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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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彼らの出会い

血なまぐさい描写があります。

苦手な方はお気をつけ下さい。

「ごめんなさい、嫌なことを思い出させてしまって」

 申し訳ないとばかりにリディアが縮こまると、カルロは誤魔化すように笑う。


「いいんです。忘れてはならない大切な記憶なので。それに……」


「……どうしました?」

 もったいつけるようなカルロに、リディアは首をかしげる。


 わずかに顔を強張らせたカルロは、シャツの上から自身の左腕をさすりはじめた。


「この話にはまだ、続きがあるんです。キャプテンについての、ね」


――・――・――・――・――・――・――


 それからカルロは、過去の出来事について淡々と語ってきた。

 あまりにも凄惨(せいさん)で壮絶な過去に、リディアの顔は凍りつき、青白くなっていた。


「そ、んなことって……」

 カルロの話が一段落し、リディアが絞り出した声は、ひどく震えている。

 衝撃から、まともに彼の顔を見ることさえできずにいた。


「僕は、こんな物騒な作り話を女性にするような男じゃありません」

 カルロはシャツの(そで)を、ゆっくりとめくっていき、さすっていた左腕を(あらわ)にしてくる。


 リディアは、うっと顔を歪ませた。

 前腕(ぜんわん)に、肉が盛り上がって(あと)になっている傷があったのだ。



「刺された時の、ですか……?」

 リディアの問いに、カルロは無言のままうなずく。

 そこにいつもの笑みはなく、かつて心に受けた傷の深さを感じさせた。


 憎らしげに傷を睨みつけたカルロは、それを一撫でし、ぎり、と歯噛みする。

「僕はね、(これ)を見るたびに思うんです。この世界は何かがおかしい、と」



 カルロが語ってきた“続き”の話……それは“撃たれた父を背にして、逃げてしまった”という言葉から始まった。


 戦う(すべ)もないカルロは震える足で町へと逃げたのだが、ネラ教会が絶対であるこの世界で、逃げる場所などあるはずもない。

 ネラ教の信者たちも、教義に背くシュバリー一家を許してはくれず、カルロは捕らえられてしまったのだそうだ。


 抵抗したカルロは、広場で(はりつけ)にされ、(さげす)みの視線を送られた。

 村人たちから罵倒され続けるカルロを前にし、エドガー司祭は民を先導するように、こう言ったのだそうだ。


 「悪魔に魅入られたシュバリー家を、決して許してはならぬ。悪魔を滅せよ」と。


 エドガー司祭は、取り出したナイフでカルロの腕を刺して民を(あお)り、その場を去ったようで、指示通りに同郷の民は石をぶつけたり殴ったりしてきたらしい。


 “あの日はずいぶんと惨い仕打ちを受けました”とカルロは小さく息を吐き、二人の話は一区切りを迎えていた。



「ひどい……村の人もなんで、そんなことしたの……?」

 泣き出しそうな顔でリディアがうつむくと、カルロは袖を元に戻し、自嘲気味に笑う。


「村人たちが信じてしまうのも、仕方がなかったのかもしれません。古代文字の研究は、暗黒竜(ジェリーマ)復活のためだ、と、こじづけられてしまいましたし、ネラ教の教えは、民にとって“絶対”ですから」


