貴方は厳しい
「他に買う物はあるか」
店を出た途端ファルシードと目が合い、リディアはどぎまぎとしてしまう。
だが、普段と変わらない彼の様子に落ち着きを取り戻して微笑んだ。
「ありがとう、買い物はもう大丈夫。けど、せっかくだから町を見て、昼ごはんを食べてみたいなぁ。他の町に来たの、はじめてだから」
「昼メシか。確かニナリア町の名物は……」
ファルシードが考え込んでいると、突如として大通りから叫びにも似た女の声が聞こえてきた。
「嘘でしょう! それは、本当なの!?」
甲高く耳障りな声に、リディアはびくりと震えて、視線を送る。
「こんな罰当たりな嘘を言うはずないだろう! ミディ町の祈りの巫女が失踪しただなんて、前代未聞の大事件だ」
声の主は身なりのいい若い女と壮年の男で、二人とも大袈裟なほどに怒りをあらわにしていた。
「行くぞ」
「あ、えと、うん……」
ファルシードの声にリディアは誤魔化すように笑い、巫女を咎める声から逃げるように歩きはじめた。
「まさか、お役目が怖くなって逃げ出したんじゃないのかしら」
「逃げただと!? 万一そうだとしたら、そいつは悪魔か死神に魂を売ったとしか思えない。しかも……」
声の大きい男女の会話は追いかけてくるようにいつまでも聞こえていたが、人気のない路地に入ったところで、ようやく耳に届かなくなった。
「ファル、私やっぱり船に戻る」
「さっきのを気にしてんじゃねェだろうな」
ファルシードの刺々しい声に、リディアは足を止めて身体を縮こまらせる。
「そりゃ気にしちゃうよ。私は……」
――“祈りの巫女”なんだから。
ファルシードは無言のまま呆れたようにため息をついてきて、リディアはナナメ掛けのカバンのひもを両手で強く握った。
「だって、このままもし暗黒竜の封印継続の代替方法が見つからなかったら、私もいつか巫女として……」
「人類のために死ななきゃならねぇ、か」
「ッ……」
リディアは息をのみ、言葉を無くした。
人から言われると現実味が出てきて、なおさら苦しいと、リディアは強く口元を結んでいく。
今にも泣き出してしまいそうなリディアの心を知ってか知らずか、ファルシードは再び口を開いた。
「他人のために生き死にすることが悪いとは思わねェ。そこに信念さえあれば。だが、利用されたまま疑念を抱いて死んでいくのは……虚しいだけだ」
「ファルは、私がネラ教会に利用されてるっていいたいの?」
リディアが顔を上げて尋ねると、ファルシードは肩をすくめた。
「さぁな」
「さぁな、って……」
自分が言いだしたことなのにと、リディアは口をとがらせる。
「答えを他人に求めるのは、お前の悪い癖だ」
「……ファルは、厳しいね」
リディアは、ぽつりと言って、微かに笑った。
――そう。ファルは厳しい。今まで出会った誰よりも。
司祭様のようにはっきりとした答えはくれないし、私が寄りかかろうとすると、すぐに突き放してくる。
けど……きっと誰より“私自身”を認めてくれている。なんだか、そんな気がする――
リディアが発した“厳しい”という言葉に、ファルシードは鼻で笑い返してきた。
「お前が甘ったれなだけだろうが。だが、上司として一つ言うなら……」
途端に真剣な表情になったファルシードに、リディアはぴしりと姿勢を正し、無言のまま言葉を待つ。
「死ぬために生きるのは、もうやめろ。フライハイトの一員としての誇りを持て」
ファルシードはそう言い放ち、自身のシャツの左胸あたりを強く握った。
どくんと胸の奥が動いたのがわかった。
“死ぬために生きるな”という言葉と“フライハイトの団員”という言葉はそれほど、リディアの心に響いたのだ。
母親を亡くしてからずっと“世界を救って死ぬこと”以外を許してくれる人は、誰一人としておらず、仲間として認めてくれた人もいなかったからだろう。
「ファル……」
溢れそうな涙を必死にこらえたリディアは、ぐしぐしと両目を乱暴にぬぐった。
「わかったら、とっとと昼メシ食いに行くぞ」
ファルシードは呆れかえったように息を吐いて、大通りの方へと足を進めていき、リディアは彼を追いかけて嬉しそうに笑った。
「うん! 私ね、ミディ町では食べたことないやつ食べてみたい!」