縮まらない距離
次にリディアはファルシードを探して部屋へと向かい、恐る恐るドアを開ける。
そこにはソファに腰かけて、ルーペを覗くファルシードがいた。
机の上に指輪やネックレス、宝石や懐中時計といった金目のものが置かれているところを見ると、どうやら鑑定をしているようだ。
「それ、昼間の……」
ファルシードが手に取ったネックレスに、リディアは覚えがあった。
町で騒いでいた貴婦人が首から下げていたものに、よく似ていたのだ。
「ああ。アイツはいいカモだった」
「次の町で売るの?」
リディアの問いに、彼はネックレスとルーペを机の上にそっと置いた。
「いや、しばらくノクスに預けておく」
「ノクスに!?」
予想外の返答に声を荒げるが、一方のファルシードは眉を寄せてきた。
「何がおかしい。グリフォンは巣に宝石をため込む習性がある。宝物庫の番にはうってつけだろうが」
「宝物庫? そんなのあったっけ……」
いくら考えてみても、そんな場所があった記憶はない。
「行き方は聞かないほうがいい。死にたくなきゃな」
「もしかして、入口が落ちそうな場所にあるの?」
「いや。三年前、盗みを働こうとした新人が、ノクスに食い殺された。宝物庫から金品を取り出せるのは、ジィサンか俺だけだ」
「食い殺された、って……」
その光景を想像したリディアは、ぞっと身をすくませた。
失念していたが、ノクスは人を襲うグリフォンという怪物なのだ。
そして、周りの男たちは堅気ではなく、全員盗賊。
よく考えたら自分はすごい場所にいるんだなと、リディアは苦笑いをした。
「それで、俺に何か用か」
ファルシードはリディアを睨むように見つめてくる。
あまりの威圧感にリディアは、ぶるりと震えた。
「ファル、今日は本当にごめんなさい」
「謝罪だけで終わらす気じゃねぇだろうな」
咎めるような言葉に罪悪感が増し、唇を噛みしめながら視線を落とした。
「そうだよね、私のせいで皆が危険に……」
「疑わない純粋さは美徳かもしれないが、それで捕まってりゃ世話ねェぞ。少しは他人を疑え」
失意のどん底にいるリディアだったが、ファルシードは優しさを与えてはくれない。
厳しい口調と鋭い視線で、さらに追い打ちをかけてきた。
「はい……本当にごめんなさい」
今にも泣き出しそうなリディアを見てきたファルシードは、困ったような顔をして息を吐き、酒へと手を伸ばしていく。
「俺は、謝罪の言葉が欲しいわけでも、お前に罰を受けさせたいわけでもない」
だったら私に何を望んでいるの――と、リディアは困惑する。
ファルシードはいつも言葉が少ないため、言いたいことが分かりづらいのだ。
「済んだことを嘆くなんざ、時間の無駄でしかない。次、同じようなことがあった時の対処法を考えておけば、それで十分だ。毎度助けてやれる保証もねェし、自衛するに越したことはないだろう」
「次って言ったって、もしネラ教会にバレてたら……」
「たらればで悩んでても仕方ねぇだろうが。生きてさえいりゃ、何事もどうにかなる。それに……」
「それに……?」
「説教なんざ、ジィサンのガラじゃねェんだから、二度とさせるな。話は以上」
そう言って、ファルシードはぐいっと酒をあおっていった。
言葉は厳しくとも、自分を思ってくれる上司や仲間の存在に、じんと胸が熱くなる。
リディアは嬉しさのあまり、泣き出しそうな顔で笑った。
「ありがと、フライハイトの団員になれて本当に良かった。あのね、祈りの巫女と世界について知るまで教会には戻らないって、決めたよ」
明るい声で言うと、ファルシードは満足気に口角を上げた。
「そうか」
短い返事に、リディアもにこりと微笑んでうなずく。
「おかげさまで、なんだかスッキリした。それでね、その渦と剣の証……」
リディアは言葉を続けていこうとするが、彼の表情が途端に険しいものへと変わったのを見て動揺し、慌てて口をつぐむ。
「リディア、あまり深入りするな。互いに面倒事が増えるだけなんだからよ」
その言葉に、ずきりと胸が痛んだ。
恋人同士とはいえ、それも名ばかりで、偽りの関係でしかないことを実感する。
“お前は他人だ”ということを、突き付けられているような気持ちになり、心が苦しくなった。
深入りするなと話すファルシード。
彼はどこか遠い目をしていて、リディアにはなぜか、知らない男のように思えてしまい、ひどく胸がざわついたのだった。