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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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心を救った言葉

「これが僕らの出会いです。あの人には感謝しても、し尽くせません。自分が法外な組織に所属するなんて、思いもしなかったですけどね」


「……カルロさんは、生きのびて、ここに来たことを後悔しているんですか?」

 苦笑いをするカルロに、恐る恐る尋ねる。

 (せい)に心をとらわれ、法を犯し、盗賊の船に逃げ込んできたのはリディアも同じことだ。


 後悔はしていないものの“祈りの巫女であること”を貫けなかった結果、民から憎悪の念を送られるようになってしまった。


 生きたいと望むたび、罪悪感が止めどなく沸き上がってきたりもする。

 生から逃げないとは決めたものの、悩みは消えず、似た境遇であるカルロの考えも聞いてみたいと思ったのだ。



 リディアの問いに、カルロは自身のあごに手をあて、考え込むような仕草を見せた。


「うーん。後悔……ですか。僕の場合は、あの時死んだほうがよっぽど後悔したかもしれませんね」


「それは、どうしてです?」

 そうやって生を前向きに捉えられる理由が、リディアにはわからなかった。


 人から憎まれて罪人扱いをされ、“死ぬべき存在”であり“生を望まれない人”が生きることは許されるのか、リディアは常に考えていたのだ。


 それなのに、カルロはリディアと似た境遇にありながらも、生きることを決して恐れない。

 以前からカルロを“不思議な人”だとは思っていたが、意見を聞いたことで、リディアはますます彼のことがわからなくなった。



「昔はね、後悔というか……むしろ、絶望しましたよ。全てを奪われた上、石まで投げられた。僕の生なんか誰にも望まれていないし、いっそのこと死んでしまおうか、と」


 カルロの言葉に、リディアは無言のままうなずく。

 生に価値を見いだせなくなってしまった彼の気持ちが、痛いほどにわかったのだ。


 カルロは、視線を落とすリディアを心配そうに見つめてきて、再び口を開いた。

「ですが、そんな僕に、意識を取り戻したキャプテンが、こう言ってくれたんです」


「ファル!? 一体なんて……」

 予想外な単語に、リディアの身体は小さく跳ねる。

 目を丸くするリディアを見てきたカルロは、くすりと微笑みかけてきた。



「道が無数にあるのに“誇りに思えない死”をあえて選ぶのは、逃げに等しいと俺は思う、と」


「どういうことです……?」


「その死に誇りと意味を持てなくば、他人から(わら)われようとも、無様(ぶざま)に這いつくばってでも生きて、己の生の意味を見つけてみせろ。そう言われました。世界と自分を知り、未来を変える権利を持つのは、生者のみなのだから、と」


 語られたファルシードの言葉は、リディアの心の奥へと入り込み、強く揺さぶってきた。

 一見厳しいが、じつは温かい、そんな彼らしい言葉に、リディアの胸はじんと熱くなる。



「ファルが、そんなことを……」


「ええ。あの人は、絶望に落とされた僕の心を救ってくれました。大勢から(うと)まれ、憎まれた僕でも“生きていていいのだ”と、そう言われた気がして、嬉しかったんです」


 カルロはまた優しく微笑む。

 その笑顔はいつものようなどこか他人行儀なものではなく、心からあふれ出ているようで、美しく見えた。

 


「カルロさんが嬉しいと思う気持ち、わかります。私もそうでしたから」

 禁忌に縛られず、ここで生きてみろ、と、かつて話してきたファルシードの顔が、頭にふと浮かぶ。


 思い返してみれば、いつも救われてばかりだった、と、リディアははにかむように笑った。



「リディアさんも、教会に疑念があって逃げてきたのでしょう? でしたらせめて、その違和感が解消されるまでは、生きることを罪や悪だと決めつけないでください。与えられた使命に背いた自分を、いまは責めないであげてください」


「カルロさん……」

 柔らかい声色で語られた言葉に胸を打たれ、涙を滲ませていると、カルロは強い瞳でリディアを見つめてきた。


「大勢や力のある者が()と言ったから是、()と言ったから否。それは半分正解であり、半分誤りでもあります。多数の意思や大きな力がからむと、嘘も真実とされてしまい、本当のことが見えなくなってしまうこともあるんです」



「当たり前と言われているからといって、それが正しいことだとは限らない。そもそも“おかしい法があるのかもしれない”ということですか?」


 困惑しながらリディアが尋ねると、カルロは寂しげな表情を見せてきてうなずいた。


「ええ。僕ら民は、仕える(あるじ)を間違えているのかもしれません。ネラ教は、不透明な部分が多すぎますし、あれがまっとうな宗教だとは、とても思えないのです」


「……そうかもしれません。心配してくださって、ありがとうございます」

 リディアは呪縛から解き放たれたように、ほっとした顔で笑い、頭を下げる。

 そして、輝く星空を見つめて口元を結び、こぶしを強く握った。



 ――やっぱり私は、真実を知りたい。祈りの巫女や教会、この世界、それに……ファルのことについても


 強い意志をこめて、リディアは星に願いを託していく。

 弱く頼りなかったペリドット色の瞳には、淡く光が映りこんでおり、次第に輝きを増していったのだった。

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