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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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罪とは何か

 なぜファルシードはあんなにも、ネラ教会を憎んでいるのか。

 証と関係しているのだろうかと、リディアは彼の横顔を見やり、困惑する。


 バドに銃を返したファルシードは、怒りのオーラとでも言えるような迫力を放ち、海面に滲んだ血を見つめていた。



「あの、カルロさん……」


「はい、なんでしょう?」

 感情の読めないいつもの笑顔にたじろいだが、負けじとリディアは口を開く。


「今日の夜、二人で少しお話しませんか」



 カルロがあの証について知っているかは不明だが、エドガー司祭とカルロ、カーティス大神皇とファルシードの間に何かがあったというのは明らかだ。

 ファルシードに聞いたところで無駄だと学習したリディアは、カルロにアプローチをすることにしたのだ。


「僕と話……? もしかして、キャプテンのことで、ですか」

 考え込む仕草を見せたカルロは、また穏やかな笑みを浮かべた。


 考えが筒抜けだったことにリディアは苦い顔をし、カルロは、くすくすと楽しそうに微笑む。


「いいですよ。その代わり、僕が言える範囲での話にはなりますけど」

 その言葉にリディアは視線を上げていき、表情も明るいものへと変わった。


「ありがとうございます!」


「どういたしまして。人気(ひとけ)のない場所で二人きりだとおかしな噂がたちかねませんので、夕食の三十分後にメインマストの下に集合でどうです?」


――・――・――・――・――・――・――


 夜が訪れ、リディアは部屋の扉を開ける。

 時刻は夜八時。カルロとの約束の時間だ。


 ランタンをかざすが、ファルシードの姿はない。

 団長室か船員室に行っているのか、運よく不在だったようだ。

 リディアはホッと胸を撫で下ろして部屋を出て、暗い階段を上がっていった。


 歩みを進めるたびに、秘密を知ろうとする罪悪感が現れ、リディアはそれを震える足で踏みつける。


 ――何も知らないままじゃ、恩返しなんていつまでもできっこない。“何か”を一人で抱えている貴方に、ちゃんと近づかなきゃいけないんだ。



 興味本位な面も否定はできないが、リディアは恩人であるファルシードの力になれたら、と思っていたのだ。



 甲板に出ると、すでにカルロはメインマストの柱の前におり、手を振ってきた。

 波音が静かに響き、頭上には無数の星が(きら)めいている。

 闇の中にいる船は星空の中心に浮かんでいるようにも見えた。



「カルロさん、お時間取らせて、すみません」


「いえいえ、お気になさらず。その格好じゃ冷えるでしょう、どうぞ」

 カルロは薄手のブランケットを手渡してきて、リディアはそれを受け取った。


「何から何まで、本当にすみません」

 申し訳ないと頭を下げると、カルロは穏やかな笑みを浮かべていた。



「それで、僕に聞きたいことって何ですか?」

 その問いに、うっと言葉に詰まる。

 聞きたいことが多すぎる上、証のことをどこまで聞いてよいのかもわからない。


「あ、あの、ええと。カルロさんとファルって、エドガー司祭とどういう関係なんですか?」


 質問が遠回り過ぎた、と後悔するリディアだったが、すぐにそれも忘れて目を見開いた。

 いつも穏やかなカルロが微笑みを消し、怒りと憎しみを感じさせる険しい表情になっていたのだ。

 

「……エドガーは、僕の全てを奪った男の名ですよ」


「全てを、奪った……?」


「アイツさえいなければ……」

 カルロは、ぎり、と歯を食いしばり、血管が浮き出るほど強くこぶしを握っていた。


「あの、カルロさん?」

 リディアがカルロの顔を覗き込むと、彼は自身の頭を押さえ、誤魔化すように笑う。


「すみません。気が高ぶってしまいました」


 ふるふるとリディアは首を横に振る。

 その様子に安心したのか、カルロは再び口を開いた。


「エドガーやキャプテンの話の前に、まず僕の話、聞いてくれます?」


 その問いに不安げな表情を浮かべてうなずくと、彼は柔らかい声色で昔語りをはじめた。



「僕の父は数少ない歴史学者でね。古代文字について調べていました」


「でも、古代文字や古代言語は“知ろうとすること自体が罪”なんじゃ……」


「ええ。だから、家族以外の誰にも内緒で解読を進めていたんです。“過去に学ぶことがいま生きる者の努めだ”というのが父の口癖でね。学者として、知りたい想いは抑えられなかったんでしょう」


「それで、解読は、出来たんですか……?」

 恐る恐る問いかけると彼はうつむき、静かに首を横に振った。


「ネラ教会に、勘付かれました」

 カルロの言葉に、リディアは視線を泳がせる。

 聞いてはならないことを聞いてしまった、と思ったのだ。


 法を犯した者には、拘禁や降格、拷問といった相応の罰が下っているはずであり、カルロの父も何かしらの刑を受けたはずなのだ。

 口を(つぐ)むリディアに構うことなく、カルロは再び口を開いていく。


「五年ほど前でしたかね。家のドアを開けると、エドガーが父に銃を向けており、床には母と妹の亡骸(なきがら)が転がっていました。僕には状況を理解する間も与えられず、父はほどなくして、ここを撃たれました」

 カルロはトンと自身の眉間をつつき、朗読でもしているかのように淡々と語った。



「そんな……嘘ですよね」

 リディアは青ざめた顔で震える。


「これが嘘であれば、どんなにいいか。父の最期の表情は恐怖で引きつり、銃口を向けたエドガーは……ケタケタと(わら)っていました。僕は、絶対にアイツを許さない……!」


 奥歯を噛みしめるカルロからは憎しみや怒りがひしひしと伝わってきて、リディアは言葉を見つけられないまま立ち尽くした。



 しばしの沈黙が二人を包んだ後、うつむくリディアの頭上から柔らかい声が聞こえてくる。


「リディアさん。“歴史や真実を知りたい”と願うことの、何がいけなかったのでしょう。貴女も父の探究心は、罪だと思いますか?」


「ええと……」

 その問いに、答えることはできなかった。


 過去のリディアなら“罪だ”と答えたことだろう。

 だが、長い間に培われた常識がここ数十日で崩れ、何が罪で、何が正しいのか、リディアにはわからなくなっていたのだ。



「僕はね、父を罪人だとは思いません。未だ推測の域を出ませんが、ネラ教会にとって不都合な歴史が、古代文字で記されているような、そんな気がするんです。誰もが“知りたくなかった”と思うような真実が、ね」


「知りたくないと思う真実って、一体何なんですか?」

 おずおずと尋ねると、カルロは“さぁ?”と言わんばかりに肩をすくめた。


「情報が少なく、答えは僕にもわかりかねます。ですが、知らないほうが良い歴史など、この世にひとつもないと思うんです。たとえ、真実が明らかとなることで、苦しみや憎しみを生み出す結果に繋がるのだとしても」


 無言のままリディアは、不安げにカルロを見つめていく。

 一方のカルロは悲しみが混ざったような顔でそっと微笑み、口を開いた。


「だって……真実を知らないということと、何も無かったということは、同じじゃないんですから」

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