女料理長
船内の調理場はギャレーと呼ぶらしく、家のキッチンとは作りが大きく異なっていた。
リディアが不思議に思っていると、カルロが理由を教えてくれる。
どうやら、船に燃え移らないように、かまどの周りはレンガで囲まれ、揺れでこぼれないようにするため、鍋の取っ手を棒に吊るして火にかけるらしい。
慣れない調理場に戸惑いながらも、リディアは食事係たちに野菜の切り方や食材の炒め方など、調理に関する基礎知識を伝えていき、ようやく朝食が完成した。
「わぁ、美味しそう! ねぇ、バドくん。団員の皆さんも、喜んでくれるかなぁ?」
リディアは興奮のあまりバドに近づき、キラキラと目を輝かせて尋ねる。
「お……おう」
上目使いで話しかけられて動揺したのか、バドは頬をわずかに赤らめ、もごもごと口ごもった。
「バド、忘れているようだから言いますけど、彼女はキャプテンの、ですよ」
「わ、わかってるよ!」
後ろから耳打ちをするようにカルロが呟くと、慌てたようにバドは大声を発した。
――・――・――・――・――・――・――・――
食堂へ集合してきた団員たちの手を借りて配膳を終えると、彼らは例にもれず、料理に目を奪われているように見えた。
「こ、こりゃ夢か……?」
「はじめて船内で名前のわかる料理が出た気がする」
「これ、リディア姐さんが作ったんでしょ? 美味しそうだし、すごいっすねぇ」
キャプテンの彼女という位置づけだからだろうか。
団員の一人が、リディアのことを『姐さん』と呼んで話しかけてきて、リディアは照れくさそうに笑った。
「みんなと一緒に作ったんです。美味しく出来ているといいんですけど」
リディアを見てきた団員たちは、初恋の人や子犬でも見ているかのように釘付けとなっており、言葉を無くしていく。
むさくるしい船内での唯一の女に、心癒されているのだろう。
「……おい、ジィサン」
団員たちの惚けっぷりに呆れたのか、ファルシードは小さくため息をついて、団長のライリーに視線を送っていた。
「はは、とっとと言えってか。ま、テメェらも腹減ってるだろうから、手短にいくぞ。今日も気を抜かず、各々決められた仕事を事故なくするように、以上!」
「アイ・サー!」
団長の声かけに団員たちは声高に返事をし、待ちかねましたとばかりに朝食へ手を伸ばした。
「うめぇ、うめぇよ」
「船内でこんなまともなメシ食ったの、はじめてだよ」
昨日の夕食の時とは別人のように、団員たちは前のめりになって夢中でスープをかき込み、獣のようにパンをむさぼっていく。
あまりにも荒れた食事風景にリディアは呆然としていたが、すぐに柔らかく笑った。
「ねぇファル、どうかな?」
リディアは隣に座るファルシードに恐る恐る尋ねていく。
美味しい食事を作ることが、昨晩のお礼がわりになれば、と、そう思っていたのだ。
ファルシードがリディアのほうへ視線を向けてきて、緊張した彼女はぴしりと姿勢を正していく。
強張った表情で返答を待ち続けるリディアを見てきたファルシードは、わずかに噴き出すように笑った。
「美味い。正直期待はしてなかったんだが、予想外だ」
「よかったぁ」
リディアは安心からか、へにゃりと笑う。
そして、ふと声をあげた。
「あ! ねぇファル。私は力仕事をしても役に立てないから、これからも食事当番やってもいい?」
そして、彼女の問いかけに答えたのは、隣にいるファルシード……ではなく、夢中で食事をすすめていた団員たちだった。
「リディ姐、それ本当!?」
「よっしゃ、マズメシ生活もこれで終わりだぜ!」
「メシの時間がこんなにも待ち遠しくなるなんて」
口々にリディアの食事当番続投を願う言葉を飛ばしてくる団員たちを見て、ファルシードはフンと鼻で笑った。
「ま、この様子じゃ、やめようもねぇな」
こうしてリディアは、団長を除くフライハイト盗賊団員の中で唯一、交代制ではない係をもつメンバーとなっていったのだった。