不思議な変化
リディアとファルシードの二人は港に降り立ち、ニナリア町の大通りへと足を進めた。
港自体はミディ町と大差なかったが、町の雰囲気は大きく異なり、活気に満ちていた。
石畳で舗装された大通りには、レンガ造りの家や店が立ち並び、ところどころに花壇が置かれている。
花壇には知っている花だけではなく、リディアが一度も見たことのない花も咲いていた。
「わぁ、大きい町だね!」
「……きょろきょろすんな、さらに浮く」
ファルシードの言葉通り、男物の服を着るリディアは町から浮いており、まるで田舎者。
たしなめられたリディアだったが、見たこともない景色に興奮せずにはいられない。
色とりどりの帽子が所狭しと置かれている帽子屋や、うずたかく本が積まれた本屋、甘い香りが漂うケーキ屋など、心躍らせる店が並んでいるし、仕方のないことだろう。
「……あそこか」
あたりを見渡したファルシードは服屋を見つけ出したようだ。
リディアは彼に続いて、店へと入っていった。
「うわぁ、服がいっぱいだぁ!」
店内は広く品数も豊富で、リディアは次から次へと目移りをしてしまう。
「俺はここにいる。終わったら声をかけろ」
ファルシードは、店の端にある椅子にどっかと腰かけた。
恐らく誘拐防止のために待機してくれているのだろう。
「わかった。なるべくはやく選んで買ってくるね!」
「ああ。……いや、待て。買う前に一度見せに来い」
見せろと言われる理由はわからなかったが、あのファルシードの言うことだ。
意味のないことではないのだろう、とリディアは言われた通りにすることにした。
やかて、リディアは悩み抜いて選んだ服を抱えるように持ち、ファルシードの元へと戻って来た。
「おまたせ! これを買おうと思ってるの」
選んだ服を見せると、彼の眉は中心に寄っていき、だんだんと表情が不満げなものへと変わっていく。
「やっぱり派手すぎ……?」
恐る恐る尋ねるリディアを、ファルシードは呆れたような目で見てきた。
「地味でダセェ」
「そうかな、結構派手だよ。このスカート、ブーツが見えるくらいだから短いでしょ? こっちの茶色のシャツなんか、袖に刺繍が入ってるんだよ」
リディアの言葉にファルシードは大きくため息をついて立ち上がる。
「とりあえず、お前はそこに座ってろ。俺が選んだほうがまだマシだ」
呆れられ困惑しているうちに、持っていた服全てを奪い取られてしまった。
彼は店内をぐるりと一周まわり、目ぼしいものを見つけたのか、いくつか服を手に取っていく。
どんな服を選んでいるのかわからないリディアは、おろおろとうろたえながらファルシードの様子を見つめていた。
ファルのことだから、娼婦たちが着るような襟ぐりの広い服を選んだり、ボディラインがくっきりとわかるようなスカートを選んでくるかもしれない――
リディアが露出度の高い服をじいっと見つめていると、横から声が聞こえてくる。
「へぇ……」
ハッと我に返ったリディアが隣を見ると、何時の間にやらファルシードがにやりと笑いながら立っていた。
「違うの! 着たいわけじゃないよ!」
「あっそ。とりあえず、そこの倉庫を借りれることになったから着替えて来い。いまのままじゃ悪目立ちする。店員にはもう話してあるし、服も向こうにある」
ファルシードがあごで示した先には、店員らしき女性が、にこにことした顔で立っていた。
「えぇと、ありがとう」
礼を言いながらも、心は穏やかではいられない。
あの店員はもしや、恥ずかしい服を見て笑っているのではないだろうか――と、そんなことまで考え始める。
重い足取りで倉庫へと入り、畳まれた洋服を手に取ったリディアは、今まで着たことのない形の服へと袖を通していった。
――大丈夫かな、変じゃないかな……
倉庫を出たリディアは、わずかに身体を強張らせをながらファルシードのもとへと向かう。
「ごめんね、お待たせ」
そう話すリディアの出で立ちはもう、ダサいとは到底言われぬものになっていた。
さらっとした白い長袖のシャツに、こげ茶色のベスト、そして黄色の飾り布がついた黄緑色のスカート、細身だが歩きやすそうなブーツ。
動きやすそうで、どこかひまわりを思わせるデザインの服は、リディアにしっくりとはまっていた。
ファルシードはリディアの姿を見つめてしばし言葉を失っていたが、ふぅん、と満足げに笑った。
「変じゃ、ない……? こういうの着たことないからわからなくて」
あわあわとした様子で尋ねると、ファルシードは買った服の袋をとって立ち上がる。
どこか柔らかい瞳をした彼は、リディアの頭の上に手のひらを乗せてきた後、わずかに微笑んできて。
一言だけつぶやくように言い、そのまま店を出ていった。
その場に立ち尽くしたリディアは顔を赤く染めて微かに震え、ファルシードの後ろ姿を見つめていた。
「な、なに、いまの……」
良く似合ってる
たった一言そう言われただけ。
ほんの少し頭に触れられただけだ。
それなのに、どうしてこんなにも胸が高鳴って、顔が熱くなるのだろう。私の身体、一体どうしちゃったの――
十八歳にして、恋という感情をまだ知らないリディアは、自分の身体に起きた不思議な変化に驚き、困惑し続けていたのだった。