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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第二章 盗賊団フライハイト
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カルロの企み

 出港してから数日が経ったが、追っ手が来る様子もなく、リディアは船上で平和な日々を過ごしていた。


 大して変わり映えのしない毎日でも、リディアにとって、この生活は知らなかったことや見たことのないもので溢れており、刺激的で楽しいものだった。



 だぼっとした上着と、地味なロングスカートも“動きにくいから”と、脱ぎ去った。

 いまの服はファルシードからのお下がりである厚手のシャツに、男性にしては小柄なバドからもらった半ズボンだ。


 サイズ感がおかしく、おしゃれからはほど遠い。

 だが、それでも以前の服装から比べれば、ずいぶんとマシなものに見えた。



 そんなリディアは、日課である自室の掃除を進めていた。

 窓の外には輝く海が見え、気持ちの良い陽気に心も踊る。

 心なしか、雑巾を持つ手も普段より軽快に動いているように見えた。


 ――今日もきっと、いい一日になるはず

 そう考えていたリディアだったが、耳についた音にムッと口元を歪ませた。


 気分を台無しにするような、乱暴なノック音が響いたのだ。


「はぁい、何?」

 ずかずかと歩んでドアを開けていくと、そこにはファルシードがおり、なぜかソファにはライリーもいた。


「あれ、団長?」

 首をかしげて問う。

 ファルシードがライリーの部屋に行くことはあっても、その反対は今まで一度たりともなかったのだ。 


「よう」

 ライリーは目を丸くするリディアを見て、楽しげに笑っている。

 状況が掴めずに助け舟を求めて、ファルシードを見上げた。


「少しの間、外へ出てろ」


「外へ出ろ、って、なんで?」

 眉をひそめると、ライリーがファルシードをたしなめる。


「ったく、理由も言わずに追い出すやつがどこにいんだよ」

 その言葉にファルシードは、いかにも面倒そうにため息をついた。


「あの……団長、どういうことです?」


「コイツと話したいことがあるんだ。団長室だと、小姑航海士が突入してきたりもするからよォ」


「お話?」


 ファルシードは「下っ端にゃ関係ねェ話だよ」と、再びあごで“とっとと行け”と促してきた。


 “わかりましたよ”と、リディアは口をとがらせて廊下へと出ていった。


 ――二人は、何の話をするんだろう

 いけないこととは思いつつ、扉の前で立ち尽くす。

 やがて「俺は、信じてやりてェんだよ」という団長の声と「だが、人は弱いぞ」というファルシードの声が聞こえてくる。

 二人の声色は、低く真剣なものだった。



 ――私のことを話しているの? それとも誰か別の人の話?


 続きを聞くのが怖くなってしまったリディアは表情を強張らせ、声から逃げるように階段を昇っていった。


――・――・――・――・――・――


「うわっ!」

「おっと、危ないですよ」


 うつむきながら歩いていたせいで、廊下を歩くリディアは、団員にぶつかってしまった。


「すみません、ぼんやりしてて」

 謝りながら顔を上げると、そこにいたのはカルロだった。


「僕は大丈夫です。ですが、ぼんやりって何かあったんですか?」

 穏やかに問いかけてくる彼に「眠かっただけです」と誤魔化し、ふと彼の手元へ視線を送った。


「ああ、これですか?」

 カルロは微笑み、そっとそれを差し出してきて、再び口を開いていく。


「リディアさんに差し上げようと思いまして。昨日のは、僕の言い方が悪かったです。これはちゃんと“キャプテンとあなたの二人で”飲んでくださいね」

 彼が手に持っていたのは、赤ワインのボトルだ。


「ええと、それワインですよね? すみませんが、お酒はもう結構です」


「どうしてです?」


「本当にお気持ちだけで、十分ですから」

 リディアは受け取りを拒むも、カルロは一向に引こうとしてくれず、ボトルを押し付けてくる。


 あまりのしつこさに根負けした瞬間、扉を開く音がした。

 視線をやると、階段を上がってくるファルシードの姿が見える。



「部屋の前で、ガタガタうるせぇ」


「なんだ。キャプテン、いたんですか」

 ファルシードはいかにも不機嫌といった様子で、一方のカルロはつまらない、といった顔をしていた。


 ファルシードは順番に視線を送ってきて、合点がいったのか、深くため息をついた。


「いらねェんなら、俺がもらう」


「だめですよ! これはリディアさんに渡したいんですから。それに昨日渡したやつもキャプテンが一人で飲んじゃったんでしょう。いらないからあげると言った僕も悪いですけど、まったく……」



 呆れ顔のカルロにリディアは過去のことを思い出し、顔を真っ赤に染めていく。

 そして、恥ずかしさのあまりうつむき、小さく呟いた。


「カルロさん。私、お酒はもう飲まないって決めたんです」



――・――・――・――・――・――・――


 三日ほど前のことだっただろうか。


 団員たちはリディアの歓迎会という名目で酒を飲んでいたのだが、そこでリディアは誤って酒を口にしてしまったのだ。


 リディアは全く覚えていなかったが、団員たちの話によると、どうやら酒に酔ったリディアはファルシードにしつこく絡み、最終的に抱きついて眠ってしまったらしい。


 記憶にはなくとも、それを聞いてしまったせいで変に意識してしまい、リディアはいまもまともにファルシードの顔を見ることが出来ずにいた。



「リディアさん、もしかしてお酒でおかしくなるのが怖いんですか?」

 カルロの問いにリディアはうなずく。

 しかし、カルロは柔らかく微笑み、再び口を開いていった。


「いいじゃないですか。恋人同士なんだから、何の問題があるんです?」


「カルロ、お前何を企んでいる」


「野暮なこと聞きますねぇ。キャプテンの背中を押してるんですよ。どうせわかっているくせに」


「そういうお前も、わかっているだろう。俺はもう、女はいい」


 呆れたように息を吐くファルシードに、カルロはがっくりと肩を落としていくが、すぐに何かを企んでいるかのように笑った。



「なるほど。それならリディアさんは僕がもらってもいいですか?」


「え、私!?」


「その気もねェくせに、よく言う」

 リディアは驚いて声をあげるが、ファルシードは呆れたように鼻で笑う。

 その様子にカルロは深いため息をついた。


「……この手もだめ、か。キャプテンがバドみたいに単純だったらよかったんですけどね」

 最後には諦めたのだろう。

 苦笑いをしたカルロはぺこりと一礼したのち、メインマストの方へと去っていったのだった。

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