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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第一章 はじまりは夕闇とともに
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そして、未来は変わりはじめる

 ネラの標を盗む。

 信じられない台詞(セリフ)にリディアはまばたきをするのも忘れ、黒髪の男は苛ついた様子でため息をついた。


「……バド、それ以上はやめておけ。見られている」


 その言葉に虚を突かれた。

 リディアの呼吸はひゅっと音を立てて止まり、一気に血の気が引いていく。


 距離もあり気付かれるはずはないと思いながらも、リディアの頭には一抹(いちまつ)の不安がよぎった。


 悲しいことに不安は的中し、射抜くような視線が飛んでくる。

 うるさいほどに心臓の音が耳につき、(ひたい)からは冷たい汗が流れて頬を伝う。

 真っ白になった頭では、言い訳など一つも浮かばない。


 椅子を動かす音が聞こえ、徐々に足音が近づいてくる。

 騒がしいフロアでは些細な音のはずなのに、リディアにはそれがやけに大きく聞こえた。


 視界の端に男物のブーツを捉えた途端足音は止み、リディアは身体を縮こまらせて、ごくりとつばを飲み込んだ。



「それで、どういうつもりだ」

 棘のある声に顔を上げると、隣に黒髪の男が横柄な態度で腰かけていた。


 あまりの威圧感に、リディアはただ苦笑いで誤魔化すことしかできずにいる。

 当てつけのように深いため息をついた黒髪の男は、値踏みするかのごとく全身を見つめてきて次第に眉を寄せた。


「どんなガキかと思えば、色気のない女かよ」


「子どもで色気がない……そっかぁ、よかった」


 ばかにするような言葉を吐かれているのに、リディアは腹をたてるどころか安心したように呟いて頬を緩ませる。


 そんな異様ともいえる反応に苛立(いらだ)ったのだろう。

 男の目つきはさらに鋭いものへと変わり、いかにも不愉快そうに見える。


 リディアは恐ろしさから口をつぐんでうつむいた。


 だが、けなされているのだとリディアがわからないのも無理はない。

 色香をまとわないように、と教会から義務付けられていたし、リディアもそれを守ろうと工夫を凝らしていたのだ。


 色気がないのはリディアの努力の賜物(たまもの)なのだが、そんなことは他人が知る(よし)もない。


 


「あのぉキャプテン、そのへんにしてやってくださいよォ。かわいそうに、怖がっちゃってるっス」


 怯えるリディアを見かねたのだろう。

 二人の仲をとりもつかのように、バドと呼ばれていた茶髪の男が間に割って入ってきた。



「この子、格好は超絶ダサイっすけど、顔はきっとほら……え、ウソ、かわいい、すげェ、かわいいじゃん!」


 鼻息荒く距離を詰めてくるバドに怖じ気づき、身体を傾けて距離を取ろうと試みる。

 だが、バドはそれを気にする様子もなく、至近距離で見つめ続けてくる。


「う、え、あの……」


「人のこと言えたもんじゃねェ。んで、お前はなぜ後をつけてきた。なにか理由があるんだろうが」

 黒髪の男がバドを引っぺがして、かったるそうに尋ねてくる。

 その瞳にはもう鋭さはなくなっており、リディアはほっと胸を撫で下ろした。



「あの……ネラの(しるべ)について、教えてくださいませんか?」


「は?」


「世界のことを、そして私のことを、知りたいんです」



 二人はしばしの間、見つめ合う。

 黒髪の男が口を開こうとしたその瞬間、間に割って入るかのように腕と酒のボトルが飛び込んできた。


「はいよ、追加の酒二つお待ちどう……って君は、どこかで?」

 突如現れた恰幅(かっぷく)の良い店員がリディアを見つめてくる。


 この男に面識はない。けれど、彼女になくても、彼にはあるのだろう。

 リディアが祈りの巫女というのは、この町全員に知れ渡っているのだから。



「き、気のせいです」

 慌てて顔を背けるが、酒場の男は怪訝(けげん)な表情で顔を覗き込もうとしてきた。


 祈りの巫女が夜の酒場にいて、見知らぬ男と話しているなど、知られるわけにはいかない。 

 

 絶体絶命の状況に震えていると、黒髪の男の声が聞こえてくる。

「人違いだろう。コイツは俺の妹で、盗賊に襲われてから人嫌いがひどい。少し離れてやってくれ」


「す、すみません。しかし、盗賊とは可哀そうに」


 酒場の男は深々と頭を下げて謝ってきて「あの方が禁忌を破るはずがないか」と、つぶやきながら次のテーブルへと向かっていく。



「なるほどな」


「助かりました。ありがとうございます……って、あれ?」

 黒髪の男の声にリディアが顔を上げた瞬間、目の前にはなぜか手があった。

 しかも、それは胸元に迫ってきていて、男に身体を触られたことなどないリディアは茫然(ぼうぜん)と固まり、その行方を見ていることしかできずにいる。


 それをいいことに黒髪の男はリディアの服を引っ張り、平然とした顔で左の胸元をのぞきこんできた。



「――ッ、やめて下さい!」

 リディアは慌ててその手を跳ね除けたが、すでに手遅れだろう。


「ちょ、キャプテン! ここは酒場っすよ、一体なにしてんスか!?」

 立ち上がったバドは、動揺した様子で黒髪の男を見つめている。

 だが、黒髪の男はそれに反応することもなく、リディアのことだけを紫の瞳に映しているように見えた。


「やはり、お前は……」


 ――アレを、見られた。禁忌を破ったことを知られたら、いったいどうなってしまうのだろう。


 不安と恐れで一杯になり、混乱したリディアが言えた言葉はたったこれだけ。


「ごめんなさい! 許してください……っ」


 血の気を失い、涙を浮かべたリディアは胸元を隠して酒場を飛び出し、夜闇へと消えていくのだった。

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