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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第二章 盗賊団フライハイト
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繋いだ手

「走るぞ」


「うん!」


 リディアの右手をさらったファルシードは扉を開け、駆けだした。


 星が降り注ぐ広場を駆け抜ける二人は、追っ手がいるかもしれないというのに不安や焦りの色は見えず、むしろ微笑んでいるかのようだ。


 月明かりに照らされた背中は風に後押しされ、前へ前へと足が進んでいく。

 あたりには草の擦れる音がテンポ良く響き、若草の香りが広がっていった。



 ようやく二人は広場を抜け、坂道の前で振り返る。

 誰かが追いかけてくる様子は、ない。

 あたりには虫の音だけが響き渡っていて、人の気配は感じられなかった。


 幸いなことに、リディアを迎えに来たのはエドガー司祭ただ一人だけだったようだ。



「よし、大丈夫そうだ。相手は世間知らずの娘。騙されて独りで来ると高をくくってたんだろう」

 ファルシードは警戒を緩め、小さく息を吐いた。


 そして、今度は呆れたような顔をしながらリディアを見下ろしてきた。

「……体力無さすぎ」


「そ、んなこと言わ、れても。はぁ……しょ、う、がないよ!」

 久々の全力疾走に、リディアはぜぃぜぃと肩で息をしている。

 (ひたい)から垂れる汗をぐいっとぬぐい、ファルシードを睨みつけるように見つめた。


 男の足と同じように走り続けるなど、そもそもが無理難題過ぎる。

 そう言い返したいリディアだったが、今は荒れた息を整えることだけで精一杯だ。



「すぐに船へと戻りたいんだが……行けるか?」

 少しずつ息が整い始めたリディアに、ファルシードは問いかけてくる。

 その声色は真剣なものになっていて、リディアは大きくうなずいてみせた。


「大丈夫! ちゃんと動けるから」


――・――・――・――・――・――・――


 手を繋いだままの二人は、不自然ではない程度にあたりを警戒し、夜の町を早足で歩いていく。

 町には未だ、酔っ払いの男や、愉快に笑う娘たち、道端で眠る船員など、多くの人がいた。


 時折視線が飛んでくることもあったが、誰一人として不審な動きをする者はいない。

 恐らくこの町の者たちはまだ、リディアが祈りの巫女であるという事実を知らないのだ。



 変わらぬ町の様子に安堵したリディアだったが、緊張は解けず、その表情も固いまま。


 程度の差こそあれど、町の者全員がネラ教を信仰しているわけだから、無理もない。

 この世界で教会に(あらが)う者が、フライハイトの他に存在しているのかさえ、怪しいくらいなのだ。


 不安と孤独感から、リディアはファルシードの左手をきゅっと握った。


 何気なく握った手だが、一呼吸置いてから握り返され、リディアの心臓はどくんと跳ねた。

 骨ばった力強い手なのに、その動きは繊細な物を壊さないように優しく包んでくるようで。


 普段粗暴な言動を見せる男の手だとは思えず、リディアは動揺し、ファルシードに視線を送った。



 彼はよそ見をすることなく真っ直ぐに、前だけを見据えていた。

 町の灯りに照らされる端正な横顔も、闇色に染まらない紫の瞳も、宝石のようで美しい。

 思わず目を奪われてしまったリディアは、惚けたようにひとつため息をついた。



 大通りを抜けた二人は、人気(ひとけ)のない丘の小道を行く。

 突き当たりの崖を曲がって階段を下れば、港はすぐそこだ。


「キャプテン、お待ちください!」

 柔らかな声が、遠く後ろから飛んできて振り返ると、そこにはフライハイトの三人衆、バド、カルロ、ケヴィンがいた。


 三人のうち、カルロだけがにこにこと嬉しそうに微笑んでいて、不思議に思ったリディアが彼の視線をたどると、自分の右手に向けられている。



 恥ずかしさのあまり慌ててファルシードの手を離し、じわじわと距離をとっていくと、カルロの顔はつまらなさそうなものへと変わっていった。



「カルロ、なぜここにいる。出港の準備を、と俺は言ったはずなんだが」

 一方のファルシードはそんな二人を気にとめる様子もなく、責めるように刺々しい声を発した。


「団長が指揮をしてくれているはずなので、抜かりはありません。船を出たリディアさんを心配してか、ノクスが町近くの森にまでやって来てくれてましてね。船に手紙を届けてもらったんです」



 今度はケヴィンが、いつものように表情乏しいまま、口を開く。

「俺らはキャプテンを待っていました。案外簡単に居所がわかったもんで」


「やはり、お前のところの“ヤツ”か」


 ファルシードの視線の先には、どんな時でも明るく騒がしくしていたバドが、暗い表情でうつむいていた。



「スンマセン。俺んとこのビルが、リディアを売った……」

 バドは、ぎり、と歯噛みして、両のこぶしを強く握っている。

 悔しい、という心情がひしひしと伝わってくるようだとリディアは思った。


「ビルの場所は?」


 淡々と尋ねるファルシードに、カルロが答える。

「入江に小舟が泊めてありました。ちょうどここから見えるんです」


「おいケヴィン、ヤツはいるか」

 尋ねられたケヴィンは、月明かりに照らされる暗い海を、目を凝らして見つめていく。


「赤茶髪、黄色のバンダナ。こげ茶の瞳、全て一致します。焦った様子で船を漕いでいる」


 目を凝らすケヴィンの言葉に、リディアは思わず目を見開いた。


 いま五人がいる小道は小高い丘のようになっていて、斜め下方向に海が広がっている。

 わずかに小舟らしきものも確かに見えは、する。

 だが、ここからでは距離もあって薄暗く、月明かりだけでは、誰がどんな行動をしているかなど到底見えるわけがない。



 超人的な能力をもつケヴィンをリディアは、じっと見つめる。

 カルロとはまた違った意味でミステリアスな人だ、と思っていると、すぐ隣で砂がすれる音がした。


 うつむいていたバドが、足を踏み出し、ファルシードの隣へとやってきていたのだ。


「キャプテン、俺にやらせてください。落とし前は自分でつけたいんス」

 バドの声色と表情に、リディアはわずかばかり驚いた。


 いつもはキラキラとした光で溢れているバドの瞳が、今ばかりは猛禽類(もうきんるい)のように鋭く光っており、その声も低く、決意がこもったようなものになっていたのだ。



「……わかった。掟通り、()れ」

 ファルシードは静かに息を吐いて、淡々と言う。


「アイ・サー」

 冷たい声で返事をしたバドは、背負っていたマスケット銃によく似たものを取り出して、静かに構えたのだった。

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