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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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自由を奪う蛇

 それからリディアは、ますますファルシードの部屋に入り浸るようになった。

 これまで抑圧されていた反動からか、片っぱしから本を読み続けていたのだ。


 読書の合間にも証についてしつこく聞いたが、ファルシードが堅い口を割ることはなかった。

 散々付きまとってようやく聞き出せたことは、左胸にある証が『裁きを司る証』で『呪いじみたものだ』ということだけだ。



「裁きと呪い、か……」

 甲板に出て呟く。

 塩辛い風がそっと吹き付けてきて、リディアの髪を撫でてくる。


 遠い視線の先には、ファルシードがいた。

 船首甲板で居眠りをするノクスの隣に立ち、一人で空を見上げている。


 ――そういえば初めて会った日、バド君が“よく空を見ているのはどうして?”と、ファルに問いかけていたっけ。


 ファルシードを見つめながら、思い返す。


 ――それでファルは、なんて答えた? ……ああ、思い出した。“海上で空を見ると、一番の自由を手にした気がする”って恩人が言ってて。だから同じように空を見てるんだ、って返してたんだ。



「ねぇ。“自由”って何だろうね……」

 遥か遠くにいるファルシードの背中にそっと問いかける。


 あの日、ファルシードは“未だにその意味がわからない”と言っていた。


 もしかすると、胸に輝く(あかし)のせいで見つけられないのだろうかと考える。

 ネラ教会に追われているリディアも自由の身とは到底言えず、世界で一番の自由がどんなものなのか、よくわからないままなのだ。

 

――・――・――・――・――・――・――・――


 突如として、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 慌てて見張り台を見上げると、ケヴィンが鐘を叩き、大声を上げている。


「進行方向にモンスターの影あり! 定位置につき、団長の指示を待て!」


 鐘の音とケヴィンの声に、団長と航海士であるレヴィがどこからか飛び出してきて、船尾甲板へと駆け上った。


「野郎共、とっとと位置につけ! ひとまず出方をうかがう。落水には注意しろよ!」


 団員たちは「アイ・サー」と声高に返事をして甲板を駆け、舵棒と、帆を操るロープの前に位置どったり、大砲の弾を運んだりしていた。


 一方、ノクス以外のモンスターを見たことがないリディアは、おろおろとうろたえていた。


「どうしよう、私、何をしたら……」


「リディアさん。大丈夫ですから、貴女は僕とここで待機しましょう」

 柔らかい声に顔を向けると、そこにはカルロがいた。


「あの、モンスターって……」

 恐る恐るリディアが問いかけると、カルロはにこやかに微笑みかけてくる。


「大型の生物で、人を襲う種のことですよ」


「それは知ってるんですけど、どこに……?」

 進行方向に影と言われて船首を見たのだが、どこにもそんなものは見えなかったのだ。



「うーん。あれでしょうね、きっと。気取られたのを察知したのか、移動したみたいです」

 カルロは右舷(うげん)方向を指差し、あっけらかんと言う。


 じっと目を凝らして見つめたリディアは顔面を蒼白にさせ、わなわなと震えて慌て出した。


「あ、あああああれって、大きすぎですから!」


 海面が何者かに押され、徐々に盛り上がってきている。

 それに伴い、波が押し寄せて船が揺れはじめ、リディアはおぼつかない足元で必死にバランスをとっていった。


「よし、弾を込めろ!」


「アイサー!!」


 ライリーの大声と団員たちの声が聞こえる。

 こんなにも緊迫感に溢れる団員たちを見たことがなく、リディアの(ひたい)からは冷たい汗が垂れていく。


 巨大な怪物の影を目の当たりにしてしまった以上、大丈夫だなんて、とても思えない。

 そう思いながら隣に立つカルロを見上げると、彼は楽しげな顔で笑っていた。



「いま必死に弾込めてますけど、使わないまま終わるでしょうね。あれは海蛇(ウミヘビ)だと思うんで、キャプテンが全部済ませちゃいますよ」


「それってどういう……」

 意味ですか、と尋ねようとした途端、意気込んだ様子のバドが甲板に躍り出てきた。


「うっし、久々のモンスター! 俺がいっちょカッコいいとこ見せてやるっス。さぁ、出てこい!」

 バドは腰をわずかに落として、海面を見やる。


 すると、ほぼ同時に海面が山のようにせり上がり、人を丸飲みできそうなほど巨大な海蛇が現れた。

 水飛沫(みずしぶき)と揺れとが、船を襲いくる。

 団員たちは皆、重心を落としたり、手近にあるものに捕まりそれに耐えた。


 巨大な海蛇のオリーブ色の瞳は、獲物を見定めるように鋭く光っている。

 甲板にいる団員たちを見やり、美味しそうだとでも言わんばかりに口を開いた。

 シュルシュルという音と共に、鋭利な牙と二又に分かれた舌が現れ、リディアはぞわりと体を震わせる。

 死を予感させてくるモンスターの恐ろしさとおぞましさに、全身の血が引く感覚がしたのだ。



 一方で、バドは恐怖を感じていないのか、前歯を見せて得意気に笑っていた。

「今回は巨大海蛇だな! ようし、先制攻撃は俺が……」


 バドはももに固定している銃に手を伸ばすが、それと同時にファルシードがバドのそばにやってきて、口を開いた。


「借りるぞ」


「え、ちょっとキャプ」

 バドが言い終えるよりも早く、ファルシードはバドの銃を奪い取り、数発、弾を放つ。


 恐らく特殊な弾だったのだろう。

 ヘビの(のど)で爆発が起こり風穴が開く。



「おい、ノクス」

 ファルシードの声に、昼寝をしていたはずのノクスは起き上がり、羽を広げた。

 手首をくい、と動かして合図をされた途端、ノクスの瞳は金色へと変わり、顔つきまでも狂暴なものへと変化する。


 歓喜するように(くちばし)を開いたノクスは、モンスターとしか思えぬ金切り声をあげて羽ばたき、海蛇に突撃する。

 海蛇は鋭い爪と嘴で容赦なく肉を引きちぎられて暴れていたが、やがて大量の血を海面に滲ませながら、沈んでいった。



「リディアさん? あの、リディアさんってば。ぼおっとしちゃって、大丈夫ですか」


「あ、ええと、ちょっとびっくりしちゃって」

 カルロの声に、我に返ったリディアは顔をひきつらせて笑う。

 ノクスもファルシードも自分の知っている姿とは大きく違って見えたのだ。


 大砲の弾を運んでいる最中だった団員は、リディアの隣で足を止め、苦笑いを浮かべた。


「キャプテンとノクスのヘビ嫌いは、度を超えているからなぁ。仕方ないさ」

 

「まぁ、カーティスのせいでしょう。あの人いつもヘビ連れてるらしいですから」

 カルロは呆れたようにため息をついた。


「え! カーティスって、ネラ教のトップの……」

 ぴくりと身体を動かしてカルロを見やる。


 ――そういえば、エドガー司祭に“カーティスに伝えておけ”とファルは言っていたような気がする。


 難しい顔をするリディアを見つめてきたカルロは、にこりと微笑んで口を開いた。


「ええ。カーティスは若くして大神皇(だいしんのう)の地位につき、ネラ教会のトップに君臨している者の名です」

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