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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第二章 盗賊団フライハイト
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錨を上げろ

「そろそろ(いかり)を上げに行くか」

 食事を終えたケヴィンが、呟くように言う。


 当番と思われる団員たちは声高に返事をして席をたっていき、リディアは疑問をファルシードへ投げ掛ける。


「錨はどうやってあげるの?」


 これだけ大きな船を停泊させられる錨だ。

 人の手で持ち上げることは到底不可能だと思ったのだ。


「来い。見りゃわかる」


「でも、片付けが……」


 まごつく様子に気付いたのだろう。

 テーブルを拭いていたカルロはリディアに微笑みかけてきた。


「大丈夫ですよ。片づけは僕らで出来ますから」


「すみません。ありがとうございます」

 深々と頭を下げて礼を言うと、カルロは持っていた台拭きを机の端に置いて、ファルシードのもとへと近づいてきた。



「……あの、キャプテン」


「どうした」


「部下たちを牽制(けんせい)しないと危険です。惚れっぽいバドもですけど、他の団員たちも彼女のこと見てましたから」


 ファルシードとリディア以外の団員に聞こえないようにだろうか。

 カルロは声のトーンを落としており、周囲の様子に注意を払っているように見えた。



「カルロ、裏事情がわかってんなら……」


「いいえ。僕はジュリアとミーナとエミリーで手いっぱいですから代わりませんよ。そもそもキャプテン……長くてあと三年なんでしょう? このまま一人でいいんですか」



 カルロの言う“長くて三年”の意味がリディアにはわからなかったが、カルロの表情からして、重大な意味を秘めているのだろう。

 リディアは何も言えないまま、ただただ二人を見守った。



「話の出どころはジィサン、か。陰でコソコソしやがって……お前のそういうところが気にくわねェんだよ」


「何とでも言ってください。貴方に恩を返せるのならどう思われようと、僕は一向に構いませんから」


 鋭いファルシードの瞳に対抗するように、カルロもまた、真っ直ぐに見つめ返している。



 やがて、意思を曲げようとしないカルロに根負けしたのだろう。

 ファルシードは視線を外してきびすを返し、ドアのほうへと向かっていった。


「勝手にしろ」


「ええ。勝手にさせていただきます」

 わずかに(いら)ついた様子を見せるファルシードの背中と、どこかほっとしたような顔をするカルロの二人を、リディアは交互に見つめていく。



「おい、行くぞ」


「あ、ええと、うん!」

 振り返ってきたファルシードの表情は普段と変わらず、リディアは少しばかり安心したものの、結局事情を聞くことも出来ないまま。


 カルロの“恩を返す”とは何なのかについて気にしないふりをし、小走りで彼の背中を追いかけていったのだった。


――・――・――・――・――・――・――


「あれ? 誰か歌ってる」

 ファルシードについて歩くリディアは、ぽつりとこぼした。


 歌は甲板に向かうにつれだんだんと大きく聞こえてきて、男たちが斉唱しているということがわかる。

 勇猛なようにも優美なようにも聞こえる不思議なメロディーは、一度も耳にしたことのないものだった。


 旋律に引き寄せられるように階段を上り甲板へ出た途端、リディアは驚きの声をあげた。


「わぁ……すごい!」


 甲板の中央にある巨大な巻き上げ機の棒を、団員たちがぐるぐると押しながら回していたのだ。


 巻き上げ機の中心部分にはケヴィンがあぐらをかいて乗っており、バンドネオンを演奏している。

 恐らく、ああやって交代で休憩を挟んでいるのだろう。

 グリフォンのノクスも少し離れたところで、キュルキュルと楽しそうに歌っていた。



「ねぇ、これ何の歌なの?」

 リディアはファルシードを見上げて尋ねる。


「航海の無事を祈る歌だ」


 返答を聞いて耳を済ませてみるが、はっきりとした口調で歌われているのに、全く言葉が聞き取れない。


「昔の言葉なのかな。内容わかんないね」


 そう言って微笑みかけると、ファルシードは男たちの歌に合わせながら呟くように言葉を発していった。



「海には魔物、(そら)には飛竜。(おく)せば船は沈み行く。勇無き者に道は開けぬ。リジムの星よ、我らを導け。希望の船よ、前へと進め。海の女神は、祈る我らを救いたもう」


「わかるの?」

 目を丸くしたリディアに、ファルシードはふんと鼻で笑う。


「まぁな」



 リディアが住んでいた港町は、様々な土地から人が集まっていたが、それでも古代言語どころか、公用語であるライナス語以外の言葉を聞いたことはない。


 そもそも古代言語の使用はもう何百年も前から禁止されていて、いまもその言葉がわかるのは、ネラ教会上層部の者だけだと言われていたはずだ。


 ネラ教徒による監視網はどこの町でも細かく張り巡らされており、古代言語の使用はおろか、隠れて勉強することすらほとんど不可能だと言っていい。


 もしも市民で古代言語の勉強が出来ていたのだとしたら、それはもう奇跡としか言いようがないのだ。



 ファルシードはネラ教会上層部と何らかの関わりを持っていたのだろうかと勘繰ったリディアは、警戒されないように明るくふるまう。


「ねぇ。ファルは、どうして古代言語を知ってるの?」


 その問いに、ファルシードは横目でリディアを見つめてくる。

 そして、わずかばかり視線を落とし、深く息を吐いた。


「この歌の意味なんざ、船に乗る者なら誰でも知っている。俺は別の仕事があるから、もう行くぞ」


 呆れた様子でファルシードは甲板を去っていく。

 しかし、(あるじ)の後ろ姿を見つめるノクスが寂しげに鳴く理由を、リディアは気になって仕方なかったのだった。

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