心を救った言葉
「これが僕らの出会いです。あの人には感謝しても、し尽くせません。自分が法外な組織に所属するなんて、思いもしなかったですけどね」
「……カルロさんは、生きのびて、ここに来たことを後悔しているんですか?」
苦笑いをするカルロに、恐る恐る尋ねる。
生に心をとらわれ、法を犯し、盗賊の船に逃げ込んできたのはリディアも同じことだ。
後悔はしていないものの“祈りの巫女であること”を貫けなかった結果、民から憎悪の念を送られるようになってしまった。
生きたいと望むたび、罪悪感が止めどなく沸き上がってきたりもする。
生から逃げないとは決めたものの、悩みは消えず、似た境遇であるカルロの考えも聞いてみたいと思ったのだ。
リディアの問いに、カルロは自身のあごに手をあて、考え込むような仕草を見せた。
「うーん。後悔……ですか。僕の場合は、あの時死んだほうがよっぽど後悔したかもしれませんね」
「それは、どうしてです?」
そうやって生を前向きに捉えられる理由が、リディアにはわからなかった。
人から憎まれて罪人扱いをされ、“死ぬべき存在”であり“生を望まれない人”が生きることは許されるのか、リディアは常に考えていたのだ。
それなのに、カルロはリディアと似た境遇にありながらも、生きることを決して恐れない。
以前からカルロを“不思議な人”だとは思っていたが、意見を聞いたことで、リディアはますます彼のことがわからなくなった。
「昔はね、後悔というか……むしろ、絶望しましたよ。全てを奪われた上、石まで投げられた。僕の生なんか誰にも望まれていないし、いっそのこと死んでしまおうか、と」
カルロの言葉に、リディアは無言のままうなずく。
生に価値を見いだせなくなってしまった彼の気持ちが、痛いほどにわかったのだ。
カルロは、視線を落とすリディアを心配そうに見つめてきて、再び口を開いた。
「ですが、そんな僕に、意識を取り戻したキャプテンが、こう言ってくれたんです」
「ファル!? 一体なんて……」
予想外な単語に、リディアの身体は小さく跳ねる。
目を丸くするリディアを見てきたカルロは、くすりと微笑みかけてきた。
「道が無数にあるのに“誇りに思えない死”をあえて選ぶのは、逃げに等しいと俺は思う、と」
「どういうことです……?」
「その死に誇りと意味を持てなくば、他人から嗤われようとも、無様に這いつくばってでも生きて、己の生の意味を見つけてみせろ。そう言われました。世界と自分を知り、未来を変える権利を持つのは、生者のみなのだから、と」
語られたファルシードの言葉は、リディアの心の奥へと入り込み、強く揺さぶってきた。
一見厳しいが、じつは温かい、そんな彼らしい言葉に、リディアの胸はじんと熱くなる。
「ファルが、そんなことを……」
「ええ。あの人は、絶望に落とされた僕の心を救ってくれました。大勢から疎まれ、憎まれた僕でも“生きていていいのだ”と、そう言われた気がして、嬉しかったんです」
カルロはまた優しく微笑む。
その笑顔はいつものようなどこか他人行儀なものではなく、心からあふれ出ているようで、美しく見えた。
「カルロさんが嬉しいと思う気持ち、わかります。私もそうでしたから」
禁忌に縛られず、ここで生きてみろ、と、かつて話してきたファルシードの顔が、頭にふと浮かぶ。
思い返してみれば、いつも救われてばかりだった、と、リディアははにかむように笑った。
「リディアさんも、教会に疑念があって逃げてきたのでしょう? でしたらせめて、その違和感が解消されるまでは、生きることを罪や悪だと決めつけないでください。与えられた使命に背いた自分を、いまは責めないであげてください」
「カルロさん……」
柔らかい声色で語られた言葉に胸を打たれ、涙を滲ませていると、カルロは強い瞳でリディアを見つめてきた。
「大勢や力のある者が是と言ったから是、否と言ったから否。それは半分正解であり、半分誤りでもあります。多数の意思や大きな力がからむと、嘘も真実とされてしまい、本当のことが見えなくなってしまうこともあるんです」
「当たり前と言われているからといって、それが正しいことだとは限らない。そもそも“おかしい法があるのかもしれない”ということですか?」
困惑しながらリディアが尋ねると、カルロは寂しげな表情を見せてきてうなずいた。
「ええ。僕ら民は、仕える主を間違えているのかもしれません。ネラ教は、不透明な部分が多すぎますし、あれがまっとうな宗教だとは、とても思えないのです」
「……そうかもしれません。心配してくださって、ありがとうございます」
リディアは呪縛から解き放たれたように、ほっとした顔で笑い、頭を下げる。
そして、輝く星空を見つめて口元を結び、こぶしを強く握った。
――やっぱり私は、真実を知りたい。祈りの巫女や教会、この世界、それに……ファルのことについても
強い意志をこめて、リディアは星に願いを託していく。
弱く頼りなかったペリドット色の瞳には、淡く光が映りこんでおり、次第に輝きを増していったのだった。