す。


「知らないほうが幸せかもしれねぇ。知っちまって後悔したって、もう遅いんだ。それでもいいのか」


 ライリーは不安げな表情でリディアを見つめてくる。

 リディアは口を真横に結び、大きくうなずいた。


「カルロさんが言ってました。知らないことと、なかったことは同じじゃない、って。どんなに苦しい話だとしても、私は知らないほうが辛いです」

 

「そうか……」

 ライリーは視線を落として微かに笑い、ゆっくりとファルシードの過去について語りはじめたのだった。

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