おかえり
五人の盗賊は夜道を進み、ようやく港へたどり着いた。
深夜に出港しようとする酔狂な者はいないようで、あたりはしんと静まり返り、波の音だけが響いている。
やがて、ぽうっと灯りに照らされている場所が目に入り、男たちの声が聞こえてきた。
盗賊団フライハイトの船だ。
「おうおう、お前ら無事か!?」
五人が駆け足で船へと向かうと、頭上から低い声が聞こえてくる。
顔を上げると、船尾甲板から団長のライリーが覗き込んできていた。
いつものように豪快に笑い、もっさりとしたひげから白い歯をのぞかせている。
「ああ。だが、とっとと出港したほうがよさそうだ」
ファルシードは忌々しげに町の方を見つめていき、隣にいるバドは真剣な面持ちでライリーを見上げた。
「ビルのことも片付けてきたんで、問題なしっス」
ライリーは、どこか浮かない顔をしている二人へ交互に視線を送り、父親のような目で優しく笑う。
「よし、上出来だ。まぁとにかく乗れ、準備が整い次第、出港すっぞ」
「アイ・サー」
五人は同時に声をあげ、団長の命令に従って乗船した。
船に乗ったリディアは四人を置いて、すぐさまライリーのもとへと駆けていく。
言いつけを破って下船したことを謝ろうと思ったのだが、ライリーは忙しいようで「お望み通り、あとで説教してやるから待ってろ」と、苦笑いされた。
帆を張ったり、縄を操ったりしていた団員たちは、リディアの姿が見えた途端、作業の手を止めていく。
全員の視線が注がれているのを感じとったリディアは、後悔と申し訳なさから縮こまった。
――どんな怒りの言葉が飛んできても、船を降りろと言われても、仕方ない。私のせいで、皆の危険が増してしまったんだから。
リディアはうつむき、覚悟を決めていく。
だが、いつまでたっても怒声が飛んでくることはなく、不思議に思ったリディアは顔を上げ、驚いた。
団員たちの瞳には怒りの感情はみられず、安堵したような顔をしていたのだ。
向こう見ずな行動を悔いたのと同時に、胸がいっぱいになった。
仲間たちが“リディア・ハーシェル”を心配してくれていたことが嬉しかったのだ。
「ご心配とご迷惑をおかけして、本当にごめんなさいっ!」
全員に聞こえるよう大声を出して、腰を直角に折り曲げて謝る。
声は風にさらわれ、しんとした静寂があたりを包み、波音だけが響いた。
そうだよね。ごめんで済む問題じゃないよね、とリディアは、強く目をつむった。
「お帰り! また、うまいメシ作ってくれりゃ、それでいいさ!」
明るい声が頭上から降り注いでくる。
顔を上げていくと、縄ばしごに足をかけている青年が、にししと笑っていた。
「違ぇねェ」と他の団員たちも声をあげて笑い、またそれぞれの作業へと戻っていく。
予想外の展開に、リディアは目を丸くしてその場に立ち尽くした。
――お帰り、なんて言われたの、何年ぶりだろう。
人は嬉しくても涙が出るのか、と、リディアは目に浮かんだ雫をそっとぬぐった。
「あの、リディアさん、ご無事でしたか?」
突如後ろから声をかけられ、振り返る。
そこにいたのは、金髪青目の華奢な少年で、いかにも“おぼっちゃん”という風体をしていた。
「レヴィさん、よかった……!」
リディアは大事なさそうなレヴィを見て脱力し、ほっと息を吐いた。
裏切り者のビルが、レヴィを人質の名として出していたこともあり、気がかりに思っていたのだ。
リディアの言葉に、レヴィは困ったように笑った。
「すみません。僕が誘拐されたことになっていたらしいですね。倉庫に閉じ込められるなんて、情けないです……。リディアさんは怪我したりしてませんか?」
「私は大丈夫、皆が助けに来てくれたから」
リディアが微笑むと、レヴィは口元に手を当ててくすくすと笑った。
「よかった……。ふふっ、それにしてもキャプテンは、リディアさんのことを本当に大切に思っているんですね」
「え?」
「あの方と団長は司令官のようなお立場ですから、有事の際はすぐに船へと戻ってくることが多いんです。でも今回キャプ……」
「レヴィ、良いご身分じゃねぇか。無駄口叩く暇があんのかよ」
すれ違いざまにファルシードが、レヴィを横目で睨み付けて言う。
「ひっ、すみません!」
背すじを勢いよく伸ばしたレヴィは、海図やコンパスといった航海道具を抱え、船尾甲板の方へ、そそくさと去っていく。
それを追うようにファルシードも団長のいる方へ、足を進めていった。
――ファルが、私を心配してくれてた……?
そんなはずはないと思いながらも、リディアの心はそわそわとして落ち着かない。
ライリーと話すファルシードの横顔をぼんやりと眺めたリディアは、惚けるように息を吐いた。
はじめて感じる、動揺と喜びが入り交じったような複雑な感情に、リディアの困惑は止まることはなかったのだった。