フライハイトの団員たち
「そうそう。あとこれは完全に余談ですが、盗賊以外の罪を背負っているのは、団員たちも同じだったりします」
「え……?」
予想外な言葉にリディアは目を見開いて言葉を無くしてしまい、カルロは、悲しげに微笑みかけてきた。
「バドはああ見えて、大貴族エヴァンズ家の長男です。後継ぎにさせられるため、朝から晩まで閉じ込められてネラ教の教えを叩きこまれ、傀儡のように扱われていました。夢や意思を語ることさえ、許されなかったらしいです」
静かに語られた言葉に、リディアの心は締め付けられるように痛んだ。
脳裏にふと、バドの声がよぎる。
――下らねーモンに縛られねぇで、俺だけの夢を探していこうって、あの時そう決めたのに……
裏切り者のビルを狙撃したバドは、苦しげな顔でそう話していた。
「だから、バド君“自分の夢を探したい”って……」
呟くようにリディアが言うと、カルロは困ったような顔で微笑んでくる。
「ええ。バドは親の言いなりにはなれず、心も未来も捨てられなかった」
リディアは無言のままうなずいて、きつく目を閉じる。
バドの過去が自分に重なり、一層強く胸が痛んだのだ。
リディアもバドと同じように、心を完全に滅することなどできず、望まれた役割を貫けなかった。
思うままに生きたいと渇望したところで、心を殺さなければ、存在を認めてはもらえない。
そんな環境に置かれてしまった苦しみを、リディアはよく知っていたのだ。
「バドは消されそうな“心”を守るために、父親に銃を向けて脅し、家から脱走したんだそうです。だからバドは、自分を救った“銃”という武器に固執するのかもしれません」
「そんなことが……」
リディアは、呟くように言う。
船の上でバドは、いつも人懐っこくしていて、明るく無邪気に笑っている。
だが、太陽のような笑顔の裏に苦しみが隠されていただなんて、リディアはこれまで思ってもみなかった。
波の音が二人の間を通り抜けていき、カルロはまた静かに息を吸い込んだ。
「そして、ケヴィンは孤児でした。彼の母は元々教師で、崖から転落して亡くなったのだそうです。“本を読みたがる祈りの巫女に、物語の読み聞かせをしてやりたい”と、母親が教会に相談した二日後に、ね」
「転落……それって事故、なんですか……?」
「さぁ? 本当のところはわかりません。禁忌を破ろうとした者の息子であるケヴィンは、町人から忌み嫌われ、肩身狭く生きていたようです。そんな彼は、バドと団長にスカウトされ、仲間に入りました」
「ケヴィンさんは何もしてないし、ケヴィンさんのお母さんだって、したのは提案だけだったんですよね? それなのに、忌み嫌うだなんて……そんなのひどいです」
リディアは、カルロを睨みつけるようにして言う。
カルロに怒るのはお門違いだと分かっていても、あふれ出る怒りのぶつけ先がわからなかったのだ。
カルロは、そんなリディアに苦々しく微笑みかけてきた。
「それほど、ネラ教の教えは根が深いんですよ。あとは……レヴィも、教会の海図に嘘があることを見抜いて不信感を募らせ、フライハイトに入団しています。口には出しませんが皆、様々な想いを抱えているんです」
「ファル、は……?」
リディアは恐る恐る、本題について切り出していく。
本人に聞いたところで、ファルシードは自分のことについて一切語ろうとしない。
ニナリア町を出てから何日もたっているのに、彼の持つ証についても、未だ何一つわからないままだ。
カルロなら何か知っているかもしれないと期待を寄せるが、彼は首を横に振ってきた。
「残念ながら、僕の口からは言えません。団長から“誰にも話すな”と、口止めされているんです」
「そんな……」
肩を落として、リディアはうつむく。
カルロも、申し訳ないとばかりに視線を落とした。
「こればかりはすみません。キャプテンについては、誰もが知る話ではないですし、簡単に言えるものではないんです」
「わかりました、無理を言ってしまってすみません……」
勝手に期待して、勝手にがっかりしてるだけだ。困らせてはいけない、とリディアはほんの少しの寂しさを混ぜながら、精一杯笑った。
「結局、お役には立てなかったかもしれませんね」
「そんなことないです! お話できて良かったです! ありがとうございました」
慌ててリディアが言葉を返すと、カルロは柔らかく微笑んできた。
「それならよかったです。あと、リディアさん。一つお願いがあるんですけど」
「はい、何ですか?」
カルロが頼みごとなど珍しい、と、不思議に思う。
食事係についてのことだろうかと考えるリディアに、カルロは人差し指を向けてくる。
指し示されたのは、リディアの肩にかけられたブランケットだった。
「今晩は少し冷えますし、見張りのバドにそれを渡してくれませんか。あと一時間見張りするのはきついでしょうから」