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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第三章 裁きと呪い
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ようやく叶った願いごと

 いいようにあしらわれたリディアは本を抱きしめたまま、その場で座り込んでいた。

 借りた本をどうしたものかと悩んでいたのだ。



「なんだ、いつまでも男の部屋に居座って。襲われてェのかよ」


「違うよ!」

 呆れたようなファルシードに、リディアはまた顔を赤くさせて、たどたどしく反論をはじめた。


「あの、私ね、ええと……文字がね、その、読めないの」


「は!? あんなデカイ町に住んでて、文字を知らねェのか」

 ファルシードは信じられない、とでも言いたげな目で見おろしてくる。

 辺境の村の住人や孤児ならまだしも、それなりの生活水準にあった者が文字を読めないなど、聞いたことがなかったのだろう。



「仕方ないでしょ、教えてもらえなかったんだもん」

 しょんぼりと視線を落とし、本を強く抱きしめた。

 識字率が高いこの世界で、文字が読めないのは異常だということは、リディア自身もわかっていたのだ。


「教えてもらえない、だと」


「うん。何度頼んでも“巫女に文字は不要だ”って断られたの。(とお)も年下の子ですら本を読めるのに、私は読めないんだよ。恥ずかしくて、寂しくて、すごく……つらかった」

 過去の日々を思い返したリディアは、悲しみが混ざった笑みを浮かべた。



「……なるほど」

 リディアの話を聞いたファルシードは、忌々しいとでも言いたげな表情で小さく息を吐く。


「どうしたの?」


「恐らく、反逆を防ごうとしたんだろう。巫女に伝達手段や知識を与えず、囲うことで、な」

 ファルシードの推測に、リディアは自嘲するように笑い、うなずいた。


「言われてみれば、確かにそうかもしれないね。……この本、残念だけど返すよ。私には、読めないから」

 部屋へ戻るために立ちあがろうとすると、ファルシードは「待て」と制してきた。


「そこにいろ」

 彼は本棚へと向かい、一番下にあった木箱を取り出していく。


 リディアには、ファルシードが何をしようとしているのか皆目見当もつかず、無言のまま彼の背中を見つめ続けた。



「確か、ここに……ああ、やっぱりそうだ」

 古ぼけて色もさめた木箱を抱え上げたファルシードは、それをリディアの前にどすんと音を立てて置いてきた。


 辺りにホコリが舞い、リディアは思わず咳込んでしまう。

 どうやら、ずいぶんと長い間置きっぱなしになっていたようだ。


 ファルシードがホコリを払い、フタを持ち上げると同時にリディアは中を覗きこむ。


「これって、絵本?」

 そこには大量の絵本や子ども向けの本が詰め込まれていた。



「文字を知らない団員は、これで字を学んでいる。これなら見ているうちに覚えられるだろう?」

 ファルシードの言葉にリディアは絵本を手に取り、心を躍らせながらページを開いていく。

 そこには、笛や、ネコ、りんごといった様々な絵が描かれており、その下に文字が書かれていた。


 リディアは絵本を食い入るように見つめ、文字を指でなぞりながら、一つ一つ言葉を呟く。

「これは、ふ、え。こっちは、ね、こ……」


 そして、全部を読み上げた後に夢中で次のページをめくった。

 そこに絵は描かれておらず、文字だけが書かれている。


「この字、さっき見た気がする。確か笛のふ、とネコのね。船、だ! すごい、私でも文字が読めたよ。ファル、ありがとう!」


 勢いよく顔を上げたリディアは、きらきらと目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。


 ファルシードは、幸せそうに笑うリディアを、じっと見つめてくる。

 彼はどこかぼんやりとした瞳をしていたが、視線が交わった途端、ぴくりと身体を動かしていた。



「どうしたの?」


 ファルシードが、はっと一瞬息を飲んだように見え、尋ねる。

 普段とはどこか違うファルシードの瞳に、リディアは首をかしげていく。


 すると、彼は何かに耐えるような顔をしたかと思うと、どこか寂しげな顔をして微かに笑い、立ちあがった。


「いや、何でもない」

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