「でも、だからって……」


「リディアさんは、優しいですね。大丈夫。僕はシルヴァ村の皆を憎んではいませんから。ただ、悲しかったですけどね」


「カルロさん……」

 寂しげな微笑みに何も言うことができず、ただ胸を痛めることしかできない。

 リディアは自分の無力さを呪った。



「古代文字に関することのほか、()われのない罪までもかぶされた僕ですが、いよいよ足元に油がまかれ、火あぶりで処刑されそうになりました」


 火あぶり、という物騒な単語に、さぁっと血の気が引いた。

 無事だったというのはわかっているが、恐ろしさのあまり、ぶるりと身体を震わせる。

 一瞬にして表情が変わったリディアの様子がおかしかったのか、カルロはくすくすと笑い、再び口を開いた。



「そんな時、聞き覚えのない声がしたんです。“司祭の言葉は真実か?”と」


「もしかして……それがファルだったのですか?」


「ええ」

 カルロは、にこりと微笑みかけてくる。

 穏やかないつもの笑顔にリディアは、ほっと胸を撫で下ろしていった。

 仲間が苦しむ顔など、これ以上見たくはなかったのだ。



「僕は“父は純粋に歴史を知りたくて、古代文字を学んでいただけなのだ”と、力の限り答えました」


「それで、どうなったんですか?」

 興味津津なリディアに、カルロは兄のように微笑みかけてきて、続きを語ってくる。


「人垣の向こうで、キャプテンは“(せい)の代償に賊と呼ばれ、憎まれる覚悟はあるか”と問うてきました。僕は、それに必死にうなずきました。あんなところで、死にたくはなかったんです」



 カルロが言うには、その後ファルシードはどこからともなく漆黒の(こん)を取り出して、広場を駆けたのだそうだ。

 立ちはだかった者たちの合間を縫うたび、一つ、また一つと(うめ)き声が響き、地面には、痛みに(もだ)える信者たちが転がったのだ、とカルロは話した。



「それで、ファルがカルロさんを助けてくれたんですね」

 ほっとして微笑むリディアだったが、カルロはなぜか苦笑いを浮かべてくる。


「それがですね、生と死の狭間に置かれた僕は、おかしくなっていまして。黙っていればよかったのに、つい余計なことを口走ってしまったんです」


「余計なこと?」


「“古代文字を知られたくないのは、何か隠したい真実があるからではないか”と。そして、僕はこうも言いました」


 きょとんとしているリディアなどお構いなしとばかりに、カルロは冷笑を浮かべて、再び口を開いた。

「こんなカルト教など、クソくらえ、とね」


 ぎょっとして、目を大きく見開く。


 かつて、ミディ町のハンス司祭が口癖のようにこんなことを言っていた。

 ネラ教だけが真実であり、他は全て“カルトである”と。


 民にとってもそれは共通認識で、決して反論は許されない。

 それなのに真っ向から教会を否定する人がいたことに、衝撃を受けたのだ。



「ええ。そんな顔されるのもわかります。今思えば大馬鹿でした。侮辱に激昂したネラ教徒が、僕を(くわ)で殺そうとしてきたんです」


「だ、大丈夫だったんですか……?」

 恐る恐る尋ねると、カルロは頷いた。


「鍬を振り上げてきた瞬間、突然夜を迎えたかのように、闇が僕の周りを包んできたんです」


「闇……?」


「ええ。辺りは混乱に陥り、騒然としていました。ですが、やがて短いうめき声と共に、しんと静かになったんです」


「どういうことですか?」


「僕にもわかりません。キャプテンはああいう人なので教えてくれませんしね」

 カルロは困ったような顔で笑い、リディアも彼と似た表情を浮かべた。


 「そして」と彼はまた、続きを話し出す。


夜闇(やあん)の幕を取り去ったかのように視界が開けまして、僕は恐ろしいことに気付いたのです」


「一体、何があったんです?」


「……広場の者たち全員が意識を失い、地面に倒れていました。立っていたのは黒髪の男だけ。しかも、息は荒く、顔も青ざめ、今にも倒れそうにふらついていました」


「ファルが何かした、ってことですか?」


「恐らくは」


 リディアは口元に手をあてて、考え込む。

 証について思い出し、“呪い”と“裁き”その言葉が頭をめぐる。


 ――もしかして、ファルが魔力を使って気絶させた、ってこと……?


 魔力を持つという祈りの巫女や神の使いだが、使い方など誰からも教わらない。

 使用を禁じられていることもあり、魔法は使えるものだという認識もなかった。


 思考はめぐり、視線を落として唸り続けていく。

 そんなリディアを見つめてきたカルロは、自身の過去の物語について、こう締めくくった。


 「闇の真相はわかりませんが、キャプテンは僕を解放し、崩れ落ちるように倒れました。“港にいるライリーの元へ向かえ”そう言い残して」――と。

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